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ラクシャスコ・ガルブ潜行記  作者: 多寡等録
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八十九通目 虎の威を借る狐

 しかし、稀有な能力であると知ってみると、ナクタがぼくを勧誘した理由も見えてくる。

 魔法を巧みに操る者ならば、魔窟から魔素を吸い上げて魔力に変換できる装置は喉から手が出るぐらい欲しいものだろう。ウィスクとピュリスという優秀なふたりを活用するには、ぼくという存在は実に理想的だろう。

 そうなってくると、断ったとして、おとなしく引き下がってくれるものだろうか。

 そんなことを考えているぼくを、じっと見ていたムスタが長く息を吐いた。

「色々、思うことはあるんだろうけど、俺はナクタの提案に乗った方がいいと思う」

 言いにくそうな感じのナクタに、ぼくは皮肉げな笑みを浮かべた。

 同じリュマに所属しているのだから、そういう言葉になるのは当然のことだ。何もわざわざ言葉にしなくても、と思ったからだ。

 ぼくの様子を見て、ムスタは「いや」と否定するような言葉を口にしたが、その後に首を振ると、もう一度ため息をついた。

「自分たちに利があるから、という気持ちが全くないわけじゃない。それは認めるが、それよりもソウにとっても都合がいいと思う」

「どういう意味です?」

 都合がいい、とはどういうことだろうか。

「上手くナクタを利用しろ、ってこと。あいつがどういうヤツなのかは、なんとなくでも把握してるんだろ?」

 盗聴防止はしているのだろうが、はっきり言葉にするのは躊躇われたのか、ムスタは曖昧な言い方をした。

「急に聞かされて、ソウがその能力をどう使うか決めかねている時に言うのはフェアじゃないかもしれないが、見た目通りの中身ではないようだから、余計なお世話なことは百も承知で言わせてもらう」

 そこで一呼吸置き、ムスタは重々しい声で言った。

「ソウを連れて潜ったリュマが、その後壊滅したことはなかった?」

「それは、ありますけど、それは別に特別なことではないでしょう」

 リュマの壊滅なんて、珍しいことではない。ジーノたちだって、この後どうなるかわかったものではないのだから、探索に慣れていない浅層のリュマなんて、すぐに壊滅したり、解散したりするものだ。

「そうだな。別に特別なことじゃない。けど、ソウとの探索がその一因になっている可能性は高いと、俺はみてるがね」

「ぼくは何もしていませんよ?」

「そりゃぁ、自覚はないだろうさ。今まで、自分にそんな能力があるとは思っていなかったんだろうから、意識しろというほうが無理だ」

「その通りなんでしょうが、はっきり言ってもらえませんか。考えるのに疲れてきてるんです」

 まだるっこしい話の展開にぼくは焦れた。言葉の壁がない分、短気になっているような気がする。

「ソウの影響で、彼らは自分たちの能力を見誤ってしまったんだと思う」

 前置きも何もなく出された言葉を理解できず、ぼくは眉を潜めた。

「ソウの能力は、魔素を魔力に変えて周囲に流すことだ。魔力の影響を受ける者は無意識のうちに実力以上の能力を発揮することになる。底上げされた能力を自分たちの実力だと信じてしまう可能性がある」

「――実力を読み間違えて、探索範囲を広げてしまって、ということですか」

 ムスタの言わんとしていることを把握して言葉をつなげると、彼は頷いた。

「ソウの能力は、上手く活用しようと思えばいくらでもやり方はあると思う。希少性を売りにして仕事を取ることもできるだろうしな」

 確かに、深層を目指すリュマにとっては活用しやすい存在だろう。自ら歩くこともできる魔力増幅装置だ。魔核もいらない。

 魔力を必要とするのは何も派手な魔法を使う者ばかりではない。身体強化や補助に魔力を使っている者もいる。そういう冒険者にとって魔力は、あればあるだけ困らないものなのかもしれない。

 リュマの魔力を底上げできると吹聴すれば、仕事が途切れることはないかもしれない。がしかし、ぼく自身は普通の体力しかないので、ナクタたちのような速度で深層に向かうことは難しいのではないだろうか。

「でも、今すぐはやめたほうがいい」

「それは、ぼくが子どもだからですね」

 今回の潜行で、自分が思っている以上に周囲はぼくを子どもだと認識しているのを確認した。もしかしたら、民族的な見た目の差異もあるのかもしれないなとは思っている。同世代のチャムキリに比べると、かなり幼く見えるのかもしれない。

「どうしたって子どもは舐められる。こっちには男女の差がほとんどないから余計にな。強者か弱者かではかる物差しがあるのは感じるだろう?」

 チャムキリの間では男女差はほとんどないものとされている、というのは歩荷をしていると感じることだ。前衛だから男、後衛だから女という概念はないし、女だから守らなくてはならない存在だというわけでもない。生物的な筋力差があったとしても、それこそ魔力による肉体強化でいくらでも補正が効いてしまう。

「ぼくのところではそうでもないんだけれど」

 ぼくが肩を竦めると、ムスタは思い出したように口を開けた。

「別に、俺たちの誘いを断っても、お姉さんのことは請け負うつもりだから、そこは気にしなくていい」

 なんと言っていいか分からず、ぼくはとりあえず笑顔を作った。

 正直、その辺りのことを懸念していなかったわけではないからだ。かといって、それを直接聞けるほど太い神経はしていないので、困っていたのだ。

「でも、この話は受けたほうがいいんですよね?」

 少し気やすげな口調で訊ねると、ムスタは再びそうだったという顔をして頷いた。

「ナクタは利用しやすい存在だからな」

「利用って」

 その言い方はどうだろうかと片眉を上げると、ムスタはひらひらと手を上下させた。

「冗談じゃなく、利用したほうがいいと思うわけよ、俺は」

 幾分か態度を砕けさせたムスタは、腕を組んで顎を引いた。

「このタシサにいるリュマは、ソウの存在を知ってしまった。俺たちと六層を探索していたことも、それが数日に渡る期間だったことも、知っているわけ。となると、次潜る時にソウを連れて、俺たちと歩いたところを案内させようと思ってもおかしくない」

「そんな感じのことは、フォルカーに言われました」

 他の歩荷やリュマに狙われることになるだろうと指摘されたことを伝えると、ムスタは何度も頷いた。

「おっさんの言う通りになるだろうな。そうなった原因は俺たちにあるので、なんとかしたいと思うけど、俺たちが勝手に判断するわけにもいかないだろう?」

「その『なんとか』ってところに、誘いに乗れというのは察しました」

 ムスタのわざとらしい口ぶりに、こちらもわざとらしくため息をついて見せると、彼は両肩を竦めた。

「実際、俺たちの実力は知られたものだから、ソウが俺たちのリュマに入ったとなれば、まともな冒険者なら手出しはしないと思う。それを利用して、絡まれたとしても『ナクタの了承を得ないと』と答えれば、大抵のことは回避できると思うんだよな」

 虎の威を借る狐、という言葉を思い出し、少し複雑な気持ちになったが、それも仕方ないぐらいに子どもなのだとも思う。

「神殿に出入りしているヤツは、ナクタの瞳の前でいちゃもんはつけられないだろうからな。実力もあって血統も良くて、となれば、冒険者側は大人しくするしかないと思う」

 まさに威光を借りるというやつだが、チャムキリにとってぼくらはどうとでもなる存在と認識されているから、それぐらいのことがなければ軽く扱われるのも想像できる。人間というのは、つくづく権力に弱いものなのだ。

「まあ、ソウが本当に嫌だというならどうしようもないけど、対外的にそう見せるのはアリだと思う」

「そうは言っても、名前を利用させてくださいというわけにもいかないでしょう」

「隠れ蓑にしてくれって言うと思うけど、逆に」

 割と冗談でもなくそう言うムスタに、ぼくは苦笑した。そう言うナクタが、なんとなく想像できてしまう。

「おっさんの言う通り、上に戻るまでにある程度考えをまとめておいたほうが、動きが取りやすいのは確かだろうな。将来に関わる重要なことを、すぐに決めなくちゃならないと言われて戸惑うのもわかる。だからまあ、将来を確定する間だけでも、うちに入ったということにしておけば?」

 あくまで気楽にといった様子のムスタだが、これまでの話から考えるに、ぼくのことをかなり考えてくれた上での提案なのだろうことは伝わってきた。

 矢継ぎ早に言葉を重ねてくるのも、最初の指摘である『関わったリュマが壊滅する』ということを深く考えさせないためのことなのだと思う。自分のせいで関わったリュマが酷い目に遭ったのではないかという懸念を極力払拭させようという気遣いではないだろうか。

 結局それも、ぼくの見た目に引っ張られてのことなのだろうけれど、優しさには違いない。

「――もう少し、考えてみます」

「俺たちのことについては、難しく考えすぎないようにな」

 立ち上がったぼくの背中を、ムスタは励ますように軽く叩いて送り出してくれた。

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