表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラクシャスコ・ガルブ潜行記  作者: 多寡等録
100/100

百通目 未踏の地で

「魔窟の主を引き受けることに決めました」

 ぼくの第一声に、ぼく以外の全員が腰を浮かせた。

 姉の改宗と『適性証明』の発行を終えたのち、宿に戻ってきたナクタたちを前に、ぼくは約束通り、全てを話しはじめた。

「ムスタやナクタはもう知っての通り、六層の探索の時にこの本と出会いました」

 卓の上に本を置きながら、おかしな団体に勧誘しているような口上だと気づいて笑いそうになった。実際、おかしなことになっているのだから、ナクタたちにとっては笑い話でもないのかもしれない。

「見てもいいか?」

 ピュリスの申し出に頷き、本をそちらに滑らせる。中を見たことがないウィスクとデラフも中を覗き込んでいるが、眉を寄せて首を傾げていることから、ムスタと同じく白紙にしか見えないのだろう。

「表紙には『主たる者へ』と書かれています。最初にナクタに見せたのですが、白紙のようですね。けれど、ぼくには読めるのです」

「作者については書いてあるのか?」

 ナクタが厳しい顔でぼくを見つめて尋ねてくる。それに頷き、ぼくは答えた。

「作者はぼくと同じく、前世の記憶を持つ、魔窟の主になった人たちです。この世界について、書き手が知っていることも全て、書かれていました」

「具体的には?」

「聖女信仰についてなども書かれていますが、皆さんに見えない文字で書いてあることを考えると、あまり言及しない方がいいのだろうと思っています」

 ナクタは「それもそうか」と呟き、ムスタは何かに気づいたようにぼくを見つめた。

「この本を読める条件があるのか?」

 ピュリスが本を戻しながら尋ねてくる。

「はい。魔窟の主となる資格がある者にしか読めないようです。『前世持ち』であり、まだ何者でもない、魔窟に入った者、という定義づけがされています。この条件に、ぼくはぴったりだったようですね」

 少し肩を竦めてみるが、誰も少しも笑いはしない。部屋の空気は重苦しく、全員の表情は暗く、固い。彼らの価値観からは肯定できない選択なのだろう。

「つまり、俺は何者かではあるのか」

 ムスタの言葉にぼくは微笑む。それを見たムスタは、確信を得たように目を座らせた。

「おまえ、本当にソウなのか?」

「どういう意味ですか?」

「ほんの少し前より、言葉が達者になってる。前にはあった訛りもない。それに、その表情だ。俺を、いや、俺たちを見る目が妙に慈愛に満ちてないか?」

「言葉については、ムスタの指摘する通りです。この本を読み終えたあたりで、急に語彙力が上がりました。多分、全ての言語を操れるのではないかと思います。けれど、表情についてはどうでしょう。あまり自覚はありませんが」

「もともと、どこか達観はしてたよね」

 ウィスクが突き放すような鋭さで言った。ぼくはちょっと困ったが、それもまた愛おしくもあるのだと感じた。

「多分、この本のせいでしょう。この本に宿る歴代の主たちの意識が、ぼくの中に根付き始めてるのかもしれません」

「それは、憑依されているということか?」

「憑依というよりは融合でしょうか。ぼくはぼく自身の感覚のままですが、知識はぼく個人が習得した以上のものを得ているように感じます」

 不思議な感覚ではあった。ビハナ・ソウ・ケルツェとしての意識と感覚は確かにある。そこに『前世』のぼくも乗っているというだけでも複雑なのに、今では魔窟の主たちの知識も加わっている。生々しい記憶というわけではないが、疑似体験したかのような感覚でぼくのものになっているのだ。

「ソウは本当に『魔窟の主』の道を選んでいいのかい?」

「それが一番しっくりくると思っています」

「ソウの意思かどうかが重要なんだ。憑依されたりして、いいように操られているということも考えられる」

「そういうことなら、ぼくの意思です。操られているわけではありません」

「ならば、これを飲んでみてくれないか」

 立ち上がったピュリスが首から何かを外し、ぼくの方に滑らせた。見ると、紐に小瓶が括り付けられたものだった。中には不思議な色に輝く薄青の液体が入っている。

「いいですよ」

 ナクタやウィスクが何かを言おうとしたが、意思を込めて口をつぐみ、ぼくを注視することに決めたようだった。全員の視線を痛いほど感じながら、小瓶の栓を抜いて、一気に飲み下した。

 するりと冷たい液体が喉を滑り落ち、胃に落ちたのを感じた。けれど、それだけだ。それ以上の変化は起こる気配がない。

「これは、時間がかかるものですか?」

「いや、即効性だ」

 それだけ言って、ピュリスは腰を下ろし、両手を自身の髪に差し入れて爪を立てた。

「どうして、魔窟の主になることを選んだ」

 腕を組んで黙っていたデラフが重々しく口を開いた。

「それは、ぼくが怠惰で、優柔不断だからです」

「とてもそんな風には見えないが」

「ぼくは姉のように環境と戦って、何かを得たいというような強い意志がないんです。今回の潜行でもそうだったように、生きている以上、常に選択を迫られる。それがぼくには苦痛なのです。だから、早々に選択をしてしまったほうがいいと思ったのです」

「魔窟の主になれば、選択をしなくてもいいと?」

「ぼく個人の意識というものは無くなるのだと思います」

 全員が息を詰めたのがわかった。ぼくにとっては幸いなことだが、彼らにとってはそうではないのだろう。

「魔窟が必要悪なことは、皆さん、ご存知の通りでしょう?」

 突然発現し、魔物を生み出す。時には街を壊滅状態に陥らせ、人を死に至らしめる存在である魔窟ではあるが、人々の生活に不可欠なものでもある。

 この世界は魔窟無しでは成り立たない。魔物から得られる素材が重要なものとなっているだけでなく、人々の意識を魔窟や魔物に向けることで、人間同士の争いから遠ざける仕掛けとして機能している。小競り合いや内部の腐敗というのはあるのだろうが、人間同士の骨肉の争いが生まれていないのは、魔窟があるからこそなのだ。

 それは、初代の聖女と魔王の企みであることが、本には記されていた。

 聖女は伝説の通り、ぼくが前世で生きていた世界から召喚される少女であり、初代魔王は『前世持ち』であったとされている。魔王が王に討伐されたのち、大地は魔窟を生み出すようになった。そうして、条件に合う者を取り込み、今に至るまで存在し続けているのだという。四層にあった、伝説の剣を思わせる魔物などは『前世持ち』が作り出したものだと考えると合点がいく。

 詰まるところ、ぼくは魔王の残したもの、または魔王の一部となるということになるのだろう。

「必要悪なことは認めるが、維持するためにソウが主になる必要はないだろ?」

 ムスタが苦し紛れのように言った。何か言わないとと思ったのだろう。

「ぼくの魂は、まだこちらの何とも結びついていないのだと思います。だからこそ、ぼくは主の素質があり、ムスタにはなかった。唯一、使命感としてあった姉の問題は、片がつきましたし」

 卓の上に乗せられたナクタの拳に力が入る。どういう感情からなのだろうかと少し気になったが、尋ねるのは酷のような気もした。

「ねえ、つまり、ソウは、魔王になるってこと?」

 ウィスクの不安げな問いに、全員の顔が強張る。予想していた最悪の答えを口にしてしまったと言わんばかりだった。

 ぼくはしばし考え、ため息をひとつ落とした。

「――皆さんには、ここでぼくを殺すという選択があります」

「冗談だろ」

 ムスタが呻くように言った。

「ぼくが魔窟の主に連なれば、魔窟が活性化することは間違いないでしょう。逆に、今仕留めてしまえば、しばらくの間は衰退するかもしれません」

 衰退すれば、ラクシャスコ・ガルブの探索はグッと楽になるだろう。ただし、人々の生活に必要な素材が十分に揃わないことになるかもしれない。

「王家に連なるナクタと、魔王の一部となるぼくが出会ったのも不思議な縁を感じますね。それとも、仕組まれた必然なのか」

 魔王を殺した初代の王に連なる存在のナクタなら、魔窟の主と同化し始めたぼくのことを仕留めることもできるだろう。

「まさか、こんな話になるなんて思ってもいなかった」

 目元を覆ったナクタが、深い後悔を滲ませた。

「どこからどこまでが仕組まれたことなんだろうね」

 ゆらりと立ち上がったナクタは、椅子の背にかけていた剣を手にした。

 困惑した視線がナクタとぼくを行き来する。この先がどんな展開になるのか、誰にもわからないので動くこともできないのだろう。

「今回の潜行は楽しかった?」

「はい。とても」

 素直に頷くと、ナクタは「そうか」と頷いて、剣を両手で捧げるように持ち、ぼくに向けた。

「最深部で会おう」

 捧げられた剣を受け取り、ぼくは微笑んだ。

「ええ、誰も訪れたことのない未踏の地でお待ちしています」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ