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ラクシャスコ・ガルブ潜行記  作者: 多寡等録
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八十二通目 曖昧模糊

 上手い断り文句を探して、ぼくは黙った。

 何故誘うのか、などと聞いてはいけない。そんなことを聞いてしまえば興味があると思われる。

「家族やナビンへの相談もあるだろうから、即答して欲しいとはいわない。じっくり考えてみてくれ」

 先に言葉を重ねられ、ぼくは反射的に断りの言葉を口にしかけて黙った。

 ここで「どうして?」などと尋ねられたら、上手い言い訳が見つからない。ムスタやピュリスが何も言わないことから、彼らにこの展開は了承済みなのだろう。もしくは、ナクタの決定には異論を挟まないことになっているのかもしれない。

 そこからは言葉少なのままタシサに戻り、盛り上がっているジーノたちを横目に寝床に戻った。

「ソウ」

 寝ずに待っていてくれたらしいナビンは明らかに腹を立てていて、ぼくは大人しく小言を受け入れることに決めた。勢いで出ていったぼくが完全に悪い。

「無事だったのか?」

「あ、うん。全員無事だった」

「昼間の毒のせいだったのか?」

「いや、そこはわからない。ナクタは『呪い』だって言ってたけど」

 叱り飛ばされるものだとばかり思っていたが、ナビンは現状を把握するための言葉だけを向けてくる。そろりと顔を上げると、腕を組んだナビンと目が合った。

「無事に戻ってきた今、思っていた色々は全て過去のものだ。無事で良かったよ」

「心配をかけてごめんなさい。何かしたくてしかたなかったんだ」

 ぼくは謝罪の言葉を口にした。

 ナビンの立場がわからないわけではない。ぼくは子どもであるし、六層に連れてきた責任をナビンが負っていることもわかっている。子どもという立場は何かと不自由であるが、不自由さと引き換えに責任を免除されているところもある。魔窟の場合は、取り返しがつかないことが多いので、他者が責任を取りようもないのだが。

「周りに迷惑はかけなかったか?」

「それは、大丈夫。だと思う。ただちょっと、困ったことがあって」

 ナクタに誘われたことを伝えようとしたところで、ナビンが誰かを見つけたように首を伸ばした。

「悪い。湯はあるか?」

 現れたのはフォルカーだった。聞けば、水場の近くにいたジーノたちの身体が冷え切っているので、足湯をしたいとのことだった。

「お湯ならたくさんあります」

 ナビンとともに鍋を手にしてフォルカーについていくと、ジーノたちの他にも冒険者たちが集まっていた。

「緊張状態が続いたから、うまく緩和できていないんだ」

 ジーノたちの無事を確認しに来たまま居座っているらしい。暖かい飲み物を作ろうかと尋ねると、彼らはとても喜んだ。

 ぼくとナビンはテントに戻ると、簡単な汁物を作ることにした。

「疲れただろう。寝てもいいんだぞ」

「ぼくも彼らと同じで眠れないから」

 身体の芯に緊張が居座っているのはぼくも同じだった。動いているうちにほぐれるだろうと考えているが、頭のどこかでその考えを否定するような気持ちもある。

 身体的な緊張ならばほぐれるだろうが、芯の芯に救っているのは、ナクタからの言葉だ。彼への返答を保留せざるを得ない状態にあることで、緊張状態を持続させているのだった。

 ナビンに相談したら、楽になるのだろうか。

 すぐに火が通る葉物を刻みながら、ぼくはぼんやりと考えた。

 多少気持ちは楽になるかもしれないが、問題解決には至らないだろうと想像できる。多分、ナビンは「いい誘いじゃないか」と言うだろう。実力のあるリュマに誘われるというのは、単純に寿命が伸びるということでもある。安定した稼ぎにもなるし、断る理由などあるわけがない。ぼくだって、ぼく以外の誰かが同じ状況にあったら背中を押す。

 けれど、自分のこととなると話は別だ。

 二度の人生を歩んできてわかったことだが、ぼくは生きる力が乏しいのだと思う。こうなりたいという欲求が乏しいのだ。

 高望みをすれば、それだけの労力が必要となる。労力を払ってまで、高みを目指そうという気持ちがない。そういう人間なのだ。

 決して楽とはいえない現状にいるのだから、同じ労力を払って、もっと良い暮らしを得れば良いのではないかという考えもわかる。チャムキリの平均的な生活に比べたら、かなり低い生活水準なのだろうことは推測できる。

 けれど、楽になったからといって、もっと高い水準の生活ができるようになったからといって、何が得られるのだろうか。

 ぼくは利己的な人間であるから、生活水準を今のままにして多くえた賃金で社会貢献したいとも思っていないし、かといって贅沢な暮らしがしたいとも思わない。与えられた現状で概ね満足で、近しい人たちが少しマシな生活ができればいい、ぐらいの願望しかない。

 そんなぼくが、リュマの一員として行動できるかは疑問だ。

 リュマのみんなが安全であれとは思うが、献身的に支えることはないだろう。与えられた役割を全うしようとはするだろうが、そこから外れることがない、と思う。つまらない人間だからだ。

 グムナーガ・バガールで過ごしてみてわかったことだが、冒険者というのはぼくの対極にある精神を持っている。一攫千金にしろ、名誉や栄光にしろ、仲間との熱い友情にしろ、強く求めるものがある。その熱に、ぼくは混ざれないのだ。

「どうした? 指でも切ったか?」

 いつの間にか動きを止めてしまったらしい。はっとして顔を上げると、ナビンが心配げな顔で見ていた。

「いや、大丈夫。ちょっと、ぼんやりしてた」

「自分で気づいていないだけで、疲れてるんじゃないか? 無理しないで休んだほうがいい」

 これ以上心配させるのも悪いと思い、ぼくはナビンの言葉に頷いた。

 すぐに火が通る乾物で作った汁物はあっという間に出来上がり、ナビンはぼくに一杯渡すと、鍋を持ってフォルカーたちのところに戻っていった。

 ぼくは寝台に座り、暖かい器を両手で持って、ぼうっと中空を見つめた。何故だか無性にカルゼデウィを見つめたかった。あの厳しくも美しい姿を見ていると、何もかもがちっぽけに感じられるからかもしれない。

 脂の浮いた汁は猛烈に熱く、舌を焼いて胃の腑に落ちた。何も考えたくないという気持ちばかりが湧いてきて、靴を脱ぐのも面倒になって転がった。

 考えなくてはいけない。何か、よく、わからないけれど。

 将来とか未来とか、昔から、前世から苦手な言葉だった。今を積み重ねて、なるようになっていれば良いじゃないかと思う。大きく道を外れることなく、凡庸に、あるがままにあれれば、ぼくとしてはそれでいい。のに。

 前世は世の中が複雑になりすぎたから、あれこれと考えなくてはならないのだろうと思っていた。多岐にわたる分岐をうまく乗り切れるように、失敗しないようにしなければいけないのだと。

 こんなに単純な世の中でも、その中でも特に選択肢の少ない場所に生まれても、生きていくには考えて、選択していかなければならないというのだから、ぼくは生きるのに向いていないのだと思う。

 けれど、そう口にしてしまえば、周りが悲しむのもわかっているから、飲み込んでいるしかない。何故悲しむのかの、根本的なところはわからないけれど。

 腰紐を解き荷物を外す。それを端のほうに押しやろうとして、手に硬いものが触れた。

「まさか、また」

 手で探ってみると、それはやはり本だった。あの時の本が、今回もまた荷物の中に入り込んでいたということだ。

 呪いの人形の話があったが、その類いなのだろうか。石化も『呪い』によるものがあるということなので、捨てても戻ってくる人形の呪いぐらい、あってもおかしくはない、ような気がする。魔法があるだけに、前世のあの時代よりも呪いの存在が身近なものだ。

 何度も戻ってくる本にかけられている呪い。ムスタには見えず、自分には見える文字ともなれば、答えは自ずとわかってしまう。

「読めってことだろうな」

 正直なところ、文字を追う気力はなかった。けれど、何かを考えないようにするには他者の言葉を入れるのが一番手軽なのではないかとも思った。

 ぼくは身を起こし、文字が読めそうな角度を探した。寝台は文字通り寝るための場所で、文字を読むには明かりが足りていないのだ。

 薄茶色の表紙には、変わらず『主人たる者へ』という文字が書かれている。表題が勝手に変わると仕組みではないようだ。

 読んだら呪いが解けるのだろうか。それとも、本格的に呪われるのだろうか。

 本に書かれている言葉は、本に向き合っている間は真実になる。どんな荒唐無稽なことであっても、本と読者の間では真実として存在する。書かれていることを素直に受け取らなければ、批判することもできないのが、本というものだからだ。

 一度読んでしまえば、書かれた言葉は思考のなかに入り込み、読まなかった自分には戻れない。肯定するにしろ、否定するにしろ、一度言葉を受け取らなければならない。

 表紙を開くと、滑らかな紙に黒い文字が並んでいた。これほどまでに滑らかな紙に触れるのは、前世ぶりだ。それだけで、普通の本ではないことはわかる。

 どうなるのだろう、という予感は、期待か不安か。

 はっきりさせないまま、ぼくは文字を拾い上げた。

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