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ラクシャスコ・ガルブ潜行記  作者: 多寡等録
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七十一通目 未知の症状

「薬瓶は俺たちがそれぞれ持つとして、予備を数本でいいか。問題は素材だな。俺たちに必要なものはわかっているからいいとして、問題は助けるヤツらに何が必要なのかってことだ」

 イヴァンは独り言に近い調子で呟きながら、薬瓶を素早く選び出し、台の上に置いた。

「動けなくなった、っていうけど、どんな具合なんスー?」

 相槌を打ったのはロッシだ。イヴァンと同様に、材料が入っているらしき袋を台の上に置いていく。いずれも小袋で、ひとつひとつに重さはさほどなさそうだ。

「解体の時の毒じゃないかってフォルカーなんかは言ってたけど、本当にそうとは限らないしなぁ」

 ガシガシと乱暴に頭を掻き、イヴァンはぼくを見て「どう思う?」と聞いてきた。

「皆さんが遭遇した魔物に毒を持っているものはいるのですか?」

「いる。一番厄介なのは血を吸う虫みたいなやつだな。突然痺れがくるから、ホリーなんかは使い物にならなくなる」

 ぼくがちらりとホリーを見ると、ロッシが「移動中は常時呪文を唱えてるッスー」と教えてくれた。麻痺が出ると口が上手く回らないのだという。

「麻痺系は地味に厄介なんだよ。どこにどんな出かたをするかもわからんし」

「わっちらも開封できなくなったりするッスー」

 ロッシは右手を開いたり閉じたりして見せた。指先に痺れが出たことがあるということなのだろうか。

「あっと言う間に動けなくなることはありましたか?」

「そんなに早くどうにかなることはないな」

 イヴァンがロッシとホリーに視線を向けたが、ふたりとも思い当たることはないらしい。

「虫の場合は、ちょっとした違和感を放っておくと悪化する感じだな。自分の体に鈍感なフォルカーとかが酷くなりやすい」

「鈍感なんですか?」

「ああいう前衛馬鹿は多少の痛みは気にしないからな。殴ったり殴られたりした時の痺れと、毒にやられてる痺れの違いがわかりにくいんだろうよ」

 イヴァンは息を吐くように笑い、ロッシはしみじみと頷いている。すでに何かしらの経験があるようだ。

「倒れたヤツは前衛だったか?」

「多分、そうだと思います」

「知ってるヤツらなのか?」

「いいえ。先ほど、話を聞いたので。聞いた感じでは、前衛のようでした」

 解体している時の姿を思い返してみても、ジーノの装備は前衛風のものだったように思う。簡単な見分け方は、小さなポケットが多い服を着ているほうが後衛というのが通説だ。

「フォルカーみたいなヤツなのかね。細かったような気がするが」

「あのリュマは全員細身ッスー」

 首を捻ったイヴァンに、ロッシが突っ込んだ。確かに、全員細身だった記憶がある。それに加えて、全員若いのだ。

「本人が異変に気づかなかったから、手遅れになったのかねぇ」

「前衛はこれだから! やんなるッスー」

「愚痴はいい。本筋は『毒のある魔物』の話だっただろう」

 話が脱線しかけているのを止めたのは、ホリーだった。こちらの話は聞いていないのかと思ったが、しっかり聞いていたようだ。ずっと黙っていたことから推測するに、無口な方なのだろう。

「ずっと呪文を唱えているんでね。必要ない時は黙っていたい」

 ぼくの顔を見たホリーが短く言った。なるほど。それは確かに、喉なり口なりを休めていたい気持ちはわかる気がする。

「他の毒となると、棘のある枯れ草みたいなヤツか、軟体動物っぽいヤツあたりか? でも、あいつらにやられても急に動かなくなることはないよなぁ?」

「やっぱり、解体の時の毒じゃないッスー? 遅効性でジワジワやられたってほうがありそうッスー」

「そういや、毒喰らったの、見たんだよな? どんなヤツだった?」

 改めてあの時のことを思い出してみたが、はっきりと見たわけではない。騒ぎになった時に見たものは、バラバラになった虫の足のようなものと、硬そうな外皮のようなものだ。

「虫のようなものだったかと。ひと抱えほどある灰褐色の、足がいっぱいある」

 思い出した順に並べてみる。頭に浮かんだのは前世で見たダンゴムシだ。あれがとんでもなく成長した姿を想像してもらえればいい。丸ごとの姿を見たわけではないが断片的な破片を繋ぎ合わせると巨大なダンゴムシになる。

「それは見たことないな」

「わっちたちはあっちのほうに行ってないからッスかねぇ?」

「あの時は、手を火傷したように見えたのですが」

「手を火傷ねぇ」

「火傷から遅効性の毒ッスか。どっちもそいつの仕業だとしたら、嫌なやつッスねぇ」

 ふたりには心当たりがないようだ。となると、どんな薬を用意したらいいのかわからないということになる。

「体が硬くなった、と言っていたのが気になりました」

「硬くなった?」

 イヴァンが眉を跳ね上げた。気になったのか、ぼくに詰め寄るように上半身を乗り出してきた。

「聞いた話を順番に教えてくれ」

 イヴァンもロッシも真剣な顔でぼくを見つめてくる。圧力に飲まれそうになったが、ぼくはティントとモニカの話を思い出しながら、地面に線を引いた。

「簡単な地図ですが。この通路の奥に進んで行った。見知った魔物だったので余裕があり、もう少し先に行こうということになった。少し離れた場所から水が流れる音がしたと言ってました。そこに行けば目新しいものがあると思った、と」

「水場ッスか」

 ロッシが首を傾げた。彼らは先ほどの捜索でこの辺りを探したはずだ。近くにいったなら、ティントたちと同じように水の音を聞いているのではないだろうか。けれど、ロッシの反応からはピンときていない様子だ。

「空気の流れが変わって、少し冷たくなったと言ってました。その時に、シュゴパ・ジーノが呻いて壁にもたれかかった。そこから一気に悪化したようで、地面に倒れ、解毒剤をかけたけど動かなくなった。揺さぶっても反応がなく、そのうち体が硬くなり、動かすのも無理になった」

「なるほど。だから三人を置いてきたんッスね」

 体が硬くなって運べなかった、ということは聞いていなかったということか。ぼくは少し申し訳ないような気持ちになった。ティントとモニカが伝えていないことを勝手に話してしまったのだとしたら、とても気まずい。

「何を考えてるかはわかるけど、気にすんな。どんな些細な情報でも欲しいんだ」

 ぼくの顔色を読んだらしいイヴァンに慰められ、ぼくは苦笑いを浮かべた。

「しかし、そうなると、まずいかもしれねぇなぁ」

「まずい、というのは?」

 ぼくの態度が問題ではないとするなら、何がまずいのだろうか。

「ジーノと言ったっけ? そいつの状態は、俺たちの薬じゃどうにもならない可能性が高い」

「毒ではないということですか?」

「毒、かもしれないが」

 イヴァンは考えるように、腕を組んで俯いた。

「たぶん、石化ってやつッスー」

 顔の中央に全ての部位を集めたような表情をして、ロッシが言った。

「石化に対応する薬品はないッス。というか、わっちは見たことないッス、石化」

「石化、っていうのは、石になる、という、あれですか?」

「そうッスー。物知りッスね。ムスタ氏に教えてもっらったッスか?」

 そういうわけではないが、そういうことにしておこうと頷いた。もちろん、石化についての知識は前世のものだ。

 有名なところではギリシア神話のゴルゴンの首だろう。顔を見ると石化するとされ、魔除けにまでされている。身近なところではゲームに出てくるステイタス異常だ。今回はこちらの状態ということなのだと思う。

「となると、ムスタ氏なら対処方法を知ってるかもッスね」

 それはどうだろう。とは思ったが、ムスタによってもたらされた知識ということにしておきたいので黙っていることにした。

「ちょっと聞いてくるわ。ソウ、悪いけどちょっと待っててくれ。あ、必要なものがあるなら、取りに行ってくてもらって構わんよ」

「あ、はい」

 顔を上げたイヴァンは、ムスタに話を聞きに行くつもりのようだった。嘘をついているような後ろめたさはあるが、ムスタなら石化については当然知っているだろうし、他の魔窟でも、石化させる魔物はいただろうから、解決方法を知っている可能性もある。

「ソウ氏には、わっちの服を貸してあげるッス。色々取り出しやすいから便利ッスー」

「ありがとうございます。自分の袋、持ってきますね」

 差し出された服を受け取ると、自分のテントに一度戻る旨を伝えた。

 流石にナビンに何も言わないままというわけにはいかないだろう。叱られるのを覚悟して、ぼくは足早にテントに戻った。

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