⁑フリッツ慰労会(1)
それから僕らは、いつものようにヴィンセントの店にすっ飛んだ。
「お疲れ様、フリッツ」
「ホントにお疲れ様でした…」
「いやー…こんなに大きな力を使ったのは、初めてでしたよ」
「大変でしたね、フリッツさん」
言いながらヴィンセントは、皆の前に、また枝豆の入った小鉢を出していった。
「あれ、今日はイタリアンじゃないんですか?」
「いたりあん?」
「いや、あのワインに合う料理」
「あー、流石に連日はどうかと思いまして…」
「じゃあ…今日は…アレですね」
「ふふっ…そう、アレです」
そして僕らは、揃ってキーファーの方を見た。
「え、また俺の秘蔵品を飲む気か?」
「だって、頑張ったフリッツさんの慰労会ですから」
「アレって…何ですか?」
「今日のお料理に…ものすごく合うお酒を…キーファーさんがいっぱい隠し持ってるんですよ」
「隠してるわけじゃない…しかも、ここんとこリューイに散々飲まれてるから、いっぱいじゃない」
そこで僕は、ふと思い付いてしまった。
「もしかして…ヴィンセントさんの進化した力を使ったら…日本酒も量産出来るようになるんじゃないですか!?」
「…!!」
「ええーっ…そんなの無理ですよ…」
ヴィンセントは、全力で首を横にブンブン振りながら、大きな声で言った。
「何で、無理って決めつけるんだ?」
言いながら…カイトが店に入ってきた。
「あ、カイト…お疲れ様」
「おう、カイト…お疲れ」
カイトは、僕の隣に腰掛けると…皆の顔を見回しながら続けた。
「…で、何の話だ?」
「分かんないくせに、そんな事言ってたんですか!」
フリッツが、呆れたような表情で言った。
「前に、そう言ってヴィンセントに怒られたからな」
「…っ」
ヴィンセントは、少しバツの悪そうな表情で、カイトにエールを出した。
「何が無理だって?」
カイトは、ニヤッと笑いながら…ヴィンセントに向かって言った。
「ヴィンセントさんの力で、日本酒を作ってもらおうと思ったんだ」
「ほおーそりゃあいいな!」
「でしょ?」
「だから…さすがにそれは、無理ですって」
「いや、無理じゃ無い!」
キーファーが力強く言い放った。
「小っちゃいヴィンセントを作ればいいんだ」
「そーいう事ですよね」
「リドリーにも手伝わせてやる」
既に若干酔い進んだ感じのキーファーは、目をキラキラと輝かせながら、前のめり気味に言った。
「よし、フリッツの件は片付いた事だし…次はヴィンセントだな」
「……」
ヴィンセントは、困ったような顔で、何も言い返せなくなってしまった。
無理って言うと、カイトに突っ込まれるし…
「まあ、その話はまた後で…リドリーさんが来てからゆっくりヴィンセントさんを説得しましょう」
場を取りなすように、僕は言った。
「説得する予定で…今日は頂いてもいいですよね」
「しょうがないなー」
そして僕は、キーファーの工房の酒蔵から、シュッと日本酒を持ってきた。
それを見て、ヴィンセントが次の料理を出した。
「…!!!」
それを見て僕は…ひっくり返りそうなほど驚いた。
「お刺身じゃないですか!!!」
「おさしみって言うんですか?」
それはまさに…生の魚を薄くひいたもの…
地球の、日本で言うところの、お刺身だった。
「どうしたんですか、これ?」
「その…リューイさんがいた所と似ていたステーションで、こんな感じの魚料理があったのを思い出して…ここの魚を、調理してみたんです」
「ヴィンセントさんの、新たなパワーでですか?」
「あーまあ…はい」
「すごい…」
「言ったら、リューイさんの音のおかげですけど」
僕は早速、日本酒を皆のグラスに注ぎながら…力強い口調で言った。
「これは…他の何よりも…このお酒に合うんです!」
「…」
他の皆が、初めて見る生魚に、若干引いているのを尻目に…僕は、誰よりも先に…そのお刺身を口に入れた。
「……っ」
そして、日本酒をひと口飲んだ。
「……」
皆が、そんな僕の様子を…探るように見つめていた。
「はああ〜」
その味を噛み締めながら…僕は大きく溜息をつきながら、目を閉じてしまった。
「リューイさん…お口に合いませんでした?」
それを見たヴィンセントが、心配そうに言った。
僕は、下を向いて…大きく首を横に振った。
じわじわと…涙が溢れてきてしまった。
それは本当に…
二度と味わえる事は無いだろうと思っていた、懐かしい日本の味だった。
「…とても、美味しいです…」
僕は、ポロポロと涙を流しながら言った。
「…よかった」
ヴィンセントは、ホッと安堵の溜息をついた。
「…そんなにか、食べてみるか」
「こんなの食べた事ないですけど…」
僕が泣くほど感激しているのを見て、キーファーとフリッツは…おそるおそる…それを口に運んだ。
「お、美味い!」
「うわあ…こーれは美味しいです!」
「うん、確かに…この酒にすごく合うな」
「ああ〜本当ですね…これも美味しいですねえ〜」
「よかった、お口に合いましたか」
それはそれは美味しそうに食べ進める2人を見て、ヴィンセントは、とても嬉しそうに微笑んだ。
「…」
僕の横で、まだ躊躇っている様子のカイトが、黙って刺身を睨みつけていた。
「いいよカイト、無理しないで」
涙を拭きながら…僕はニヤッと笑って続けた。
「カイトの分も僕が食べるから!」
言いながら僕は、カイトの器に手をかけようとした。
「食べるさ…」
カイトは、僕の手を払いのけて、自分の器を死守すると…それをひと切れ取った。
そして、若干手を震わせながら…それを口に入れた。
「…」
皆が、カイトに注目していた。
「どうだカイト、美味いよな」
「…大丈夫ですか?」
カイトは、ゆっくりそれを味わうと…続けて日本酒を、クイッといった。
「…美味い…こんな美味いものは、食べた事が無い」
「…あーよかった」
「なるほど、まさにこの酒のためにあるような料理だな…これは…」
「ですよねー」
「美味い美味い…」
生まれて初めて刺身を食べるであろう3人は…まるで取り憑かれたように、器の刺身を、食べながら、クイクイと日本酒を空けていった。
それを見て僕は…サラリーマンのおっさん達で溢れる、日本の立ち飲み居酒屋の光景を思い出さずにはいられなかった。




