八十通目 責任感の無さ
フォルカーとナクタの話し合いの結果、フォルカーたちはそのまま、ナクタ側がふたつに分かれてジーノたちを連れて行くということに決まった。
ウィスクとデラフ、ナクタとピュリスとムスタに分かれることになり、ジーノたち三人をウィスク側が引き取り、ぼくはナクタたちと戻ることになった。
未だ強張りがあるジーノをデラフが担ぐことになったが、ウーゴとレダは身体的には問題がないと判断したようだ。
「本当に大丈夫か?」
フォルカーが心配げに尋ねたが、ナクタは「問題ない」と明るい表情で答え、ウィスクは何を心配されているのかわからないといった表情をして、ウーゴたちを見た。
「ここまで来られるんだから、問題ないでしょ」
ウーゴたちの実力を不安視していると思ったらしい発言に、ぼくの中にも不安が芽吹いてしまった。
「タシサまでの距離なら何ひとつ問題はない。ウィスクならひとりでも行き来できる」
「ああ、そういうことね。ひとりのほうが楽まであるけど」
ピュリスの口添えで合点がいったらしいウィスクは、肩を竦めた。
「ここでのんびりしてても仕方ないし、さっさと戻ろう」
言うが早いか、ウィスクはウーゴたちを手招きして歩き出した。足取りに迷いはない。
「何もないと思うけど、ウィスクについて行こう。通路が塞がってたりしたら面倒だ」
ナクタが促すと、フォルカーたちが頷き合って歩き出した。それにピュリスが続いたので、ぼくも歩き出す。
並びはピュリス、ナビン、ぼく、ナクタとなった。正確には縦一列というわけではないが、一応順番付けがあるといった具合だ。
「その後、何か変な感じはない?」
ナクタに聞かれて、ぼくは無意識で手のひらを見た。欠けてもいないし、変色もしていないし、震えてもいない。痺れなどもないから、何も問題はないように思うが、先ほどからナクタが心配してくることが不思議だった。
「何もないですが」
先ほど途中になってしまった話に繋がるのだろうかと、ナクタを仰ぎ見る。
「ぼくのおかげ、って話に関係ありますか?」
「うん」
素直に頷いたナクタに、ムスタがチラと振り返った。ムスタは話の内容を知っているのだろうか。
「ソウは、上にいるより魔窟にいるほうが調子良いなと思ったことはない?」
思ってもいない問いかけに、ぼくは一瞬思考が止まった。
上、というのは地上のことだろう。外にいるよりも魔窟にいるほうが調子良いなんてことがあるのだろうか、というのが最初に浮かんだことだった。
魔窟というのは閉鎖的空間で、階層によって雰囲気も気温も生態系も全く違うところで、地上に比べてずっと死に近い場所だ。
そんなところで調子が良いなんて思うのは、危険愛好者のような、ネジが一本も二本も抜けたような人ぐらいなものだろう。
「それは、ナクタがそうだということですか?」
「ああ、そう言われたらそうかもしれないな」
思ったような返しではなかったのだろう。意表を突かれたといった表情の後、我が身を振り返るように顎に手をやっている。
「いやいや、話が脱線するから」
ぼくとナクタのやり取りを聞いていたらしいムスタが、呆れた様子で会話に入ってきた。
「違うのですか? 魔窟にいるほうが調子が良いから魔窟巡りをしているのかと」
ナクタたちはあちこちの魔窟に挑んでいる冒険者だ。取り立てて欲が強そうでもない彼らが危険な場所に好き好んで出向いているのは、魔窟にいるほうが調子良いからという理由ならば納得いくなと思ったのだが、そういう話ではないのだろうか。
「否定はしないけど、今はそういう話じゃないんだ」
ぼくが小首を傾げると、ナクタが咳払いをして言った。
「実はずっと気になっていたんだけど、この間一緒に探索に行ってみて、確信したことがあるんだ。それは、ソウと一緒に探索している時のほうが調子が良い、ってこと」
「そうなんですか?」
心当たりなどまるでないぼくは、ナクタの言わんとすることを飲み込めずにいた。
ナクタたちと魔窟を歩いたのは、四層の終わりからだ。五層を一緒に下り、六層を探索した。それほど長い期間のことではないし、本来の仕事である荷運びは一切していない。
ナクタたちの負担を減らすことを何もしていないのに、調子が良いと言われても信憑性がないというか、理由がない。
「目に見えて違うのはウィスクとピュリスの魔法についてだ。ソウと一緒にいる時に威力が落ちることはなかったし、辛そうな気配もなかった」
そう言われて思い返したところで、ぼくはぼくと一緒にいるウィスクたちしか知らないのだから比較のしようがないと気づいた。
「ふたりとも、すごい腕前なのはわかります」
「そうだな。確かにふたりはかなりの使い手であるし、自分の魔力の配分についても理解している。でも、限界はある」
魔法を使える魔力の限界がある、ということは知っている。今まで雇われたリュマにも魔法を使える人はいたし、恐怖心などから調整が利かなくなると、すぐに魔力切れを起こして動けなくなることも知っている。
であるから、魔法を使う人は自身の限界を把握しておかなければならないし、すぐに取り乱さないように精神を鍛える必要があると聞いたことがある。
「で、だ。普段はオレがふたりに魔力をわけているんだ」
「はあ?」
間の抜けた声を出してしまったのは、そんなことが可能だとは思っていなかったからだ。
「そんなことができるんですね」
「普通はできませーん」
すかさずムスタが割って入ってきた。
「魔力を分けるなんてことができるのは、極々一部。体質みたいなもんだから、鍛えてなんとかできるっていうことじゃないわけ」
「へえ! ナクタはすごいんですね」
「いや、ムスタの言うとおり体質みたいなものだから、凄くはない」
「体質だとしても凄いですよ。ぼくには真似もできませんし」
極々一部の才能を持っているということは、王族であることが関わっているのだろうか。他の人が持たない特別な技能があるから王族である、というのは成り立ちとしてもおかしくはないだろう。
「できるよ」
「は?」
「むしろ、ソウのほうが凄いと思う」
「え? いや、どういうことです?」
勝手に王族の謎について考えを巡らせていたところに、急に冷や水をひっかけられたような言葉が飛び込んできて、我が耳を疑った。
「ソウのほうが凄いっていうのは、オレの場合と違って外部の――」
「はいはい。ソウが困ってるから。順番を踏もう、順番を」
ぼくの混乱を的確に見抜いたムスタがナクタを止め、ぼくの顔を覗き込んで「大丈夫か?」と訊ねた。
「いえ、ちょっと意味が」
チャムキリの言葉が使えているかどうかも怪しい。ぼくは額を抑えて、考えを整理しようと試みた。
「ナクタは、ぼくが魔力をわけられると言いました?」
「まあ、大筋ではそう」
「それは、極々一部の体質のようなもの、とムスタは言いました?」
「そうだねぇ」
ということは、ぼくは極々一部の特殊な体質の持ち主ということになる、のだろう。
「それは、さすがにどうでしょう」
何故か否定したくなり、ぼくは咄嗟にそう口走った。
記憶を持ちながら転生するというだけでも希少なことだろうに、さらに特殊な体質持ちなんて、さすがに設定の盛りすぎではないだろうか。
「気のせいではないのですか?」
否定する意味などないとわかっているのに、言葉を求めてしまうのは何故なのだろうか。
世の中の多くの人は『特別』であることを求めているように思う。『前世持ち』としてこちらに転生している人の多くは、自身を特別な存在だと思ったのではないかと思う。
ぼく自身、まったく欲がないかと問われたら無いとは言い切れない。しかし、いざこうして『特別』な何かがあるといわれると、落ち着かない気持ちになる。嬉しいと思えないものなのだと実感した。
理由はわかっている。責任感のなさ故だ。
大きな力にはそれだけの責任が伴うというのは常識だが、大きな力を持つ者に責任感が備わっているかというと、そうでもない。
「気のせいじゃないさ。さっきも、ソウから魔力をわけてもらったんだ」
「さっきというのは、もしかして、首の」
自身のうなじに手を当てて見せれば、ナクタは笑顔で頷いた。
「石化が進んでいたから、わけてもらえなかったら倒れてたかもしれないな」
思えば、倒れた時のことを指示していたように思う。そんなに危うい状況だったのかと、今更ながらゾッとした。




