七十通目 動機
残っているリュマに、連れて行って欲しいと頼み込んだが、どこも受けてはくれなかった。少ない人数で、非戦闘員を連れてはいけないという断り文句はもっともな事なので、食い下がりにくい。
こういう時に、子どもの容姿は不利だ。ナビンぐらいの年齢になっていれば、戦闘能力はともかく、肉体はかなり仕上がっているので何かしら役立ちそうに見えそうだが、今のところは非力な子どもにしか見えない。浅層の冒険者に比べたら、肉体的にも精神的にも鍛えられているのだが、比べる対象がそれでは意味がない。
純粋な探索ならば、小柄であることを売り込むこともできるのだが、今回は人探しだ。遭難者が通れたということは、他の大人でも通れるということなので、小柄であることが有利になるわけではない。
どうしたものかと考えていると、ティントに話しかけられた。
「さっきから、何してるんだ?」
「シュゴパ・ジーノの捜索に入れてもらおうと思っています」
隠すことでもないので正直に打ち明けると、ティントは驚いた顔を見せた。
「なんで、そんな危険なこと」
「最も救出能力が高いリュマと繋がりを持っていて、多少ではあっても時間短縮できそうだから、です」
口にしてみると、どうにも頼りない理由に聞こえるが、それ以上でもそれ以下でもない。強いていうなら、魔窟に取り残されて過ごす時間の心許なさを知っているからというところだが、それを言ったところで理由の補強にはならないだろう。
「ぼくのことで皆さんに心配をおかけしたので、協力できることがあるならと」
言いながら、なんとも白々しい言葉だと思った。それもまた嘘ではないのだが、言葉にしてしまうと急に嘘のような響きになるのだから、厄介なものである。
「ジーノはおまえのことを心配してなんてなかった」
言われるだろうなと思ったことを伝えられ、ぼくは苦笑した。
「そうですか」
「だから、おまえが身体を張る必要なんてないんだ」
これは、どう取るのが正解なのか、少々難しい問題だと、視線を合わせようとしてこないティントを見上げ、ぼくは答えを探した。
言葉通りに受け取れば、どう考えても大人げのないものだが、話の流れとしてはぼくを気遣ってのことなのだとも受け取れる。ぼくの気持ちを挫くために、意地の悪い言い方をしているように思えるのだ。
見た目通りの年齢ならば、その思惑に乗って腹を立て、臍を曲げるのかもしれないが、残念ながら中身は年上なのだ。大人らしい振る舞いは得意ではないが、直情的になるほど情動が有り余っているわけではない。
「ぼくにできることがあるならしたいと思っているだけです。どこかのリュマに連れて行ってもらわないことには動けませんし、不必要だと判断されれば何もできませんので、心配には及びません」
どんな言葉も言い方による。できるだけ穏当な口調で伝えると、ティント無愛想に「そうかよ」と言って、追い払うように手を振った。ぼくはちょっと視線を伏せてからその場を離れた。
ティントは自分に腹を立てているのだろう。彼らがどういう関係性のリュマなのかは知らないが、少なくとも六層まで一緒に来た仲間なのだ。その仲間を魔窟に置き去りにしたこと。探しに行く勇気がないこと。そういう自身の不甲斐なさに憤っているのだと思う。戦う能力のないぼくが、自分にできないことをしようとしているのに気づき、ますます自分に腹が立ったのだろう。
意地の悪い言葉も、自分への苛立ちをぼくにぶつけることで解消したかっただけなのだと思う。ぼくが腹を立て、罵倒したり、殴りかかったりしてくれると思ったのではないだろうか。詰られり、殴られたりして、自分への鬱憤を晴らして欲しいと願ったのかもしれない。
冒険者同士なら、間違いなくそうなる。お互いの気持ちを汲んでのことなのか、そうでないのかはわからないが、彼らは感情に素直なところがあるので、簡単に腹を立てるし、簡単に殴りかかる。互いにそうすることで、鬱憤を溜めない互助関係ができあがっているのかもしれない。
けれど、ぼくは冒険者ではないし、冷めた時代を生きていた人間だ。暴力は禁止されていたのだから、カッとして殴りかかるという回路が出来上がっていない。彼の被虐に付き合うにも、それだけの技能がないのだからどうにもならない。
「相性が悪すぎたな」
ティントへの申し訳なさを感じながら、ムスタのところへ足を向けた。
「おっと、悪い!」
少し前にも同じことがあったと思って顔を上げると、全く同じ人物が同じ顔をしてそこにいた。
「お戻りですか?」
フォルカーと同じリュマの錬金術師の青年だ。捜索に出て行ったのを見送った記憶がある。
「埒が明かないんでな。戻ってきたところだ」
青年の後ろから、フォルカーが顔を出した。続いて別のリュマの面々も戻ってくる。
埒が明かないということは、ジーノたちは見つからず、それらしき痕跡もなかったということなのだろう。心が少し重くなる。
「粘っても仕方ないと思ってな。中間報告と作戦会議だ」
「ムスタを呼んできます」
隠し通路が見つからなければどうにもならないことだというのは、ティントたちとの会話でわかっていた。周辺を探ってみても、何もわからなかったということなのだろう。
ムスタを連れて戻ると、冒険者たちは地面に座り、簡単な地図を地面に描いて待っていた。フォルカー以外のリュマも集まっていて、険しい表情で話し合っている。
「彼らの証言通り、この通路をくまなく探してみたが、三人は見つからなかった」
「俺たちは、この辺りをみたが気配のかけらも無い。戦闘した痕跡すらなかったからな。ここじゃ無いんだろう」
漏れ聞こえる内容は、どれも暗いものばかりだ。早々に引き返してきたのだから、そういうことなのだろうとわかっていても気持ちの良いものではない。
「ムスタ。悪いが、奥と連絡をとってくれ」
フォルカーの頼みに、ムスタは頷いた。
「伝達のための編成を頼みたい。それと、頼みがあるんだが、ソウを捜索に入れてもらえないか?」
「ソウ、って。この坊主をか?」
細身の冒険者がぼくを指した。それにムスタは頷き「ちょっとした時間短縮さ」と会話を続けた。
「ソウを連れての探索で気になったことがあってな。地元の人間は魔物の探知にかかりにくくなるだろう? それと似たようなことがあるのかもしれないと考えていたんだ」
もっともらしく言っているが、実のないことだとぼくだけはわかっていた。ムスタはぼくの気持ちを汲んで、どうにか捜索隊に入れてくれようとしているのだ。
「あの時も、ソウだけが行ったこともない場所に行き、それに引っ張られるように俺が移動できたんだ。この階層は少しおかしいだろ? その糸端を握っているのが地元の人間なんじゃ無いかと思うんだ」
「それなら、もうひとりの歩荷がいただろ。彼のほうがいいんじゃないか?」
「ナビンは俺たちの言葉に慣れていない。その点、ソウは不自由ないぐらいには使いこなせる。言葉が通じるか通じないかは重要だろう?」
それはそうだが、と、冒険者の視線がぼくに注がれる。何かを言うべきかと迷ったが、見上げたムスタの表情は語りたがっていたので黙っていることにした。
「うちのナクタのお気に入りでね。何かあった時は、必死になってくれるだろうさ。それに、ソウの居場所がわかる道具もある。事細かく説明しなくても、ソウの居場所を探って現場に到着するだろう」
サラサラと淀みなく勢いで言い切ったムスタに圧倒され、曖昧な相槌だけがこぼれる。
「それなら、俺が引き受けよう」
ぼくの肩を抱いたのはフォルカーだった。
「荷運びができるなら丁度いい。うちには錬金術師がいる。何かと荷物が嵩張るからいてくれれば助かる」
「そうねぇ。何が必要になるか、わからないしな」
錬金術師の青年が後押しするように口を挟んだ。
「うちは全員で行くので、現場で合流しましょう。拾えた時に隊を組み直しても、問題ない火力でしょうし」
ムスタがぼくを見て、軽く頷いた。
「俺はフォルカーだ。こっちはイヴァン。それにイェナにロッシとホリー。イヴァンとロッシとホリーが後衛になる」
「荷物を持ってもらえるなら大歓迎だ。俺もロッシも何かと入り用でね。ホリーは薬食いだしな」
紹介された面々はフォルカーとイヴァンの他は全員女性のようだ。冒険者の性差はほとんどないと言われているが、女性が多いリュマは初めてのことなので、少しばかり緊張する。
「ソウといいます。できることは精一杯やらせていただきます。よろしくお願いします」
両手を開いて右手を上にし、親指を合わせ、胸に押し当てて頭を下げる。ぼくらの集落で最も敬意を表す礼を示すと、彼らはちょっと面食らったような顔をしたが、意味は通じたらしい。
「各人身支度を整えるように。鐘が三度鳴ったら出るぞ」
フォルカーの言葉に頷き、ぼくは荷造りのためにイヴァンに連れられてテントに入った。




