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ラクシャスコ・ガルブ潜行記  作者: 多寡等録
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六十九通目 聞き取り

 ツォモ茶に砂糖菓子を溶かしたものを持って、身を寄せ合って座り込む冒険者の元に向かった。心身ともに疲弊している時は、温かいものと甘いものが救いになる。

「お話を聞かせてください」

 そう声をかけて、茶を差し出す。

 探るような視線で見られたが、湯気ののぼるお茶の魅力には抗えなかったのかもしれない。ひとりが頷くと、もうひとりも小さく頷いたので、ぼくは彼らの隣に腰を下ろした。

 両手で包むように器を持った彼らは、そっと息を吹きかけ、少し口に含んだ。その熱が強張った彼らの表情を少し溶かすのを見ながら、ぼくは問いかけた。

「お話は、他の方に聞きました。知りたいのは三人と別れた場所です」

「よく、覚えてないんだ。戻るのに必死で」

 言葉をこぼすようにポツポツと話すのは、意識がまだ恐怖の内にあるからなのかもしれない。

「では、行く時のことを思い出してください。どこを目指していたのですか?」

「いつものように中央を抜けて、右手に進んだ」

「右ですね」

 ぼくは地面にざっと線を引いた。現在地であるタシサと奥のタシサ。そこに向かう間にある切れ目から広がる空間。その中を右に進路を示す線を引っ張った。

「そう、右だ。ウーゴは暑がりだから、左には行きたがらないんだ。それで、壁つたいに進んだ先に、通路があって。そこを奥に進んだ」

 自分たちの行動を思いだしながら、彼らが言うままに線を引く。何度か魔物に行き当ったが、見知った魔物だったので苦戦はしなかったという。

「そこでジーノが『もう少し先に行ってみよう』って言ったんだ。モニカとウーゴは渋ったんだけど、ジーノとレダは乗り気だった。オレはあまり乗り気じゃなかったけど、少し慣れていたし、消耗も少なかったから、もう少しだけ行こうって提案したんだ」

「アタシも強く反対しなかったんだ。少し離れた場所から水の流れる音がしたから、そこに行けば目新しいものがあるんじゃないかって思って」

 そこからは水場に出ることを目的として進んだという。通路に灯りがなかったので、自分たちが最初に通るリュマだという興奮もあって、高揚感に背中を押されて進んで行ったという。

「空気の流れが変わって、少し冷たくなったから、水場に出るんだろうと思ったところで、ジーノが呻いて、壁にもたれかかったんだ」

「アタシはウーゴと灯りを設置していたから気づくのが遅れて、レダのジーノを呼ぶ声に気づいて振り返ったら、ジーノはもう地面に倒れてた」

 その時のことを思い出したのか、モニカは身震いした。

「ティントがジーノに解毒剤をかけてるのがわかったけど、ジーノはそのまま動かなくなって、レダが揺さぶったけど反応もなかった」

「飲ませてもみたけど、効果はなかった。そのうち体が硬くなってきて、動かすのも無理になってきた。そこで四人で話し合いになって、オレとモニカで救助を呼ぶことになった」

 話から察するに、彼はティントなのだろう。赤髪の冒険者はジーノということになりそうだ。

「行きの道はわかっているのに、何故彼らの場所がわからないのですか?」

 地面に描いた線通りに進めば、置いてきた彼らの元に辿り着けそうに思える。

「隠し通路があったみたいで」

 モニカがぼくの描いた線の一部を指した。

「ここはゆるく湾曲していて、ここからだとジーノたちの姿は見えないの。距離にしたらそれほどないんだけど、ティントが解毒剤を置き忘れたのに気づいて戻ったら、行き止まりになっていて、道がなかった」

 その辺りの壁を触ってみたが壁は壁のままで、ジーノたちに通じる道に出ることはなく、不安と焦りに飲まれた状態で戻ってきたと、ティントは言った。

 魔窟において生存率を著しく下げるのは不安と焦りだ。そのふたつに蝕まれながらも無事にタシサに戻って来れたのはかなり運が良い。

 ぼくは水筒を彼らの前に置くと、立ち上がった。

「ありがとうございました。残りもどうぞ」

 モニカとティントはぼんやりした顔でぼくを見上げていた。反応はまだ鈍いが、先ほどより顔色はマシになったように見える。

 ぼくはふたりから離れると、ムスタのテントに飛び込んだ。

「交代の時、どこかのリュマに入れてもらえませんか」

「はい?」

 突然のことに驚くのも無理はない。ムスタが混乱した顔でぼくを見返すので、ぼくは同じ言葉を繰り返した。

「なんで、急に?」

「思い出したからです。ぼくの居場所がわかる魔導具がありましたよね? あれは今も有効ですか?」

「あ、ああ。石から魔力が消えるまでは使えるけど、それがどうした?」

「今、救助に出ているリュマが戻ってきてから、ナクタたちを呼びに行くとなると無駄な時間ができてしまう。なので、ぼくが他のリュマと先に出て、問題の場所近くまで行っていれば、ナクタたちはそれを追って来られるんじゃないかと思って」

 微々たる時間かもしれないが、少しでも早く到着することに意味がある。

 魔窟の中で助けを待つというのは、精神的にかなり厳しい。経験したぼくがいうのだから、他の誰も否定することはできないだろう。まして、ぼくは生きることにどこか諦めがあるけれど、冒険者となれば心構えが違ってくる。仲間を守らなくてはならないという使命感が、さらに精神を痛めつけてくるだろう。

「それは危険過ぎる。ソウは冒険者じゃない。戦う術がないんだぞ? 魔物に遭遇したらどうするんだ」

「どうもできません。けど、ぼくらは魔物に見つかりにくいという性質があります。この間だって、無傷だったでしょう?」

 なんの根拠もないことではあるが、実績だけはある。それを突きつけられて、ムスタは怯んだようだった。

「いやいや、危険だって。もし、また飛ばされたりしたらどうするんだ」

「それならそれで、ウィスクなら突破できるでしょう? 彼らでダメなら誰だってダメです」

 ムスタは返す言葉がなかったのか押し黙った。が、すぐに「いやいや」と同じ言葉を唱え出した。

「救助のために、いつもの編成より少人数にしてるんだ。ソウを守りきれるとは限らない」

「ぼくが一緒に行くリュマと、ナクタたちがいつも編成のままにして行けばいい。救助者を回収してから編成し直せば、各リュマの負担は少ないはずです」

 仮にひとつのリュマを五人編成として、十人。回収した三人を足せば十三人になる。三つに編成し直せば、無理のある人数にはならないだろう。

「ひとつのリュマだけで回収するより、危険性が減るとも思います。先ほど聞いた話ですと、ジーノは硬直していたようなので、移動させるにも人手が必要になります。戦える人の手を塞がずに、ぼくがその役割を担えばいい」

 ジーノの体重どれほどのものかはわからないが、ぼくは大人ふたりぐらいなら担ぐことができる。装備をしていたとしても、それを超えることはないのではないかと踏んでいた。

「硬直、か。毒にしては不思議だな」

 ムスタの顔に、さっと影が走るのを見た。考えたのは最悪の結果だろう。ぼくも同じことを考えた。

 しかし、反応がでるまでには二時間近くかかるはずだ。そんなに長い時間、その場でまごまごしていたとは考えにくい。ここは魔窟であるし、六層だ。彼らが運良くここまで来てしまったのだとしても、それなりの判断力や決断力はあるはずだ。

 とすれば、別の症状だと考えたほうがいいのではないか。

「ぼくが聞き取った情報をムスタに伝えます。何か役立ちそうなことがあれば、備えてもらって、現場ですぐ行動できるようにお願いします」

「いや、しかし」

 ムスタはまだ渋っているようだ。行動を許して、何かあったらと考えているんだろう。責任なんてとりようもない。もちろん、ぼくのことを本当に心配しているんだろう。そこを疑っているわけではない。

「ムスタ、ぼくは見た目ほど子どもではないんです」

 日本語で伝えると、ムスタはハッとした顔を見せた。お互いに『前世』のある身だ。子ども時代は見た目と中身の差に、もどかしさを感じたこともあるはずだ。

「見た目に引っ張られるのはわかりますが」

 肩を竦めて見せると、ムスタはため息をついた。

「悪い。どうしても、な」

「ぼくがナビンと同じ見た目だったら、それほど心配しないでしょう?」

 見た目が変わっただけで、言っていることに違いはない。けれど、必要以上に引き留めようとはしないだろうし、自主性を潰すようなことは言わないはずだ。

 大人は、子どもに対して責任を負わねばならないという使命感を持っているものだ。社会通念というよりは、生き物としての本能に近いのかもしれない。それはぼく自身にもある感情なので、感じるなというのは無理な話なのもわかっている。

「知っているのはムスタだけなので、ナビンやナクタはさっきのムスタと同じことを思うかもしれないけど」

「無事に戻ってきてくれよ」

 許可を出したことへの責めは受けると、ムスタは苦笑いながらも許してくれた。

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