⁑ たったひとりの演奏会
迷う事なく部屋に帰ると…
僕は早速キッチンに向かった。
そしてテーブルに並んだグラスを、順番に鳴らしていった。
あーやっぱり、チューニングが狂っちゃうなー
僕はまた、少しずつ…音を鳴らしながら、それぞれのグラスの水の量を調節していった。
それだけで30分くらい、かかってしまった。
ま、いっか…
時間はたっぷりあるし…
そして僕はまた、好きなように、思い付く曲のメロディーを、奏でていった。
何度も鳴らし試しているうちに、
右手でメロディーを鳴らしながら、
左手で単音のベース音を鳴らせるようになった。
グンと、音楽っぽくなった!
ときには歌いながら…
足でリズムを刻んでみたり…しながら。
やっぱり…音楽って…良いよなあ…
何で、この世界には…
音楽が生まれなかったんだろう?
時間を忘れて、僕はまた、夢中になっていた。
そしてまた、そこを離れて…
アカペラで…まるでライブのステージに立っているかのように歌ったりもした。
わけの分からない世界に放り込まれた僕にとって…
それは本当に、ストレス発散というか…
自分を取り戻す時間に、なっていた。
「リューイ、いる?」
カイトの声が響いた。
えっ?いつもより早くない?
そう思いながら…僕はフォーンに向かって答えた。
「はい、います…」
「ちょっと行っていい?明日の事でちょっと話があるんだ」
「あ、はい…」
プツッとフォーンが切れた。
僕はすぐに、ボタンに手を翳して、扉を開けた。
ほどなくカイトが隣から出てきて、僕の部屋に入ってきた。
「調子はどう?」
「はい…今日はルイスさんに褒められました」
「ホント?それはよかった…」
言いながら…彼は、キッチンのテーブルの上の…並んだグラスに気付いてしまった。
「何これ…」
「…あっ…あの…えーと…」
カイトは全く目を丸くして…それをマジマジと見た。
僕は、観念して、説明してみる事にした。
「音楽…って、わかんないんですよね?」
「音楽?」
「歌も、歌った事ないんですよね?」
「…歌?」
やっぱり彼は、ポカーンとしていた。
「ちょっと…実演してみますね…」
そう言って僕は、その…グラスの並んだテーブルの前に座った。
そして、それを鳴らした。
左手でベース音を鳴らしながら…
右手でメロディーを奏でた。
ドファファー ラソファラー♪
ラソファー レードー♪ …
カイトは、それを聞いて…目を丸くしていた。
とりあえず1フレーズを終えてから…
僕はそれを、和音を奏でながら…歌った。
「Amazing grace how sweet the sound
That saved a wretch like me…♪」
アメイジンググレイス…
ヒロが好きな曲だった。
バンドでもカバーした事があったので、たまたま英語の歌詞を覚えていた。
歌い終わって…僕は、おそるおそる…
上目遣いでカイトの目を見た。
「…!!」
カイトの目から…
なんと…涙がボロボロ溢れていた。
「…カイト…」
「…」
彼は、両手でそれを拭いながら…震える声で言った。
「何なの…それ…」
「…」
「何で…俺…こんなに涙が出てくるんだ…」
僕は、ゆっくり、噛み締めるように言った。
「これが…音楽…です…」
「…音楽…」
そして彼は続けた。
「もっと…その、お前の声…聞かせて欲しい」
「僕の…歌…ですね…」
「…歌…」
それから僕は、何とか間違えずに弾き語れる曲を選んで、何曲か…歌い奏でた。
カイトは、ときにじっと目を閉じながら、
ときに身体を小さく震わせながら…聞いていた。
「…あとは…また練習しておきます」
そう言って僕は、演奏を終えた。
カイトは、感無量な表情で立ち上がった。
そしてズカズカと、僕に近寄ってきたと思うと、
また僕を、力一杯抱きしめた。
「…カイ…ト…」
「…ごめん、ちょっとだけ…」
「…」
しばらく黙っていたカイトが、小さい声で言った。
「…歌っていうのか…」
「…はい」
「リューイもね…そんな風に…歌ってた」
「えっ…?」
僕は驚いて訊き返した。
「だって、音楽なんて無かったんでしょ?」
「うん…何それって思いながら、聞いてた…」
「…」
「まさか、お前も…同じ事するなんて…」
「…」
そうだったんだ…
音楽の無い世界で…
リューイは歌を歌ってたのか…
「やっぱりお前はリューイだ…自覚は無いのかもしれないけど…リューイと繋がっている事だけは、絶対に間違いない…」
「…」
僕を抱きしめていた腕を緩めると…
カイトは僕の目をじっと見つめた。
その深い眼差しは…僕の目を突き抜けて、身体の芯まで沁み渡っていくように感じた。
それは決して…不快な感覚では無かった。
そしてうっかり…僕は目を閉じてしまった。
ほどなく…僕はくちびるに、心地良く、彼のくちびるが重なってくるのを感じた。
そのときだった…
その心地良さと共に…
触れられたカイトのくちびるから、
何かが、身体に流れ込んでくるのを、僕は感じた。




