⁑フードファクトリー
それから数日後…どこからともなく、鈍い重低音が、地響きのように聞こえてくるようになった。
地下のコア部屋の改修工事が始まったんだろう…
その日、訓練を終えた僕は…
カイトと分かれて、ヴィンセントと一緒に、初めて来る階に降り立っていた。
Food Factory と書いてあった。
「…ここで…ワインやエールを作ってるんですね…」
辺りをキョロキョロと見回しながら、僕は言った。
「はい…もちろんそれだけでなく、調味料や卵…ストアに置いてある食品なんかも、全てここで作ってるんですよ」
そこはまさに、僕が知ってるイメージの中の、食品工場だった。
長い廊下の両側に、透明なガラスで仕切られた大きな部屋が幾つもあり…それぞれの場所で、違う物が作られているようだった。
「ここのリーダーは、食品に関する知識がすごいんです…僕も昔は、色々な事を教えてもらいました」
「そうなんですね…」
なるほど…そんなに知識のある人なら、もしかしたら日本酒の作り方も知ってるかもしれないな…
その廊下をずっと進んで、かなり奥の方まで行った所で、ヴィンセントは、とある部屋のドアのフォーンに向かって言った。
「ノエルさん…ヴィンセントです」
ノエル!?
クリスマスケーキみたいな名前だな…
専門はパティシエさんなのか?
シュッとドアが開いた。
「よう、ヴィンセント…調子はどうだ?」
「おかげさまで、毎日料理が楽しいです」
「それはよかった」
そこに立っていたのは…
パティシエというよりは…何ていうか、洋食屋の若旦那みたいなイメージの…若干ふくよかな、気の良さそうな青年だった。
「彼が、ここのリーダーの、ノエルさんです」
ヴィンセントは、そう言って、彼を僕に紹介した。
「…初めまして」
僕はすぐにそう言って、彼に向かって頭を下げた。
「俺はリューイを知ってるけどな…」
あ、またそのパターンですか…
「でも…こんな風に、ちゃんと会うのは初めてだ」
「そうかもしれませんね」
「だいたい、戦闘部隊のやつらが、わざわざこの階に来るなんて…まず無いからな」
「このリューイさんは、特別に食べ物や料理の事に詳しいんですよ!」
「いやいや…そんな詳しくはないです…ただ単に、食べる事が好きっていうだけです!」
僕は慌てて、両手をブンブン振って言った。
「で…今日は、ワインとエールの製造工程を見たいって言ってたよな?」
「はい」
「案内する…」
「よろしくお願いします」
そして僕らは、ノエルと呼ばれた人物の後について、フードファクトリー階を進んでいった。
「どちらも、基本的な作り方は同じだ…原料が違うんだ」
「やっぱり…ブドウと麦ですか?」
「へえ…よく知ってるな…」
ノエルは、少し驚いた表情で続けた。
「と言っても、どちらも実物があるわけでは無いんだ…だから、本当の原料の名前を知ってる者は、滅多にいない」
「僕も…恥ずかしながら、タウンに店を構えるまで知りませんでした…」
「…どう言う事ですか?」
「ブドウのコアと、麦のコアがあるんだ」
「えええーっ!?」
「それを、コアの力で…発酵させているんだ」
「…!」
そ、そんな所まで…コアの作用なんですねーー!
ノエルは、とある場所で立ち止まると…ガラスの向こうを指差しながら続けた。
「今はエールを作っている所だ」
「おおおー!」
そこにはまさに…大量のエールの瓶が、ベルトコンベアーに乗って流れているっていう…僕の中の、ビール工場の一角のイメージそのものだった!
ノエルは、その隣にあるドアを開けた。
狭いその部屋には、リドリーの部屋にあるような、ひと昔前のコンピューター的な機械が置いてあった。
「これが、コアで発酵させるための機械…で、今ここに入っているのが、麦のコアだ」
「…」
それを見て、僕は思わず呟いた。
「じゃあ…ここに、醪のコアを入れれば…この発酵機で、日本酒が作れるんじゃないのかな…」
「えっ…何を入れて…何を作るって!?」
僕は、ノエルに向かって続けた。
「実は…日本酒っていう…ワインともエールとも違うお酒を、作って頂けないかなと…思ってるんですよ」
「にほんしゅ…それは、どういう酒なんだ?」
「他所のステーションのお酒です」
「まあ、言ったら…ワインもエールも、元々は他所の酒だったんだけどな」
「そうなんですか!?」
「ああ…これは絶対に、ここのステーションの皆の口に合うと思って、俺が製造システムを作ったんだ」
「……」
それを聞いた僕は…改めて敬意の籠った眼差しで、ノエルを見つめながら言った。
「じゃあ、僕らが毎晩のように、エールが飲めるのは、元を辿れば、ノエルさんのおかげなんですね!」
「そう言う事なんですよ」
僕は、思わずノエルの両手を取ると…
力強くギュッと握った。
「あ、ありがとうございます…ノエルさん!」
「えっ…な、なんだよ…」
ここにエールがあるおかげで…
僕がどんなに元気づけられた事か!!
ノエルは、少し顔を赤らめて、ゴホゴホと咳払いをしながら言った。
「で、その…にほんしゅっていうのは、どこのステーションの、どういう酒なのか、教えてくれないか?」
「あ、あーそうでした」
僕は、ハッと思い出して…彼の両手を離した。
ノエルは、その部屋の隅にある戸棚を開けると…中から大きな箱を取り出した。
「桜のステーション…って、何て言えば伝わりますかね…」
僕はヴィンセントに訊いた。
「ああ…あの、ソイソースがあった所です」
「おお、あそこね!」
ノエルはすぐに理解した様子で…その大きな箱を開けると、中を探った。
僕らもその箱を覗いてみた。
中は、幾つもの仕切りに分けられていて…それぞれに小さい瓶が何本も並んでいた。
「一応ね、交流のあった先で見つけた物は、サンプルとして保存してあるんだ」
言いながら彼は、その中から小さい瓶を取り出して…蓋を開けて僕に手渡した。
「もしかして…これじゃないかな?」
「…」
僕とヴィンセントは…
その中に入った液体の匂いを嗅いでみた。
「…そうです、これです!!」
「本当だ…」
「わかった…少し待ってて」
そう言うとノエルは…その瓶に両手を翳した。
ほどなく…彼の身体から、ユラユラと陽炎のようなものが湧き上がった。




