⁑ヒロ
ようやく、何とか落ち着きを取り戻した僕は…エルンが持ってきてくれた椅子に腰掛けて、彼と向き合った。
カイト…いや、ヒロの方も、見る見る回復して…ベッドの上で上半身を起こせるまでになっていた。
「カイト…では、無いんですか?」
エルンは、腕の機械の数値を見ながら…おずおずと彼に声をかけた。
「はい…今は違います」
「そ、そうなんですね…は、初めまして…」
「エルン、貴方の事はよく知ってます…」
「えええーっ」
目を丸くするエルンに向かって、ヒロは自分の腕に巻かれた機械を見ながら続けた。
「…この計測機は…貴方が開発したんですか?」
「…!…何で、そんな事まで分かるんですか」
そりゃー
言ったら、エルンっていう人物を生み出したのも…おそらくヒロなんだろうからねー
「僕が思っていたのより、遥かに性能がいい…」
彼は、しみじみ呟くように言った。
エルンは、目を白黒させながら僕に言った。
「カイトじゃ無いこの人は…いったいどういう人なんだ?…何で俺の事、知ってるんだ?」
僕はふふっと溜息をつくように笑いながら言った。
「たぶん…エルンだけじゃなくて…キーファーさんやヴィンセントさんの事も知ってると思うよ」
「…!?」
ヒロは…微笑みながら、頷いた。
「カイトは…例の黒いステーションと闘って…こうなっちゃったんだろ?」
「うん…」
「…そんな事も知ってるのか…」
エルンは、もう何が何だかわからない様子だった…
僕はヒロに向かって続けた。
「でも、ヒロが作った小説なんだったら…もう、ヒロには結末が分かってるんでしょ?」
それを聞いた彼は…大きく溜息をつきながら言った。
「…それが…残念ながら…そうじゃないんだなー」
「えええっ…!?」
「今の俺が書いたのはね…リューイが、教習機関に行くところまでなんだ」
「…それって…相当初期の段階じゃないの?」
「そうなんだよねー」
ヒロは、自分の中の…
カイトの記憶を探りながら…続けた。
「だから…その先の事は…今の僕は知らないんだ…この世界の中で、勝手に現実に起きている事なのか…もしくは、未来の僕が書いてるのか…」
…そんな事ってあるんですか…
俄には信じられない話だけど…
確かに僕にとって…この世界は、どうしようもなく、現実でしか無かったのだ。
「カイトは大丈夫…ちゃんと目を覚ますよ」
ヒロが、静かな口調で言った。
「本当!?」
「うん」
「でも…ヒロはどうして此処に来たの?…向こうのヒロに、何かあったの?」
「さあ…どうしてなんだろうな…」
彼は、ニヤッと笑いながら続けた。
「俺は今…打上げ飲み会の真っ最中だ」
「はあっ?…ええええっ!?…あのときの!?」
「だから…たぶんすぐに戻るよ」
「…っ」
そうだったのか…
あのときヒロが居なくなったのは…ここに来るためだったのか…
そして僕は…
とても気になっていた事を、訊いた。
「ちなみに…あっちの僕は…どうなったの?」
「…」
「それも…今の僕には…残念ながら分からない」
「…っ」
そっか…時系列が混乱してるけど…
今のヒロは、僕の事故の前のヒロなんだもんな…
溜息をついた僕の手を握りながら、彼は言った。
「俺は…そろそろ戻るね」
僕は、ハッと思い立って言った。
「あ、待って…戻る前に、お願いがある…」
そして僕は…シュッと、キーファーさんが作ってくれたギターを、そこへ持ってきた。
ヒロはそれを見て、目を丸くした。
「へえー!スゴいな、これ!」
「キーファーさんが作ってくれたんだ」
「あの頑固職人が…?」
呟きながら彼は、そのギターを手に取ると、撫でたり裏返してみたりしながら、しみじみ眺めた。
「ちなみに…これも、作ってくれたんだよ」
僕は例の…小さいキーファーさん機械を取り出した。
「…これってまさか…録音、再生出来んのか…」
「うん」
「あいつ、機械は作んないんじゃ無かったのか」
「ふふっ…それもね、皆で口説き倒した」
「すげーな…本当に俺の知らないところで、勝手に話が進んでいってるんだな…」
呟きながら、またも彼はその機械をしみじみと見た。
「だからさ、これ、弾いてくれないかな…時間が許す限り弾いて欲しい…全部、録音しておきたいんだ!」
「…わかった」
ヒロはそう言ってニヤッと笑うと…すぐに、そのギターのチューニングを始めた。
ポロポロと弾く、彼のその音色は…僕の辿々しい演奏とは、比べ物にならなかった。
「ものすごく…良い音だな…」
それを聞いたエルンが、驚いて呟いた。
「ヒロは、ギターがとても上手なんだ」
「見た目はカイトなのに…不思議だな…」
エルンはハッとして…自分ももらった、量産されたその機械を、急いで取りに行った。
そしてすぐに、録音のスイッチを入れた。
「何の曲がいいの?」
「僕が歌える曲なら何でもいいよ」
「…んーそうだな」
そして彼が、始めにチャラーンと弾き始めたのは…
まさかの、アメイジンググレイズだった。
それを聞いた…僕の目から、涙が溢れた。
弾き終わった彼に向かって、僕は言った。
「それ…もう1回…弾いてくれない?」
「…いいけど」
「歌いたい」
「ん…わかった」
そして、2度目のその曲のイントロが流れた。
僕は、スーッと息を吸うと…
彼のギターに合わせて、歌い出した。
ああ…
ヒロのギターだ…
また、こんな風に…
ヒロのギターに合わせて歌える日が来るなんて…
「ありがとう…ヒロ…」
歌い終えた僕は…
ポロポロと涙を溢しながら続けた。
「僕はもう迷わないよ…ヒロの創ったこの世界で…僕は、僕のこの現実を…生きていく」
そして、エルンの方を見た。
彼も、涙を流していた。
「僕だけじゃない…カイトも、エルンも…皆と力を合わせて、このステーションを守っていくよ」
「ああ…よろしく頼んだ」
そしてヒロは僕の腕を掴むと、自分の方に抱き寄せた。
僕も、彼の背中に手を回した。
「また、いつかどこかで…会えるといいね」
「…うん」




