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後編:眠り猫姫、光輝く

王様来た!

 ◇国王のアレ◇




 ワイス国の国王は、レオーネの父と同じくらいの年齢だ。

 レオーネの父よりは、御髪がまだ多い。

 王妃は、年齢を感じさせない気品と美貌を保っている。


 国王夫妻が壇上の席に座すと、あとからその両脇に二人の来賓が腰を下ろした。


 「あらあ?」


 来賓の男性と女性は、どちらもレオーネが知っている人たち。

 

 ノーマス卿と、カンティマ夫人である。


「ね、御高名な人たちでしょう?」


 レオーネの耳元で、グリモールが囁く。


 国王がお出ましになると、参加者は爵位の順に挨拶をする。

 初めて間近に謁見するレオーネにも、滅多にない緊張が走る。

 その緊張をさらに高めるのは、周囲の参加者たちの会話である。


「あの卿が並んでいるってことは、アレか?」

「だろうな。何か上手いこと言わないと」


 アレ?

 アレって何?


 怪訝そうなレオーネに、グリモールは優しく話しかける。


「そんなに怖がらなくて良いですよ。いつも通りで」


 日頃薄い表情のレオーネが、猫のようなキョトンとした目でグリモールを見上げている。

 見つめ返すグリモールは、いつもより伏し目がちになっていた。


 ワイス国は、三大公爵四大侯爵の次に十大伯爵と続く。

 すこしずつ列が進み、カザリンド伯爵が臣下の礼をとっている。


「僕はレオーネと一緒に挨拶するから」


 レオーネはほっとした。


 そろそろ子爵位の人たちに順番が回ってくる。

 さきほど、グリモールに掴みかかろうとしたエキロスが、真紅のドレスを着た女性を伴ってレオーネたちの少し前にいた。


 彼女はたしか男爵令嬢の……リ、リ、なんだっけ?

 

「ああ、リティア嬢も来ていたのか……」


 独り言のようなグリモールの呟きで、レオーネもようやく名前を思い出した。



「エキロス・シーン子爵令息」


 呼ばれてエキロスは臣下の礼をとる。

 あわてて、隣にいたリティアも淑女の礼をとろうとして、よろけた。

 微かな失笑が起こる。


 国王は気にすることもなく、エキロスに問いかけた。


「そなたは婚約を白紙にしたそうだな。それは何故だ?」


 ギクリとした表情のエキロスは、額から汗を流す。


「そ、それは、わたしが、『真実の愛』を見つけたから、です」


 王の隣のノーマス卿は、にやりとしながら首を振る。


「ほお、真実の、愛か。しからば問う。

エキロスよ。貴様にとっての真実とは、一体何なのだ?」


 国王の『しからば問う』を耳にしたエキロスの父、シーン子爵は蒼ざめた。

 国王の、このセリフは臣下への試金石なのだ。

 国王が納得する答えが出ない場合、その者の将来は閉ざされる。

 降爵になった者も、かつていたという。



「し、真実とは……」


 エキロスの瞳は揺れ動き、握った拳の内側はぐっしょりと濡れている。

 こんな哲学めいた話を、家でも学園でも、したことはない。


「わ、わたしにとって、真実とは、前の婚約者が、婚約者だった相手が、すべてに薄かったことです。愛情も然り」


 ノーマス卿の眉が、ピクリと動く。


「わた、わたしは、濃い愛情が欲しい。真実の相手は、愛情が濃いのです」


 息を切らしながら、エキロスは言い切った。

 

「ふむ……。卿よ、今の答え、どう思う?」


 ノーマス卿は澄ました顔で答える。


「真実の恋、ならばまあ、それも良し。しかしながら愛とは互いに作り上げていくものと言えましょう」


「なるほど。元の婚約者の愛情が薄かったならば、濃密な情愛に育てる努力を、彼もするべきだった。そういうことだな」


「御意」


「ではエキロス・シーン。下がって良い」



 国王も王妃もノーマス卿も、男爵令嬢のリティアを一顧だにしない。ふらつきながらエキロスはリティアの手を取り、王の前から離れた。



「次はグリモール・カザリンド伯爵子息、並びにレオーネ・コードリアス子爵令嬢」


 二人は滑るように王の前に進み、それぞれ見事な礼をとる。


「グリモールよ。ようやく婚約と相成ったのか?」


 国王は笑顔でグリモールに話かける。


「いえ、これからです、陛下」


「ではレオーネ。そなたの考えも聞いてみたい」


「はい」


「先ほど、子爵令息が『真実の愛』と口にしたが、そなたにとっての『真実の愛』とはいかなるものであろう」



 二回ほど瞬きをしたレオーネには、国王陛下が大きな翼を広げ、空を飛ぶ姿が見えた。

 それは三方を山に囲まれ、南は海に面するワイス国を、慈しみ護る大鳥である。

 他国との紛争もなく、平和を享受できるのは、王族を始め、国を守る人々のおかげなのだ。


 大鳥を追って、大小様々な鳥たちが飛ぶ。

 

 鴎の姿の父もいる。

 やっぱり、可愛い。

 


「恐れながら申し上げます。『真実の愛』とは、臣民に対する陛下の御心でございます」


 レオーネが答えた瞬間、ノーマス卿が大きな声を出す。


「その通り!」


 会場内に拍手が起こった。


「ほう。久々に卿の『その通り』が出たな。レオーネよ、見事である!」


 礼をとり下がろうとするレオーネに、王妃も声をかける。


「わたくしからも、一つお聞きしたいわ」


「はい」


「あなたのそのペンダント。珊瑚でしょう? とても鮮やかだわ。でも……」


 レオーネは王妃の美しさに見とれている。


「傷がつきやすいわね、珊瑚。どうしてデビュタントの夜に、身に着けたのかしら……」


「母の……亡き母の形見です。今日の善き日を母にも、見せたいと思いました。それに」


 レオーネは。一呼吸置く。


「傷ついてしまっても、丁寧に手入れをして、また使いたいと思っています」



 レオーネの父、コードリアス子爵は、会場の隅でそっと目を押さえていた。


「良いお話ですわね、王妃様」


 傍らのカンティマ夫人が王妃に話しかける。


「そうね、珊瑚や真珠の美しさを、もっと知ってもらわないと」


 王妃にも声をかけられたレオーネは、ぼうっとしたまま、デビュタントを終えた。




 ◇その後◇




 デビュタントでの美しさと、ノーマス卿の「その通り」を引き出した頭脳が過大評価されたのか、レオーネには釣書きが山のように届いた。


 今日はレオーネ邸で、グリモールとのお茶会だ。


「しかしよく、陛下の問いかけに答えられたね」


 しみじみと感心しながらグリモールが言う。


「ああ、それは……」


 ノーマス卿邸に行くたびに、卿からは、いろいろな問いかけがあった。


 なんで花は綺麗なのか。

 晴れと雨、どちらが必要なのか。

 鳥は何故、空を飛べるのか。


 一見簡単そうな問いかけだが、ありきたりの答えでは、卿は満足しなかった。


「そうか、ずっと君は、ノーマス卿の薫陶を受けていたのだね」


 実は父が、レオーネのぼんやり加減と、女性としての嗜みに欠けていることを心配し、ノーマス卿とカンティマ夫妻に、学園以外での教育をお願いしていたのだという。


「父と話す機会は少なかったのですが、私のことを、ちゃんと考えてくれていたのです」


 グリモールの父と、レオーネの父の間では、話がついたとグリモールは聞いている。

 あとは、自分で、きちんと言わなければ……。


「あ、あの、レオーネ、その、君はエキロスのことは……」


 エキロスは夜宴のあとで、シーン子爵から厳しい叱責を受け、他国で勉強をやり直すことになったという。

 最初から恋愛感情のなかった相手だ。レオーネに未練など何もない。


「エキロス様のことは、もう、なんとも」


 どこかで猫の鳴き声がした。


「ただ、私、どうしても忘れられなくて、でも、覚えていない人がいるのです」


 忘れられなくて、覚えていない?


「子猫を、助けたことがあって……」


 レオーネは鼻の頭を触る。


「傷が残ったら、どうしようかって泣いてしまって……」


 ふわりと微笑むレオーネの手を、グリモールは握りしめる。


「もしも傷が残ってしまって、お嫁にいけなくなったら、僕が、もらってあげるよ」


「!」


 そんな。

 あの時の少年は。


「でもね、傷、綺麗に治ってしまったの」


 肩をすぼめるレオーネを、グリモールは抱きしめた。

 甘えるような猫の声が聞こえていた。


 了

お読みくださいまして、ありがとうございました!!

誤字報告、いつも感謝です。

最後までお付き合いくださいまして、御礼申し上げます。この下の方にある☆を★に変えていただいたりすると、幸せです。

また、完結した連載作のリンクも下方に置いておきます。

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[良い点] わ~ん! なんていいお話なの~♪ 素敵すぎて、涙が滲んじゃったよ~! [一言] 七生もこんなお話書きたかったです! 異世界恋愛モノ、ボツにして正解。(笑)
[良い点] えんだぁぁぁーーーー! いいお話でした! [一言] 珊瑚! いいですね! ぐっときました!
[良い点] とても、とても素敵な物語でした(◜‿◝)♡ [一言] こんな時間に読んでしまって 何だか胸がキュンなの、とくとく ドキドキしちゃって 眠れないのにゃん〜笑 拝読させて頂き ありがとぉご…
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