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亡国の王女は剣の名を持つ王子に愛されて。  作者: ルーシャオ


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第十話 彼女が惑わされることはなく

 そういえば、出立する前のイルデブランドは、こんなことをカンディールへ言っていた。


「君は故郷に結婚相手はいたのか?」

「いや、いない」

「今も?」

「ああ。父がとても厳しくて恐ろしい人だったから誰も手を挙げなくて、仕方なく、自分で見つけてこいと言いつけられていた。結局、見つけられなかったが」


 カンディールからすれば、ほんの雑談だった。すでに血と戦いと復讐にまみれた己の人生を理解してくれる伴侶というものは得られないだろうと思っていたし、南北両方の大陸において色々と面倒くさい背景を持つ亡国の王女が受け入れられることは考えにくかった。


 だから——カンディールは、この簡素なプロポーズの言葉に喜ぶよりも、痛いところを突かれた苦々しさが先立った。


 シャムス王国の王女であったことを隠せていたこと、イルデブランドを王子として守るべき存在だと思っていたこと、そして何より、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということ——それらはすっかりカンディールの見当違いだったというわけだ。


 カンディールが思ったよりも、変な方向へと物事が進んでいる。その悩みをアドラムの使いに悟られまいと、カンディールは気丈に振る舞う。


「何でもない。何でもないんだ」

「そ、そうか」

「ああ。それより……あそこにちょうど小さな島がある。あれを目標に、距離を測ろう」


 そう言って話題を変えた矢先に、スマレーリャ提督の一団がカンディールのもとへとやってきた。わざわざ船を降りてやってきたのは、アルバラフィ王国への対抗策の要となるカンディールを見定めるためだろう。


 カンディールへ向け、スマレーリャ提督は深いしわをより一層深くして、親愛の情を込めた笑みを見せる。


「やあ、カンディール」

「スマレーリャ提督、ごきげんよう」

「策は聞いた。本気か?」

「はい」


 間髪入れずに答えるカンディールに納得したのか、スマレーリャ提督はそれでいいとばかりに話を進めていく。


「なら、昼のうちにわざと姿を見せて、退却しておこう。油断させて、ここを悠々と通らせ、この先にある港湾都市へ導く。夜はちょうどひとけもなく防備もないこのあたりに停泊するだろうし、我々はあちらの内海や少し離れた島々に潜んでいる。君が盛大に燃やせば、それを合図に襲いかかろう」


 どうやら、スマレーリャ提督はカンディールを信用しているらしかった。仮にもカンディールが王子の通訳となれるほどの才女であり、滅んだシャムス王国の王女であることはいつの間にか艦隊中に知られていた。イルデブランドが王都へ向かってからというもの、(ジャヌブ)大陸出身者たちの間ではカンディールがアルバラフィ王国への反旗となりつつある。


 一方で、それを気に食わないのは、クエンドーニ王国人の将兵たちだ。特に、船乗りというよりも士官、軍人としての側面が強いスマレーリャ提督麾下の人々は、あからさまにカンディールを受け入れたスマレーリャ提督へ異論を述べる。


「しかし、提督、このような手が上手くいくとは思えません。炎魔法がいくら強かろうと……それに、彼女は南の大陸の出ではありませんか」

「信用ならない、と?」

「ええ、はっきりと申し上げるならば」


 その言葉にカンディールは特に不快感を示すこともなく、むしろアドラムの使いのほうが怒りを顔に表していた。


 ならば、とスマレーリャ提督が一計を案じ、岬の先に広がる海の、ぽつんと顔を見せる岩と見紛うような小さな無人島を指差した。カンディールへこう告げる。


「カンディール、()()()()()()()()()


 スマレーリャ提督が指し示した島は、樹木はほとんどなく、水に濡れた岩と言ってもいい。それをどう燃やせというのか、一団は困惑の色を隠せていない。


 だが、カンディールは即答した。


「見ていろ」


 カンディールはすでに島へ腕を伸ばし、指先に力を込めた。


 そこにいる人々の、何が起きるのかという好奇心、何が起きてもいいようにという心の準備、それらが整う前に——カンディールの指先は弾かれた。


 まず届いたのは重いものが空高く爆ぜる音、発生した有毒ガスによって岩が吹き飛び海面に落ちる音、熱せられた岩が水を瞬時に蒸発させる音だ。そして人々の目には、信じられない光景が映る。


 カンディールがスマレーリャ提督から燃やせと命じられた島は、赤く熱を帯び、溶けていた。顔を見せていた島のわずかな陸地はすべて溶岩に覆われ、爆発して飛び散った無数の石が岬にまで飛んできて当たっていた。やがて島の溶岩は黒ずんでいき、温度が下がっていくのだが、そう簡単には元の岩のような固形状とはならない。


 船乗りの中には、世界を回って火山島を見たことのある者もいるだろう。しかしこれほど間近で、岩がチョコレートのように溶けていくさまを見た者はいない。スマレーリャ提督もそうだ、カンディールが炎魔法の威力を示すことができると信じていたとしても、遠く離れた島の地形をすっかり変えるほどだとは微塵も思っていなかったに違いない。


 あまりの衝撃に言葉を失っていた一団の中から、ふと、こんなつぶやきが漏れた。


魔女(ストレーガ)だ……南の大陸(ラ・ストレーゲ・)の魔女(デル・ジャヌブ)


 スマレーリャ提督とアドラムの使いが、その声の主の方向へと睨みを効かせる。士官たちは自分ではない、と首を横に振り、気まずそうにしていた。


 しかし、カンディールにとってはどうでもいいことだ。カンディールは自分を信じてもらおうとは思っていない、信じてもらいたいのは()()()()()()だけだ。


「安心しろ。私はアルバラフィ王国を潰せさえすればいい。これが終われば、クエンドーニ王国から出ていく予定だ」


 スマレーリャ提督は眉をひそめる。


「そのようなことを、王子が許すと?」

「許さないだろう。だが、『()()』はいてはならない。(ジャヌブ)大陸にもはや魔法の使い手の居場所がないように、(ノルド)大陸でも時代とともに失われていくのだろう」


 カンディールの言葉は止まらない。周囲に言い聞かせ、自分はそのような者なのだと示すように、はっきりと言葉を積む。


「それに、私は異国人の女だ。大事な王子様(イル・プリンチペ)をそそのかしただのと言われたくはない。スマレーリャ提督の気遣いは嬉しいが、私には」


 一瞬だけ言葉が詰まったのは、カンディールの脳裏にメモの文章が思い起こされたからだ。


 あんなメモの一文が、冗談ではない保証などどこにある。馬鹿馬鹿しいことだ。


 イルデブランドを信じていないわけではない。ただ、世間知らずの王子様の気の迷いにつけ込みたいとは思わない。


 カンディールは湧き上がってくるさまざまな感情を一つ一つ押さえつけて、こう断じた。


「私には、もう帰る場所はない。そういうことだ」

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