第一話 岬から見える夜の海
ちょいちょいやってきます。ちなみに光魔法シリーズと同じ世界です。
クエンドーニ王国南、ニーロ海。
夜の海の沖合で、沈みゆく軍艦の炎が激しく燃え上がる。使われずにいた弾薬に火が燃え移るたび、爆発は陸地まで轟いていた。
一隻だけではない、先ほどまでその海域では、史上稀に見る大規模な海戦が行われていた。数十、百に届くほどの大型軍艦が結集したアルバラフィ王国とクエンドーニ王国の戦いは、クエンドーニ王国の大勝利に終わり、本国から遠く離れたニーロ海、ひいてはクエンドーニ王国のある北大陸をも手中に収めんとした南大陸の覇権国家アルバラフィ王国の野望は潰えた。
世界の歴史が動いたその瞬間を、近くの岬にある仮設の櫓で見届けた浅黒い肌の少女カンディールは、冷ややかに踵を返した。春先の風に火薬の匂いが混じる。花のつぼみは閉じ、草木は眠る花畑を通りながら、カンディールはこれからのことを考える。
しかし、何も思いつかない。
「何をすべきか。もうやることはなくなった。これ以上、この国には留まれない。どうせ、何をやってもよそ者と、魔女と見られるだけだ。ならば、私は」
——どうして、ここまでしたのだろう。
カンディールの胸中に、一つだけ疑問が残っていた。
故郷を滅ぼした敵を襲い、縁もゆかりもなかった異国を助け、この結果を導いたのは、カンディールだ。今頃、クエンドーニ王国の各都市には電信によって真夜中でも勝利の知らせが届き、戦争の行末を見守るしかなかった兵士や民衆が歓喜の声を上げているかもしれない。何も知らないクエンドーニ王国の人々にとっては、奇跡の出来事と捉えられるだろう。
——そう、何も知らない王子様、あなたはきっと喜ぶはずだ。
カンディールはそれを思うと、少し愉快になった。
——馬鹿な王子様、私がいなくなったらきっと探そうとする。
だが、帰れない。
カンディールの帰る家など、もうどこにもない。この国にも、故郷であった国にも、世界中のどこにも、カンディールを迎えてくれる家族はもういない。
しかし、カンディールはそれでもよかった。
——剣の名を持つ王子様、あなたは剣を振るう時代に生まれたかったと言っていた。でも、そんなことをする必要なんてない。策を弄し、準備をして、合図一つで多くの命を奪い、出来事を結果という客観的で矮小な表現に収める。そんなことは、王子様がやることじゃない。私のような復讐者がその手を汚してでもやるべきこと。
カンディールは遠く北の都にいる『王子様』へ、最後の挨拶を送る。
「さようなら。剣の名を持つ王子、イルデブランド。あなたは、復讐のために炎を振りまく女を愛してはいけない」
浅黒い肌の少女は気恥ずかしげに微笑み、これまでのことを思い出しながら、岬を下りていく。