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ラクシャスコ・ガルブ潜行記  作者: 多寡等録
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七十三通目 似て非なるもの

「待てよ。動かなくなったヤツはアレにやられたってことはないのか?」

「マムアにッスか? 違うんじゃないッスかねぇ?」

 ぼくはその可能性もあるかと思ったが、ロッシは否定的な反応を示した。

「マムアの場合、寒気を覚えるはずッスよ。それに、ひとりだけ狙われるっていうのも変じゃないッスか?」

「そうなんですか?」

 ぼくはアーヴェに遭遇したことがないので、どういうものなのかはよくわかっていない。一番最初に出てくるのは前世での『幽霊』だが、ぼくらの集落でいわれる『ズンミョン』と『幽霊』とは違いがある。

 幽霊はいるかいないかわからない存在だったが、ズンミョンは存在する。普通は姿形が見えないところは幽霊と同じだが、ミヒルの葉を燃やした時に出る煙の中でなら姿が浮かび上がる。大抵が首を小脇に抱えた姿で現れるのだが、その理由は埋葬の時に遺体の首を落とすからだ。

 前世の宗教観というか倫理観というか、そういったものと照らし合わせると残酷非道なように思えるが、ケルツェではそれが弔いの方法だった。確実に死んでいると示すため、諦めるため、心に刻むため、首を落とすのだ。

 水難事故や滑落事故で死体が見つからなかった場合、生前の姿でズンミョンになることがあるが、生きていると勘違いしたまま取り憑かれてしまった話もある。死んでいても一目会いたいと願ってミヒルの葉を炊いたのが裏目に出たのだという。

 ズンミョンは狙った相手に取り憑き殺すことができるとされていて、奇行の末に死んだりするのはズンミョンの仕業だといわれている。もちろん、ズンミョンを退ける方法もあるが、必ずしも助かるわけでもない。

 チャムキリのいうところの『アーヴェ』が『ズンミョン』と同じものなのか『幽霊』と同じものなのかはわからない。冒険者から漏れ聞こえる話からすると、魔物の一種のような感じだ。

「マムアは生者の息を吸うんッスよ。マムアにとってわっちらの息は食事なんッス。その場にいる息をするもの全てを食べ尽くす、って言われてるッス。そんなだから、子どもの頃、息を止める練習をしたもんッスよ」

「となると、固まったようにはならないということですか?」

「なるはなるッスけど、凍死体のような感じッス。触った時の印象は固いよりも先に冷たいになるんじゃないッスかねぇ」

 ティントもモニカも、ジーノの身体が冷たかったとは言っていなかった、が。

「シュゴパ・ジーノの身体が冷たかったとは聞いていません。が、空気の流れが変わって、冷たくなったとは言ってました。水場が近いんじゃないかと思ったと」

「マムアが近寄ると空気が冷たくなるとは聞くッス」

 ズンミョンもそうだ。現れる時に、空気が冷たくなるといわれている。幽霊話も冷気はつきものであったから、この手の存在は温度を下げる能力を持っているものなのかもしれない。

「おいおいおいおい、否定してくれよ」

 自分から言っておいて、否定してくれと言い出すイヴァンは心底マムアが嫌いなのだろう。もっとも、好きな人もそうそういないだろうけれど。

「マムアに錬金術で作ったものは効果がないと言っていましたが、マムアにやられた人に効果があるものはあるのですか?」

 疑わしげな視線を辺りに向けるイヴァンに問いかける。対処できないから苦手だというのなら、対処できる方に意識を向ければ少しは気が紛れるかもしれない。

「あ、ああ。まずは体温を上げるものが必要だな。息を吸われても即死ってわけじゃない。呼吸が止まっても、すぐになら戻ってくる」

「温度を上げる塗布剤もあるッス。胸に塗るといいッスよ」

「体温を保つってのが重要になるな。それと俺の専門とはズレるが、魔導具もある。なんでも、胸を刺激すると戻ってきやすいんだとか」

 心臓マッサージということか。このあたりは「前世持ち」が開発に関わっているのかもしれない。

「神官がいれば一番いいんだがなぁ。階級が上なら、全部解決できるだろ」

「そんな階級の神官が魔窟に入るわけないッスよ」

「クーリヤでもマムア除けの歌があるしな」

 クーリヤというのは、神官の役職の名前だったはずだ。助祭ぐらいの役職だったような気がするが、確かではない。

「歌なんですか。呪文ではなく?」

「神官が使う術は魔法とは違う、らしい。神官の術については詳しいことがわからないからなんとも言えないが、魔法使いの連中に言わせると別物なんだそうだ」

「シュゴパ・ホリーの呪文とも違うのですか?」

「多分な。似たようなものはあるんだろうが、聞いた感じは別物だったな」

「クーリヤの歌を聞いたことがあるのですか?」

 意外だった。神官でも魔窟に入ることはあるのだろうか。

「いや、神殿に行けば聞けるだろ」

 何を言っているんだといった様子のイヴァンと、神殿で歌うことがあるのかという驚きをもったぼくは、お互いに顔を見合わせ、変な感じになった。

 すかさずロッシがイヴァンの脛を蹴り「そうなんスー」と相槌を打った。

「神殿では必ず誰かが歌ってるッス。なので、いつ行っても聞けるんスよ」

「悪い! 浅慮だった!」

 ロッシの説明でぼくが神殿に行ったことがないことに気づいたのだろう。宗教問題はどこでも複雑なものだから、自分たちの信仰を常識と捉えてはいけないと叩き込まれているのだろう。

「いえ、気にしないでください。外のことに興味があるので、教えてもらえたら嬉しいです」

 嘘偽りない本音である。郷に入っては郷に従えという言葉があるように、ぼくらの常識はチャムキリの非常識であったりするのだから、彼らと関わって生きていく以上、知っておいて損はない。

「神官の方だと、マムアに対抗できるのですか?」

「うーん、そうなるんスかねぇ。どちらかというと、マムアを寄せ付けないようにする方向なんだと思うッス。マムアは悪い存在で、良い存在はアリマっていうッス。人が死ぬと通常はアリマになるんスけど、悔いが残ったりするとマムアになったり、マムアに捕まったりするんスよー」

 聞いている感じでは、マムアは単なる幽霊というものでもなさそうだ。いわゆる悪魔的な印象を受ける。悪魔と魔物は異なる存在なのだろうか。アーヴェについては魔物と近い扱いのようだったが、マムアは区別されているように感じる。

 やはりこういう宗教的な考え方は、別の文脈で生きているほうには伝わりにくいものがあるなと実感する。多神教的考え方で育った人間には、一神教の考え方を真の意味で理解するのが難しいのと似ている。

「まあ、一口に神殿といっても地方によって微妙に色々と違うからなぁ。その土地土地に合わせた調整がされてるとは感じるぜ」

「そうッスねー。わっちらの育ったところと、中央神殿とでは違いがあるのは確かっす」

「聖女信仰が中心にあることは間違いない。ってことで、おしゃべりはそのへんにして、そろそろ集中してくれよ」

 会話に割って入ってきたのはフォルカーだった。こちらを振り返り、立てた指で前をさした。

「ここが問題の通路だ」

 壁つたいに進んだ先にある通路がここなのだろう。これといって変わったところがあるように思えない。先ほどより空気はやや冷えているが、寒いというほどではない。

 フォルカーに見つめられ、ぼくは少し気後れしたが、グッと顎を引いて答えた。

「その通路を進んでいくと、水の流れる音が聞こえると言ってました」

「とりあえずはそれを目標に進もう。十分に周囲に気を配ってくれ」

 大きく頷いたフォルカーが改めて指示を出し、全員が頷き返すと、通路に足を踏み入れた。

 今までとは違い、狭い通路は圧迫感がある。横並びになれるのはふたりまでだが、戦闘になる可能性を考えれば一列になっているのが正しい選択に思えた。

 全員が黙ったために、ホリーの呪文が大きく聞こえた。狭いところなので反響しているのも原因だろう。目標に定めた水音が声に掻き消されてしまいそうで不安になった。

「変だな」

 しばらく無言で進んでいったところで、誰かが呟いた。

「確かにな。まだ行き止まりにならない」

 応じたのはフォルカーだ。前の三人の隙間から先を見てみると、奥に向かって灯りが続いているのが見えた。まだまだ行き止まりになりそうな気配はない。

「一旦止まろう。ホリー、呪文を止めていい」

 指示に従いホリーが呪文を止めると、静けさが身を包んだ。水音らしきものは聞こえてこない。

 妙な焦りを感じていると、鼻先を焦げた匂いが掠めた。知らずのうちに伏せていた顔を上げると、フォルカーがニヤリと笑った。

「おまえさんから貰ったヤツだ。ホリーを黙らせたからな。魔物除けになるんだろう?」

 気休めにと渡したものを覚えていてくれたようだ。ぼくは照れくさいような気持ちになったが、同時に肩の力が抜けたようにも感じた。

「このまま進む。ここからはより慎重に。何があるかわからないと思って進んでくれ」

 行き止まりになっているであろうその先に来ているということを暗に示して、フォルカーは歩き出した。

 ぼくはティントたちとの会話を思い出しながら、耳をそば立てて慎重に歩き出した。

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