鋭いえんぴつ
寒さが身に染みる。
担任が合格祈願で有名な神社のえんぴつを、1人1本ずつクラス全員に配布してくれた。
――東風吹かば にほひをこせよ 梅の花
菅原道真が詠んだ和歌がえんぴつに記されている。残念ながら、このえんぴつは使えそうにない。
そういう言えばえんぴつキャップはあっただろうか。まだ受験まで日数があるとはいえ早いに越したことはない。百均で購入するか。防寒対策としてカイロが必要だ。年を越す前にもう一周あの参考書を読まなくてはいけない。日程をもう一度きちんと確認しよう……
視界が真夏の陽炎のように波打って見える。手から腕の神経が冷たく感じる。
なにか自分の身に異変を感じる――その瞬間、声がした。
「ぼくらはえんぴつだよ。君たちがぼくらを作ってくれたから、ぼくたちは君たちの役に立ちたいんだ。君たちは話すことで生きていくみたいだね。ぼくらは話すことはないよ」
机の上のえんぴつを見た。
ついに幻覚幻聴の症状がでるとは、駄目なところまで来てしまったようだ。体調管理も大切だから今日は勉強をしないで早めに寝ることにした。
寒さ真っ只中とはいえ天気は快晴だ。電車も平常運行で受験会場に無事到着した。手ぶくろをしていても手先が冷たい。会場は暖房が効いていて暖かかった。
受験番号を確認し自分の席に着き、えんぴつ、消しゴムを取り出す。
「君だけだよ――ひとりで生きているのは。君たちは協力してこの場にいるんだよ」
……まただ。体調は万全のはずなのに、頭の中で今日まで詰めた知識の塊をぬるっと滑りこむように声が響く。
何を言うか。――受験は――人生は自分との戦いだ。目の前に群がる人間は、全て競争相手で敵だ。
再び声が響く。
「ぼくらは話すことができないんだ。君たちの――君の役に立ちたいんだ。君だけの形をぼくらが繋げるんだ。たとえ気持ちがなくて色ががなくても、ぼくらが君たちのこれから先をきちんと歩み伝えるんだ」
鬱陶しい。話すことができないなら黙っていろ。
俺の邪魔をするな。俺は違うんだ。世の中は数字が全てで大学で人生が決まるんだ。浪人は死も同然だ。ここで殺されるわけにはいかない。
気がつくと静寂と緊張した空気に囲まれていた。
先が丸くなったえんぴつでは駄目だ。丸くなろうものなら削り、常に鋭いえんぴつでなければならない。