七十四通目 行き止まり
ダクパの効果なのか、魔物に出会うことなく歩くこと六十歩ほど過ぎたところで、フォルカーが足を止めた。
「灯りがない」
前を行く三人の隙間から先を見ると、確かに暗闇が続いていた。
「この辺りが現場ってことか?」
イヴァンが携帯照明器具に灯りをともしてフォルカーに手渡した。影が奥に伸びたが、人影らしきものは見当たらない。
「何もないな」
人影もなければ、荷物を広げた痕跡もない。どこかに移動しようにも、硬直して動かなくなったジーノを引きずったのだとしたら跡が残りそうなものだが、そういったものも残っていなかった。
「一旦、前の灯りまで戻ろう」
フォルカーの声に緊張が滲む。全員それを感じ取ったのか、警戒の色が濃くなった。ほんの数歩の距離だが足取りも慎重になる。
「分岐はないな」
灯りの元に到着すると、イェナが短く言った。
「けど、誰もいない」
イヴァンの言う通り、近くには誰もいない。道は一本道で、視界が悪くなるような大岩が迫り出したりもしていない。
「この灯りは横道に入ってからと同じものッスね。同一リュマが設置したと考えるのが妥当ッス」
設置された灯りを確認したロッシの言葉に、全員顔を見合わせた。
「どういうことだ?」
「少なくともここまでは来てるってことは間違いないッス」
「俺たちが最初に来た時よりも奥にいることは間違いない」
「でも、いない」
全員が思考に入ったためか、沈黙が落ちた。
ぼくは耳を欹てたがやはり水の音は聞こえなかった。モニカは水が流れる音がしたと言っていたはずだ。水場に出れば目新しいものがあるのではないかと思ったと言っていたことから、普段の探索では聞いたことがなかったのだろう。
「魔物に襲われたか?」
「それはそれで、痕跡があるだろう」
「アフミミネンの類だったらわからんな」
物騒な話になってきた。ここは魔窟であるから、魔物に襲われることもあるだろうし、アフミミネンの仲間なら全てを溶かしてしまうこともあるかもしれない。
「ここではないのだと思います」
魔物による消滅説で固まる前にと、ぼくは口を挟んだ。
「水の流れる音がしたと聞いています。ここは水の音も匂いもしません」
「だが、灯りもなければ分岐路もない」
単純に考えれば道を間違えているのだろう。分岐はなかったが、そもそも現在地ですら最初に来た時には到達できなかったという場所なのだ。
「彼らが過去に来たことがある場所というだけかもしれません」
「というと?」
「そもそも、行き止まりになっていた場所の奥に来ているのです。行き止まりが繋がる先が同じじゃないかもしれません」
その発言に、ぼく以外の全員がぽかんとした顔をした。想定していないことというより、想像の範囲外のことを言われたといった様子だ。
「それは、つまり」
フォルカーが無理矢理言葉を捻り出そうとするように口を開いたが、その跡が続かず天井を見上げて首を傾げた。
「悪い。ちょっとわからん」
正直に言ったのはイヴァンで、通路の前後を見遣って「どういうことだ?」と詳しい説明を求めてきた。
「思いついたことを言っただけで、何の確証もないですが」
断りを入れて、ぼくは地面に線を引いた。
「この横道に入ってから、皆さんが最初に到達した地点をここだとします」
線の先に丸を描いて、行き止まりだった箇所を示した。
「行き止まりになっていてこの先はないと思ったけれど、今ぼくたちがいるのは行き止まりの先ですよね」
「そうッスね」
「で、現在地をこの場所として、この先にも道が続いていましたが」
そこまで線を引いて、行き止まりの場所に指を戻した。
「この先が必ず今いる場所に繋がっていないのではないか、と思ったのです。そしてこの場所も、必ずしも行き止まりの先に伸びている場所ではないんじゃないか、と」
「待て待て。そこで急にわからなくなるな。もうちょっとわかりやすくならんか」
フォルカーが図をよく見ようとするようにしゃがみ込んだ。
この辺りのことを説明するのは難しい。ぼくの発想の元には『どこでもドア』の存在がある。ドアの先が全く違うどこかに繋がっているということを、あっさりと飲み込み、考えの中に入れられるのは漫画やアニメやゲームでの蓄積によるものだ。
それらを知らない人にとっては、あまりにも突飛な考え方で、理解するのに四苦八苦するのも当たり前だろう。
「ぼくたちは、行き止まりから真っ直ぐ続く隠し通路にいると思ってますよね、今」
「そうだな」
「でも本当は、直接繋がっていない別の場所にいるかもしれない、という仮定です」
行き止まりから続けて描いていた線を消し、離れた場所に線を引いて現在地を示すように丸を描いた。
「もの凄く簡単に言うと、扉を開いた時に同じ場所に出るとは限らない、ということです」
「寝室の扉を開けたのに、外に出るってことか?」
「そんな感じです」
フォルカーは納得したようなしないような顔で曖昧に頷いた。頷くしかないという様子だ。
「そんなこと、あるか? 違和感なんか全然なかったぞ」
イヴァンが恐ろしい目にでもあったかのように、両腕を摩りながら首を縮こませた。マムアが嫌いといっていたが、幽霊的な存在が苦手というより、こういった不可思議なこと全般が苦手なのかもしれない。
「今の話をひっくり返すようですが、ぼくたちがいる場所は行き止まりから続いている場所だと思います。違和感の無さはそのせいじゃないか、と思っています」
ナクタたちとの探索の時に、ぼくは二回、隠し通路を通っている。一度目は何の違和感も感じずに別のところに移転させられたし、二度目は違和感だらけで壁の中を通過した。
その違いは何だったかと考えると『魔窟の意思』のようなものが関与しているかいないか、なのではないかと思ったのだ。一度目は魔窟の意思で動かされたので違和感が無く、二度目はこちらの都合で突破したから違和感が強かったのではないだろうか。
そこから導き出せるのは、魔窟自体が意思を持ち、ぼくらを判別しているということだ。
そう考えると、行き止まりはいくつもあると考えるほうが自然のような気がした。魔窟は何某かの思惑、または規則を持って通過させる者を選んでいる。
ジーノたちは普段から、フォルカーたちが足止めされた場所よりも奥、つまりぼくたちが今いるあたりまで入っていたのではないかと考えられた。その根拠は灯りが存在しているからだ。
「ジーノ氏たちがいる場所が、全然違う場所かもしれないってことッスね?」
状態をすぐに飲み込んだらしいロッシの言葉に、ぼくは頷いた。
「はい。更にいうなら、シュゴパ・ジーノたちは、ぼくたちが今いるこの地点から別の場所に出たんじゃないか、と思います」
フォルカーたちが行き止まりだったという場所から、ぼくたちが今いる場所までは、割と見通しの良い直線になっている。ここから進んだあたりから、湾曲して見通しが悪くなってくる。モニカが言っていた『ゆるく湾曲』した部分に該当するのではないだろうか。
「シュゴパ・モニカは、忘れ物を取りに行こうとしたら、道が消えて行き止まりになっていたと言いました。ここまでにそういう場所はなかった」
「この先は湾曲してたッスね。ということは、この辺りに切り替わりがあるってことッスか」
「そうじゃないか、と思います、が」
問題は、どうやって当たりを引き当てるのか、だ。
湾曲した先に灯りがなかったのは先程確認した通りだ。魔窟の意思はぼくたちをジーノと同じ場所に通す気は無いということになる。
となれば、ナクタがやったように、強引に当たりを引き当てて通過するか、闇雲に壁を破って進むしかない。が、どちらにしても誰にでもできる芸当ではなさそうだ。
「ひとつ、やってみたいこと、ある」
それまで黙っていたホリーが喉に手を当てながら言った。
「何か策があるのか?」
「やってみたことはない。聞いたことはある」
質問の答えとしてはお粗末なものだが、詳しい説明を求めるのは無駄だと思っているのか、視線はホリーにではなくフォルカーに集まった。どうするのかと無言で問われて、フォルカーはホリーに大きく頷いた。
「手があるならやってみろ」




