⁑日本酒(1)
「なるほどね…」
ノエルは、さっきの僕の言葉を思い出して言った。
「何とか…って言ってたのは、コレの事か…」
「ライスを、この状態にして…発酵させるわけだな」
「……?」
僕は、そのときのノエルの身に、何が起こっているのかサッパリ分からなかった。
そんな僕を見て、ヴィンセントが言った。
「ノエルさんはね…製造方法を分析する力を持ってるんですよ…」
「えええーっ!?」
「そして、分析したものを、サンプルと一緒に記録してあるんです」
「…」
な、何て便利能力なんだろう…
って事は…要はこの箱は、レシピ集とか料理本みたいなもんなのか。
「ただし、分析して記録して…解読が出来るってだけだ…作り方が分かったところで、残念ながら、自分の力で作れない」
「…そう…なんですか」
ノエルは、両手を下ろすと、僕らの方を向いて続けた。
「なるほど、作り方は分かった…だが、ライスをこの発酵させる前の状態にするには…どうしたら良いんだろうな」
「たぶん…ヴィンセントさんが出来ると思います」
僕はすぐに言った。
「ええっ…そんな…」
「また無理って言うと、カイトに言いつけますよ」
「…っ」
「その状態のお米…ライスを、僕が元いた場所では、醪って呼んでたんですけど…」
「もろみ?」
「はい…その、醪のイメージを、ノエルさんがヴィンセントさんに伝える事は出来そうですか?」
「あーまあ、出来ない事はないと思うが…」
「やってみましょう!」
そして僕らは…まだ開店前の、ヴィンセントの店に移動した。
「とりあえず、やってみよう…」
「…」
ヴィンセントは、米をザーッとボウルに入れた。
その米…要はタイ米を見て、ノエルが言った。
「そうか…元々の品種が違うからな…そこを変化させるところから始めないといけないんだな」
「…」
「品種を変えるのは得意じゃないですか!」
戸惑った表情のヴィンセントに向かって、僕はキッパリと言い放った。
だって、あの変な生き物の肉を、高級牛肉に変えちゃったんだもんな…
「…どのように変えたら良いのか…分からないです」
「それも、ノエルさんが伝えてあげてください!」
「…やってみる」
ノエルは、ふぅーっと息を吐くと…ヴィンセントに向かって、両手を翳した。
「……」
僕は、ハッと思い出して、例の再生機を取り出した。
そして、すっかりこの店に常設されているスピーカーから、いつものメロディーを流した。
「…えっ…何だこの音!?」
ノエルが驚いて僕の方を見た。
「強くなれる音です」
「…?」
ヴィンセントの表情が緩んだ。
「そうでした…この、リューイさんの音があれば…出来そうな気がします」
意を決した彼は…目を閉じて、ノエルの両手から送られてくるイメージに集中した。
「……」
何と…ヴィンセントの身体からも、ユラユラと陽炎のようなものが湧き上がった!
頑張れ!
僕は、心の中で…必死に応援した。
「…!!」
ほどなく、彼の両手が翳されたボウルの中のタイ米が…少しずつ、見慣れた懐かしい、コシヒカリの形に変わっていった。
いや、あきたこまちかひとめぼれかもしれないけど…
「こんな…感じですか?」
「すごい…すごいですヴィンセントさん!…まさに、日本のお米になりました!」
僕は、目をキラキラと輝かせた。
「これ、このまま炊いて欲しい…」
「いいですよ…コレで大丈夫なら、要領は分かりましたから、いつでも出来ます」
「やったー!」
タイ米でも十分美味しかったけどな…
まさかの、日本のお米が食べられるなんて…
思わず口に唾液がジュワッと溢れてくるのをゴクンと飲み込んで…僕は、小さく首を横に振った。
今はそんな事考えてる場合じゃない…
ノエルは、更にヴィンセントに向かって、醪のイメージを送り続けていた。
彼の身体からも、陽炎が湧き立っていた。
「ふぅー」
大きく息を吐きながら…ヴィンセントは更に、その米を変化させていった。
やがてそれは、蒸しあがったご飯の状態になり…徐々にドロドロになっていった。
ヴィンセントさん凄い…
まさに体内酵母パワーとでも言うべきか…
なるほど、こんな力があれば…変な生き物の肉を、高級牛肉に変えたり…アマゾンの謎白身魚を新鮮なお刺身に変えたりするくらい、何でもないだろう。
もしかしたら、納豆も作れちゃうかもしれないな
あーでも、絶対カイトが嫌がりそう…
「こんな感じですか?」
またうっかり横道に逸れて、ぼんやりしていた僕は…ハッとして、ボウルの中を覗いた。
「ああ…おそらく、これで大丈夫だと思う」
ボウルの中の…いつの間にか、強い匂いを放つ物体になった米を…興味深そうに手でかき混ぜながらノエルは言った。
「これを、発酵したらいいんですね」
「試してみよう…リューイ、またさっきの部屋に運んでもらえるか?」
「お安いご用です」
そして僕らは、またフードファクトリー階に戻った。
ノエルは、更に奥の…研究室のような部屋に入っていった。僕らも後に続いた。
「ここは、試作品を作っている部屋だ」
「…」
「で、これが…試作用の発酵機械…」
彼はその一角にある、電子レンジのような機械のところに行くと…上にある蓋を開けて、中に醪をドボドボと入れた。
「もしこれで成功したら…その、もろみってやつのコアさえ出来れば、あの製造ラインに乗せられる」
「なるほど…」
ウィーン…と鈍い音がして、その機械が稼働を始めた。
「どのくらい時間がかかるんですか?」
「待ってる間に出来るさ」
「そんなに早く?」
ちゃんとした日本酒は、何年もかかるのにな…
大丈夫なんだろうか
チーン…
「…っ」
ほどなく…
何となく聞き慣れたような懐かしい報知音が響いた。
「出来たぞ」
ノエルは、また上の蓋を開けて…中に入っていた容器を取り出した。
「…!!!」
「わあ…」
ヴィンセントが、感嘆の声を上げた。
そこには、透き通った透明な液体が入っていた。
ノエルは、そこら辺の棚から、小さなグラスを3つ取り出してくると…その液体をそれに少しずつ注いだ。
「どうだ?」
「…」
僕らは、それを飲んでみた。
「うん…あのお酒と…近い味ですね」
「ほう…なかなか美味いな…エールともワインとも全く違う良さがある」
「……」
僕は、黙ってしまった。
確かにそれは…日本酒だった。
ただ、何て言うか…
夕方の帰宅サラリーマンが電車の中で飲んでる…要は、パカッと開けるカップ型の瓶に入ってるやつ感が否めなかったのだ。




