最終話 幸せに暮らしましたとさ
瞬く間に世界中を駆け巡ったアルバラフィ王国艦隊の壊滅の報が、何を意味したのか。
南大陸の覇権を握ったはずのアルバラフィ王国の勢いは、急激に衰えた。これより先、北大陸への侵攻は控えられ、慎重な対応を迫られる。その機会を様々な勢力が見逃すはずもなく、さらなる大小の戦争がアルバラフィ王国を巻き込んでいくだろう。
戦勝に沸くクエンドーニ王国では、ある歌劇が大流行を見せた。
『亡国の王女:あるいは魔女』と名付けられた歌劇は、イルデブランド王子のために作られ、そして王子の婚約者カンディールを探すための手配書のように、国内外で大々的に演じられた。
「クエンドーニ王国人が、こぞって亡国の王女であり炎魔法の使い手であるカンディール・アルシャムスを探している。どうやら、王子が求婚したいようだ。その王子も暇を見つけては各地を巡り、彼女の行方を探し回っているとか……もし見つけて王子に知らせれば、報奨金をもらえるそうだぞ」
そんな話がニーロ海沿岸全域に広がり、南大陸の反アルバラフィ王国勢力を勢いづけた。もはやカンディールの名は勝利の女神にも等しく、あちこちでカンディールの偽者が現れ、その誰もが炎の叛旗を掲げていた。
軍艦すら吹き飛ばす炎魔法、そんなものを防げるようになるまで、ニーロ海の覇者はクエンドーニ王国だ。何せ、かの国が危機に陥れば、彼女がやってくる。王子を助けるために、カンディールはやってくるのだ。
それは伝説となり、そして事実であることを、カンディールは——やめようとは思わなかった。
親愛なる王子様。
私は今、クエンドーニ王国王都近くにいる。
それにしても、どこに行ってもあなたのためにと人々が私を説き伏せようとする。
王子の求婚を受けてほしい、王子のために戻ってきてほしい、そう言われて断れるほど、私は薄情者ではない。
だから、私の命が尽きる前に、あなたに諦めてもらおうと思っていた。
知っているかもしれないが、炎魔法の乱用は命を縮める。戦うためにひたすら炎魔法を使ってきた私は人並みの寿命は残っていない、ともすればあと十年生きられるかどうかも分からない。
だが、それでもいいのなら、一度会おう。
あなたはもう一度私に会って、それで満足するかもしれない。結婚などしなくても、その恋心を秘めておこうと思うかもしれない。
その可能性に賭けて、私はあなたの誠意に応えようと思う。
午後三時、王宮前の歌劇場にいる。一度『亡国の王女:あるいは魔女』を観て考えてほしい、と私を追いかけてきた演出家に言われて、特別に貸し切りで演じてくれるそうだ。
そこに来て、本物の私は、私役の女優よりも胸が躍るか、と考えてみるといい。
歌劇場の中は、静かだった。
真ん中の席に、一人の浅黒い肌の女性が座っている。赤いマントと優美なドレープのドレスを着て、黒い髪を一つにまとめていた。
そこへ、群青色の正装姿の男性が、声をかける。
「久しぶり、カンディール」
女性は頷いた。
「ああ、三年ぶりだな、サイフ。あなたは本当に、国家の剣たる人物へと成長したようだ」
「そうかな、そうだと嬉しいが……君を利用したようで、その」
「座って話そう。どうぞ」
「ああ、分かった」
イルデブランド——すでに国王という称号と、陛下という尊称を受ける身となった彼は、カンディールの隣に座った。
国王イルデブランドは、クエンドーニ王国の武人たちの圧倒的支持を得て、軍事大国としての道を拓いた。長く平和だった北大陸においては、まるで微睡から突如起こされてしまったような衝撃を全土に知らしめた。一の大国であるリュクレース王国や科学大国であるシャルトナー王国に対抗し、南大陸の脅威から身を守るために国を強大にしていかなければならないと、クエンドーニ王国史上初めて国民が一致してただ一人の国王を推戴した。
しかも国王イルデブランドは、数年後に王政を廃止し、共和政へ移行、国民による国民のための国家を作り上げると打ち出した。各都市国家ごとにバラバラだった国をまとめ、一つの国への帰属意識を築く。そのために、イルデブランドは日夜奔走している。
その忙しさを、カンディールを探すための口実として使っていることを、国民は見て見ぬふりをしていた。まだ独身を貫く国王イルデブランドの恋路を、この国の誰も彼もが応援している。
「サイフ、あなたはまだ私に夢見ているのか?」
「夢?」
「私は別にあなたに愛される価値のある女ではないし、復讐の戦いに身を投じてきた物騒な女だ。とても王妃にはなれない」
「ああ、何だ、そんなことか。大丈夫だ、王妃は必要ない」
「王政をやめるから?」
「君は王子、国王なんて身分の人間に嫁ぐのは嫌だろう?」
「それだけのために国の体制を変えるのか?」
「半分はそうだ。もう半分は、君の与えてくれた名にふさわしくあろうとした結果だ。つまりは……うん、君のせいだな」
「そうか、それは……私はひどい女だったようだ」
「ははっ、僕はそんな君を愛してしまったんだから、それでいいんだ」
イルデブランドは、懐から一つの金の指輪を取り出した。そのままカンディールの手を取り、金の指輪を乗せる。
「もし……もしだよ? 君が嫌でないなら」
うつむくイルデブランドは、それ以上言葉を紡げず、押し黙った。
イルデブランドが何を言いたいのか、カンディールはそれが分からないほど無粋ではない。だが、さすがに言うべきことはきちんと言ってほしかった。
「サイフ、私はあなたへの認識を改めたつもりだったが、どうやらそれは一部だけだったようだ。あなたはまだ『王子様』だ」
「うぅ、その、申し訳ない」
恥ずかしそうに、イルデブランドはしきりに謝る。
カンディールは目の前の舞台を指差した。舞台下のオーケストラはすでに演奏者全員が集まり、チューニングを終わらせている。舞台袖からは俳優たちが顔だけ出し、好奇心たっぷりに観客席の二人を覗き見ていた。
ここまで来て、イルデブランドの格好悪いところを彼らに見せるわけにはいかない。カンディールは耳打ちする。
「サイフ、もしあなたの言いたいことがこの歌劇にあるのなら、私はこのまま観ようと思う。言いたいことがあっても、自分の口から出る言葉よりも先を越されることになるが、かまわないか?」
そこまで言われて、イルデブランドも引き下がれはしない。
「分かった、言う、言うよ! 待って、心の準備が」
何度か深呼吸を繰り返し、金の指輪を持つカンディールの手を握って、イルデブランドは三年前にメモにしたためていた言葉を、ついに口にする。
「僕と結婚できないだろうか、カンディール」
そう言い終わってから、イルデブランドは驚いた。
あの冷静なカンディールが、にっこりと笑っていたからだ。
「ああ、結婚しよう、イルデブランド」
流暢にそう答えたカンディールは、感極まって泣きはじめたイルデブランドの手から金の指輪を抜き取り、自分の左手の薬指にはめる。
歌劇はまもなく始まる。
次の公演からはその筋書きにエンディングが追加されて、色々なパターンが生まれるが——そのどれもが「こうしてみんな幸せに暮らしましたとさ 」で幕を閉じた。
そんなクエンドーニ王国最後の国王の恋物語は、今日まで人々に愛されつづけている。
(了)
実は光魔法のほうでは「クエンドーニ共和国」だったことが今日発覚したので、強引に共和政へ移行させました。
めでたしめでたし。




