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ラクシャスコ・ガルブ潜行記  作者: 多寡等録
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六十八通目 矛盾

 慌ただしく出ていくリュマを見送りながら、胸中の不安は大きくなっていった。いつもより編成している人数がふたりほど少ない。

 ひとつのリュマの編成人数は五〜六人が一般的だ。魔窟内は狭く、大人数で歩けば邪魔になる。戦闘の連携や回避時に丁度良い人数というのが自然と見極められていった結果、五人前後ということになったと聞いている。

 数の暴力という言葉があるように、戦闘には数の有利というものがある。頭数が増えれば単純に火力が上がる。それに、戦闘とは命の奪い合いであるから、敵を消耗させながら味方を補充していけばいずれは勝てるという、崖っぷちの戦い方があるわけだ。

 であるから、編成人数限界の六人で組むリュマが多いのだが、今回は救助が目的となるため、ふたり減らしている。救助先にいる者を回収するために、減らさざるを得ないのだ。

 いつもよりも少ない人数で、六層を歩かなければならないというのは、肉体的にも精神的にもかなり負担となるだろう。

 魔窟では簡単に命が消える。どんなに強くても、慣れていても、何かの拍子で歯車が狂えば、あっという間に消えてしまうのだ。

「ムスタ、いますか?」

 テントの前で声をかけるとすぐにムスタが顔を見せ、周囲の様子をさっと眺めるとぼくをテント内に入れた。

「まずいことになった。誰かに話は聞いたか?」

「解体で毒を浴びた冒険者が動けなくなって、三人残っていることは聞きました」

「そうか。救助に名乗りを上げたリュマが二組ずつ交代で出ることになった。んだが、残した場所が曖昧で難航しそうだ」

「戻ってきたふたりを同行させればいいんじゃないですか?」

 ぼくの言葉に、ムスタは厳しい顔で首を横に振った。

「完全に戦意を喪失していて動けそうにない。あれは今まで痛い目を見ないできた感じだな。他のリュマとの交流も薄いのかもしれないな」

 初めての失敗が、かなり大きなことになりそうだとムスタは予感しているようだった。

「救出はできないと思っていますか?」

「動けるヤツはともかく、動けなくなったヤツは難しいだろう。戻ってきたふたりの話では、単に具合が悪くて蹲ったという感じではなく、硬直して動かなくなったってことだからな。症状の出かたが不気味すぎる」

 動けなくなったとは聞いたが、硬直したというのは初耳だった。

「毒、ですか?」

「さて、それも見てみないことにはなんとも言えないが」

 原因を考え出したのか、ムスタの目が遠くなる。集中している時にこうなることは、そう長くはない付き合いだがわかるようになった。けれど、今回ばかりは耽らせてもいられない。確認したいことがあるのだ。

「ナクタたちへの連絡はどうなっていますか?」

 ムスタの袖を引き、集中を途切れさせると、一瞬で焦点が戻った。

「あ、ああ。連絡は取れていない。先発隊が回収できないようなら連絡を取ろうという話になってる」

「それで大丈夫なのですか? 遅くなりませんか? 人命がかかっているんですよ?」

「わかってる。けど、他のリュマにも面子ってものがあるわけよ」

 大人の言い分に腹を立てそうになったが、それを抑え込んだ。

 人命がかかっているのに面子だのなんだのいっていることが馬鹿らしいとは思ったが、それをいっているのはムスタではない。ぼくが癇癪を起こしても解決するわけもない。

「連絡を取るにも、俺ひとりで奥のタシサに行けるわけもないからな。他のリュマに頼むしかない。とりあえず一度見に行ってみてダメだったら頼みやすいが、いきなり頼んだら、力不足だといっているも同然だろう?」

 面子というのはそういうことか。逆上する冒険者もいるとは思うが、そういう冒険者ばかりではないだろう、と言うのは易いが、ムスタの言いたいこともわかる。

 魔窟の脅威は、魔物や複雑な構造ばかりではない。人間も脅威のひとつだ。魔窟での殺人は案外多く、そして見つかりにくい。下手に恨みを買うと、いつ何時襲われるかわからないので、地上にいる時よりも慎重な人付き合いが必要になる。

 素行不良の狼藉者という印象が強いが、深層に近づけば近づくほど、そういった輩の数は減っていく。結局のところ、和を乱すやつはどこでもやっていけないのだ。

「もどかしいのはわかる。俺だってもどかしい。ウィスクぐらいの火力があれば奥のタシサに行くぐらいできるんじゃないか、とか考えるしな」

 ぼくの表情を見たムスタが、慰めの言葉をかけてくれるのを黙って聞いた。なまじ冒険者であるだけに、ムスタの方がもどかしいのかもしれない。

「――ぼくと、ナビンはどうしていたらいいですか?」

 せめてできることはないかと聞いてみたが、ムスタはぼくの肩を叩いて首を振った。

「待つしかないからな。体力を温存するために、寝られるなら寝ることだ」

 そう言われたら、もう言えることは何もない。ぼくはムスタに礼を行って、自分のテントに戻った。

 帰る途中、赤髪の冒険者と同じリュマのふたりが、同じ場所で惚けたように座り込んでるのを見た。心ここにあらずといった表情に、ぼくの胸は重くなる。

 もし、仲間が無事でなかった時、彼らはどうするのだろうか。持ち込んだ荷物をまとめ、引き上げられるのだろうか。人数割はどうする? 他のリュマに入れてもらうのか?

 そんなことを考えてしまい、なんともいえない気持ちが渦巻いた。ぼくの考えることではないと振り切るように、ため息を吐いて誤魔化す。良くない方向に気持ちが傾きそうで、恐ろしかった。

 テントに戻り、ナビンに見聞きしたことを伝えた。ナビンはぼくが話し終えるまで、何も言わず、腕を組んでじっと聞いていた。

「救出に行ったのか」

 ナビンは意外なことを聞いたという表情で言った。

「交代で出るって言ってた」

「欲の皮が張った奴らのことなど放っておけばいい」

 鼻から息を吐いたナビンは、怒っているようだった。

「そうはいっても放っておけないんだよ」

 ナビンの発言に、胸の奥の良く無い感情を呼び起こされそうになって、ぼくは宥めるような口調で言った。

 そんなぼくの偽善を察したのか、ナビンは呆れたように肩を竦めた。

「おいおい、ソウ。よく考えてみろよ。彼らは自分の都合で自分の首を絞めたってだけだろう? なのに、他のリュマも巻き込んで、危険に晒してるんだ。同情するような相手じゃないだろう」

 それは全くその通りなのだ。

 いつもよりも少ない人数で探索するなれば個々の負担は増す。回収できたとして、彼らが使いものになるかどうかは不明だ。先に戻ってきたふたりのように、戦意を喪失している可能性もある。

 何より、硬直したという冒険者はどうするつもりなのか。虫の息だった場合、どういう判断するかを迫られるリュマの心的負荷はかなり高くなる。

「もし、他のリュマが同じことになった時、問題のリュマは助けに行くと思うか? 自分たちの欲のために動くヤツらが、自分の身を誰かのために危険に晒すと思うか?」

 ナビンの憤りに、ぼくの胸に巣食う、良く無い感情はそこに反応してしまう。

 正直なところをいえば、ぼくにも同じ気持ちはある。ぼくらに染みついた、劣等感にも似た、怒りにも等しい感情だ。

 何かがあったのが冒険者だから救出に行くのだろう?

 そんなことを思ってしまうぐらいには、ぼくらの仲間は見殺しにされてきた。

 雇われたリュマで同じようにぼくが動けなくなったら、彼らはぼくのために助けを呼んでくれるだろうか。仲間をふたり、ぼくのための残してくれるだろうか。

 そんなことはならないと、ぼくらは知っている。冒険者にとって、ぼくらは替えがきく消耗品だ。唯一無二の存在ではない。

 何かあったら、そこで終わりだという諦念を抱いて、ぼくたちは魔窟に入っている。

「できることは何も無いから、休んでいろって」

 沈黙の後、ナビンにそう伝えると、ぼくは寝台に腰掛けた。

 短い間にさまざまな感情に触れて、ぼくの気持ちは右往左往し、疲労した。

 誰も間違ってはいない。助けを呼びに戻ってきた冒険者も、助けに行くフォルカーたちも、面子のために動けないムスタも、自分たちにはない待遇に憤るナビンも、誰も間違っていない。

 仲間を思って助けを呼びにきた冒険者を可哀想に思うのも、フォルカーたちの行動が眩しく見えるのも、ムスタの判断にもどかしさを感じるのも、ナビンの感情に同調してしまうのも、全部嘘ではない、ぼくの感情なのだ。

 全てのことに過敏に反応してしまうから疲れることはわかっている。同情と苛立ちの矛盾した気持ちを行き来しすぎて、自分がわからなくなる。

 ナビンのように心を固めてしまったほうがいいのかもしれない。ぼくはこの土地で生きてきた歩荷なのだ。チャムキリではないし冒険者でもない。彼らに心を寄せるより、冷めた視点を持ち続けたほうが心は楽なのではないだろうか。

 そう思うのに――ぼくは腹に手を当て摩った。

 どこかでずっと、何かできることはないかと考えている。子どもじみたヒロイズムを欲しているのかもしれない。情けないことに。

 そうしてぼくは、あることを思い出した。

 この方法なら少しは役に立てるんじゃないかと思った途端、ぼくは立ち上がっていた。

 

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