⁑ 僕が空を飛ぶまで
その日はLIVEだった。
僕は、バンドでボーカルをやっていた。
もちろんアマチュアではあるが、それでも年に4〜5回はLIVEをやっていただろうか…。
その年の、最後のLIVEだったし、クリスマスが近い事もあり…いつになくお客さんも多かった。
いつものように本番を終えた僕らメンバーは、来てくれたお客さん達も一緒に、ライブハウスの近くの居酒屋に行った。
「今年はこれで最後だなー」
「じゃあこれ、忘年会だね」
「それはまた別で、飲むためだけに集まってもいいよ」
本当に…それはいつもと同じだった。
酒をいっぱい飲んだが…それさえ、いつもと同じ筈だった。
だいぶ飲み進めた頃に、僕はたまたまギターのヒロの隣に座り、彼と語り合ったのだった。
「ねえ、ヒロってさー今でも小説書いてんの?」
「ああ…ボチボチね」
「今どんなの書いてんの?」
「まあ、今流行りの転生モノだな」
「へえー、誰がどんな世界に転生するの?」
「うん、まあ良くある設定よ。冴えないバンドマンが、異世界で、お国を守るためにスゲー大活躍する話…」
「悪役令嬢とかじゃないんだ」
「あーそれも、前に書いたけどね…」
「ふうーん…」
転生か…
絶対にあり得ない話だけど、だからこそ想像が膨らむよな…。
「それこそ…こんな感じの飲み会の席で…急に転生しちゃうっていう…話」
「へえー…死んじゃったとかじゃないの?」
「うん…それでまあ…向こうで大活躍して良い感じになった所で…むしろ残念な感じで戻って来ちゃおうかなーって思ってる」
「あー戻って来る話って…割と無いかもね」
「でしょ?」
戻って来れたらいいよなー
だって、2人分の人生を経験できるって事だもんな…
「あー今度、僕も転生テーマで曲作ってみようかな」
「いいじゃん…なんなら参考に、俺の話読んで」
「氷威ーちょっとこっち来てー」
「はいよー」
僕はドラムの翔太に呼ばれた。
「後でサイト教えて」
「…ん」
そして僕はヒロの隣を離れたのだった。
しばらく翔太と、その知り合いのお客さんと一緒に、色々喋っていた僕は、ふと顔を上げて、ヒロの居た席を見た。
そこにヒロの姿が無かった。
あ、どっか席替えしたんだな…
その時は、そのくらいにしか思わなかったんだが…
散々飲んで…そろそろ帰るかっていうときになって、
ヒロが居なくなっている事に、皆が気付いた。
「あれ…おかしいなー」
「トイレ行ってるんじゃない?」
「いや、俺今行ってきたばっかりだけど、他に誰もいなかったよ?」
「どっかにいるはずでしょ?だって、ギター置いてあるし…」
「店の人にも聞いてみよう」
「そうだな…」
皆だいぶ酔っ払った状態ではあったが、ヒロが居なくなったっていう事態に、その場は若干騒然となった。
それでも彼は見つからなかった。
結局…酒を飲めないベースの迅が、しばらく店に残って待ってみるっていう事で、他の皆は解散する事になった。
集団で駅に向かう途中、翔太が僕に言った。
「お前、ヒロと喋ってたよな…」
「…うん」
「何か、変わった事無かった?」
「いや…特には」
そのとき僕は、ふと…ヒロの話を思い出した。
「…転生…しちゃったのかな…」
「はあ?」
「…んなワケないよね…」
「ワケないだろ」
翔太と並んで歩きながら…
僕は、んなワケない…ヒロの話をもう一度思い出していた。
「だとしても…戻って…来るハズだよな…」
「…何お前、まだ転生の話してんの?」
「…すいません」
やがて僕らは、車通りの多い国道に出た。
駅に向かうために、これを渡らなければいけないのだが…ちょうどいい場所に信号がない。
すぐ傍に、歩道橋があった。
「あーこれ渡るのかー」
自分のスネアを背負っていた翔太が、面倒くさそうに歩道橋を見上げた。
「…渡っちゃう?」
誰かが言い出した。
「うん…」
「渡っちゃえー」
皆が同意した。
そして車の通りが切れたのを見計らって…
僕らは次々と、その広い道路を走って渡っていった。
僕も、彼らに続いた。
通りの真ん中辺に差し掛かったときだった。
「氷威ー」
「…!」
僕は、自分を呼ぶ、ヒロの声を聞いた。
僕は慌てて振り向いた。
と…まさに今まで僕らが立っていた場所に、
まさかのヒロが、何事も無かったかのように立っていたのだった。
「ヒロ!」
「戻ってきた…」
声は聞こえなかったが…彼の口が、そう動いたように、僕には見えた。
やっぱり転生したんだ。
そんで、役目を終えて戻って来たんだ…
ホッとした僕は…そう思って、うっかり引き返してしまったのだ。
「あっ…バカ…氷威…」
対岸から、翔太が叫んだ。
と、そこへ…
僕らが渡り切ってしまうだろうと見込んで、全くスピードを落とさなかったトラックが、突っ込んできてしまったのだ。
バーン…
けたたましい衝撃音が響き渡った。
そして僕は…
その傍の歩道橋を見下ろすくらいに、高くすっ飛ばされてしまったのだった。