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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

シンデレラの義姉に転生してしまった私は王子様と結婚したい

作者: 青水

 ある日のことだった。

 私が姉に命じられてしぶしぶシンデレラをいじめていると、彼女から思わぬ反撃を受け、私は足を滑らせて転んでしまった。床に頭を強打した瞬間、私は前世の記憶を思い出した。


 ここは童話シンデレラの世界だ……。でも、どうして私がシンデレラの世界に転生してしまったの……?

 しかし、そんなこといくら考えてもわからないので、私は諦めて今後どうやって生きるかを模索することにした。


 シンデレラの詳しいストーリーは正直あまり覚えていないけれど、主人公のシンデレラが幸せになる話であって、モブキャラというかいじめっ子の私たち義姉二人は最後まで幸せになれない。

 当然だ。だって私たちは悪役なのだから。悪役が幸せになってどうするっていうんだ。みんな仲良くハッピーエンドでは物語として締まらない。うん、私たちはいわば悪役令嬢みたいなものなのだ、多分。


 そんな私が幸せになるためには、シンデレラには申し訳ないけれど、王子様と結婚するしかない。とはいえ、私は王子様がどんな人かも知らないのだ。太った小汚いおっさんかもしれないし、見た目はイケメンだけど中身が最低のドクズだって可能性だってあり得る。


 ――よしっ。

 その日の夜、私は姉に話しかけた。


「ねえ、お姉さま」

「どうしたの、我が妹よ」


 いや、妹のこと『我が妹』なんていう姉、初めて見たよ……。


「王子様ってどんな方でしたっけ?」

「あら。あなたは王子様を見たことがないんでしたっけ?」

「ええ」


 記憶にはない。


「イケメンで性格もよくて文武両道なお方よ」

「そうなんですか」


 なんだよ、その完璧超人は。


「でも、正直、私の好みではないわね」

「お姉さまの好みの男性は、どのような方なんですか?」


 あまり興味がない質問を、私はただなんとなくしてみた。


「そうね……王子様みたいな細身爽やかイケメンよりも、マッチョで濃い顔をしたダンディーな四〇代くらいの紳士がいいわ」


 よし、姉は王子様を争うライバルにはならないな。

 姉と私では客観的に見て私のほうが美人だと思う。しかし、シンデレラと比べれば彼女のほうが美人だ。とはいえ、顔の好みは人それぞれ。王子様の好みがどんなタイプなのか……。でも、このまま何もしなければ、王子様はシンデレラと結婚してしまう。だから多分、悔しいことにシンデレラは王子様のタイプなのだろう。


「ねえ、あなた。王子様のことを聞いてどうするの?」

「え? いやあ、その……王子様と結婚したいなー、と」


 私がそう言うと、姉は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、それからけらけら笑った。


「結婚できればいいわね。でも、ライバルはかなり多いわよ」


 姉は私の肩を軽く叩くと、シンデレラに皿洗いをするよう命じに行く。

 シンデレラは母の再婚相手の娘である。母の再婚相手――義父は事故で亡くなっている。残されたのはシンデレラ一人だけ。


 かわいそうではある。同情もしたくなる。けれど、物語の中のシンデレラと私の記憶の中のシンデレラは、まるで別人だ。物語の中のシンデレラは優しくかわいそうな美少女、私の記憶の中のシンデレラはまるで悪役のような意地の悪い美少女。


 姉と私が日々行っている『いじめ』も、いじめと呼べるかは微妙なラインで、前世の私の、少し前の世代の教師が行っていた『熱血指導』と呼べなくもない……かなあ? でも、少しだけとはいえ暴力はよくないので、これからは控えよう。言葉でも強く言いすぎないように気をつけなければ。どんな相手でも、いじめはよくないからね。


 そう思った私がシンデレラに対して少し優しく接するようになると、シンデレラはつけあがるようになった。

 ……やれやれ。


 ◇


 ついにやってきた。やってきてしまった。

 ――招待状。


 王子様が妻を探すために、王城で舞踏会をひらくそうだ。物語では私と姉と母で王城まで出かける――つまり、シンデレラはお留守番なわけだが、ストーリー通りに進行させると、きっとエンディングまで同じになる。


 シンデレラ結婚エンド。

 それは何としても避けたい。王子様と結婚して幸せになるのはこの私だ。どんな手段をもってしても――と言いつつも、非合法な手段をとるつもりはない――王子様を手に入れてやる!


 私は招待状を睨みつけながら、どう動くかをじっくりと考えた。

 確か私たちが出かけて、一人寂しくお留守番しているシンデレラのもとに、魔女だか妖精だかが現れるんだったな。それで、シンデレラに美しいドレスを着せ、ガラスの靴を履かせ、カボチャの馬車で舞踏会に出かける――。

 シンデレラには様々なバージョンがあるので、この辺りの設定は話によって微妙に異なるけれど、大まかな流れはほぼ同じだと思う。


 魔女が我が家にやってくるのだとしたら、シンデレラにお留守番させるのはまずい。では、シンデレラを舞踏会に行かせて、私がお留守番していれば、私のもとに魔女がやってくるのだろうか? いや、そもそも、シンデレラを舞踏会に行かせて、王子様と出会わせるのがまずいのであって、私が魔女と知り合おうが何の意味もない。


 うーむ、まずいな……。シンデレラをお留守番させようと、舞踏会に行かせようと、終着点は同じである。それなら、私たちが舞踏会に行っている間、町に買い出しに行ってもらおうかしら。


 一番手っ取り早いのは、シンデレラを殺してしまうこと。殺してしまえば、王子様がシンデレラと出会うことも結婚することもあり得ない。まさか、死者蘇生の魔術なんてないだろうしね。でも、さすがに殺人なんて犯罪行為に手を出すわけにはいかない。殺人を犯すくらいだったら、私はすべてを諦める。

 というわけで、結局――。


「シンデレラ、私たちは王城で開催される舞踏会に行ってくるから、あんたはお留守番してなさい。家の隅々まで綺麗に掃除しておくように」

「そ、そんなぁ……」

「お待ちください、お姉さま」

「ん? 何かしら?」

「食料がもうじきなくなりそうだから、シンデレラには買い出しに行ってきてもらっては?」

「そうね。そうしましょうか」姉は頷く。「お母さま、それでよろしいですか?」

「ええ、けっこうよ」


 母は頷いた後、シンデレラを睨みつけて、


「シンデレラ、買い出しの金をがめたりしたら許さないわよ」

「そんなこと、しませんよぉ……」


 シンデレラってこんなキャラだったっけ? 


「それじゃあ、二人とも。ドレスに着替えて舞踏会に行くわよ」

「わかりました」


 着替えるために部屋を移動しようとした私は、ちらっと横目でシンデレラのことを一瞥した。彼女は口元にうっすらと笑みを浮かべていた。


 ◇


 着替えと化粧をした私たちは王城に赴いた。

 舞踏会というけれど、私ってダンスできたかしら? 一応、記憶では多少は練習しているので、まったくできなくはないようだが……。まあ、踊ることがメインではないのだから、その辺りのことは気にしなくていいか。


 今になって思うようになったのだけど、別に結婚相手が王子様である必要はないな。この舞踏会には貴族の男性もたくさん出席しているのだから、好みの殿方と親しくなって結婚するというのもいいと思う。

 私が貴族の男性をちらちら見ていると――。


「ようこそいらっしゃいました」


 と、とんでもないイケメンに話しかけられた。

 一目惚れってあるんだな、と私は思った。ずきゅん、と私のハートは瞬時に射抜かれた。


「も、もしかして……この方が?」

「ええ、そうよ」


 私が小声で話しかけると、姉も小声で返してくれた。


「美しいお嬢様方だ」


 王子様のお世辞に私は照れる。お世辞じゃなくて、心底そう思ってくれていると嬉しい。

 姉と母が小突いてきた。アタックしろ、といった感じか。


「王子様、よろしければ私と踊っていただけませんか?」

「ええ、構いませんよ」


 拒否されなくてよかった、と一安心。

 私と王子様はダンスフロアで踊り始めた。王子様はさすがに上手で、私のお世辞にもうまいとは言えないダンスを、うまくフォローしてくれた。

 私は踊りながら、シンデレラの姿がないか探した。……よし、いないな。ほっと一安心した瞬間のことだった。


 ――煌びやかなドレスにガラスの靴を履いたシンデレラの姿が、私の視界の片隅に入ってきた。


「なっ……」

「? どうかされました?」

「い、いえ……なんでもありませんわ」


 動揺を見せないように、必死に笑みを取り繕う。

 どうして、舞踏会にシンデレラが……? 彼女は本来なら今頃、町に買い出しに行っているはずだ。まさか、爆速で買い出しを終えて帰宅したところに魔女がやってきたのか? それとも、買い出し先に魔女がやってきたのか?

 はたまた――。


「買い出しをサボった……?」

「買い出し?」

「いえ、なんでもありませんわ」


 おかしい。どういうことなのかしら……?

 私は時計を見る。後一時間弱粘れば日が変わる。魔女の魔法が解けるのは0時だったはず。0時まで王子様を捕まえていれば――シンデレラと会わせなければ、少なくとも王子様とシンデレラが結婚することはない。


 できるか? ……いや、難しい。もうじきダンスが終わってしまう。まさか、このまま一時間も踊り続けることなんてできまい。

 楽しい楽しいひと時が――終わってしまう。

 終わって……しまった……。


「……ありがとうございました」

「いえいえ、こちらこそ。楽しかったです」


 王子様が私のもとから立ち去るのを阻止しなければ!


「あ、あのっ……」

「はい、なんでしょう?」

「えっと、そのですね――」

「お姉さまっ!」


 なんとシンデレラがこちらに手を振りながら駆けてきた。

 くっ……まずい。二人が出会ってしまう。王子様に一目惚れした私に、他の貴族と結婚するという選択肢は存在しない。なんとかして二人の出会いを阻止しなければ……。

 ――無理だった。


「お姉さま、こんばんは」

「ま、まあ……シンデレラ」

「ああ、あなた方は三姉妹だったのですね」


 王子様は言った。


「ええ……といっても、私と姉の二人とシンデレラの間には血の繋がりはありませんが」

「お姉さま、そちらのお方はもしかして……?」

「ええ。王子様よ」

「初めまして」

「初めまして」

「シンデレラ、買い出しはどうしたのかしら?」


 私が声を潜めて尋ねると、


「買い出しっ!?」


 シンデレラはわざと大きな声で言った。


「何の話をしているのでしょう?」


 王子様は気になったのか聞いてくる。


「な、なんでもありませんわ!」


 私の声は若干上擦っている。

 おかしい――と同時に違和感。このシンデレラ、まるでシンデレラじゃない人が中に入っているように見える。

 そこで、私ははたと気づいた。


 どうして、転生者が私一人だけだと決めつけている? 私一人だけとは限らないじゃないか。そう、たとえばシンデレラが、私と同じように転生者である可能性だって――なくはないじゃない。

 一度、疑念を抱くとそうとしか思えなくなる。


「王子様、今度は私と踊ってくれませんか?」

「ええ、喜んで」


 王子様とシンデレラが踊り出した。悔しいことに、シンデレラのダンスは私の十倍くらいうまかった。美男美女のカップリングに、たくさんの招待客が見惚れている。

 ああ、終わりだ……。王子様はきっとシンデレラと結ばれるんだわ。そして、私は『シンデレラの義姉』にふさわしい惨めな人生を歩んでいくの……。


 絶望感に苛まれていると、0時まであと少しの時刻になっていた。シンデレラもそのことに気づき、王子様とのダンスを切り上げると、急いで舞踏会の会場から去っていった。

 王子様は彼女の名前がシンデレラだと知っているし、シンデレラはガラスの靴を落としていかなかった。


 本来の物語とはだいぶ違う展開だ。

 つまり、この後、王子様がガラスの靴にぴったり足が入る女性を探す、という展開はなくなる。どうせ私がガラスの靴を履いてみたところで、小さくて合わないだろうし、展開が変わったところで支障はない。むしろ、本来のルートから外れたので、私にもチャンスがある、とポジティブに捉えることができなくもない。


 ……チャンス、あるか?

 とりあえず、私は所在なげに立っている王子様に話しかけた。


「王子様、どなたと結婚するか、もう決められましたか?」

「いえ、まだですね」王子様は答えた。「何人か気になる女性はいましたが、この一日だけでは内面までは把握できませんからね」


 どうやら、王子様は外見の善し悪しだけで結婚相手を決めるわけではないようだ。当たり前か。内面も外見と同じかそれ以上に重要だからなぁ。部下を使っていろいろと調査させるのだろうか?


「私は候補に入っていますか?」


 私が尋ねると、王子様は曖昧に笑ってごまかした。

 このごまかし方は……どっちなんだろう?


 ◇


 その後、深夜遅くまで続いた舞踏会が終わると、私たちはふらふらになりながら帰宅した。家に着くとシンデレラがいて、買ってきてと頼んだ食料がテーブルの上にずらりと並んでいた。……どういうこと? シンデレラは買い出しをサボったわけじゃなかった……?


「お帰りなさいませ、お母さま、お姉さま」

「シンデレラ、あんたどうして舞踏会に来たのよ?」


 母が強い口調で言った。


「舞踏会に行っちゃ駄目とは言われてませんし」


 シンデレラはまったく怯まない。


「それに、頼まれていた買い出しはちゃんと行ってきましたよ。ほら」


 テーブルの上に並んだ食料を指し示した。


「ですから、文句を言われる筋合いはありません」

「なんだと? この私に口答えするつもりか?」

「シンデレラ、あんた居候のくせして生意気よ」


 姉も強く言った。

 母と姉が怒っているというのに、シンデレラは動じない。口元に笑みを携え、余裕綽々といった様子。


「どうやらお仕置きが必要なようね」

「ええ、そうですね。生意気なお母さまとお姉さまには、お仕置きという名の『教育』が必要なようですね」


 シンデレラとは思えないほどの邪悪な笑みを浮かべると、指をパチンと鳴らした。何かの合図か……?

 すると、我が家の玄関ドアを蹴り開けて、大柄で粗暴そうな男が二人入ってきた。シンデレラがジェスチャーで命令を出すと、二人は母と姉に暴力を振るいだした。


「ちょ、ちょっとシンデレラ――」

「お姉さまは」


 と、彼女は私を見て言う。


「最近、私に優しくしてくれるので見逃してあげます。なんだか、まるで人格が変わったようですね」


 くすり、と笑うとシンデレラは続ける。


「もしかしてお姉さま……私と同じ?」

「……同じって?」

「前世の記憶がおありで?」

「だとしたら?」

「いえ、別に」シンデレラは言った。「私以外にもいたんだな、と」


 私とシンデレラが話している間にも、母と姉は殴られ蹴られている。この男たちは一体誰なのだろう?

 私の疑問を察したのか、シンデレラが答える。


「彼らは私のお友達です。むかつく奴がいたら、お友達に助けてもらうんです。私には他にもたくさんのお友達がいるんですよ」


 多分、その『お友達』とやらは、全員男なのだろう。シンデレラはその美貌をいかして、男たちをお友達に仕立て上げたのだ。

 そして多分、私が頼んだ『買い出し』も、そのお友達を幾人か使って、すぐに完了させたのだろう。

 それにしても、この男たちはいつまで暴力を振るい続けるのか……? シンデレラが止めない限り永遠に殴って蹴るのか。


「それ以上暴力を振るったら、二人が死んでしまうわ」


 見かねて私は言った。


「だから、もうやめて!」

「仕方ないですねえ」


 シンデレラは暴力行為をやめるようにジェスチャーを出した。


「あー、すっきりした」


 嗜虐的な笑みを浮かべるシンデレラを尻目に、私は倒れている母と姉に駆け寄った。


「お母さま、お姉さま! 大丈夫ですかっ!?」


 ううっ、と小さな声が漏れる。どうやら、生きてはいるようだ。けれど、全身傷だらけで、骨も折れているかもしれない。


「私はこの世界で、楽しく幸せな人生を送るの! 誰にも私の邪魔はさせない。欲しいものはすべて手に入れる。地位も金も権力も――そして、素敵なフィアンセも!」


 シンデレラとはとても思えない発言だった。

 きっと、彼女は前世で大変な思いをしたんだろう。その結果、いろいろと歪んでしまった。自らの美貌でもって、この世のすべてを手に入れようとしているのだ。


「だから――ねえ、お姉さま。王子様は絶対に渡さないわ。そもそも、王子様はシンデレラと結ばれる運命なのだから――」

「普通にしていればね」私は言った。「でも、強欲なあなたはすべてを手に入れたいがあまりに、シンデレラ本来の物語から大きく捻じ曲げてしまった」

「ええ、確かに。ガラスの靴は落とさなかったし、そもそも王子様は私の名前を知っていますし。でも、だからどうしたっ!? この私が王子様と出会った時点で、物語の結末は決まったようなものだわ!」

「そうだといいわね」

「はんっ! あなたもシンデレラのストーリーを知っているでしょう? シンデレラをいじめる義姉というモブキャラは、どうあがいてもヒロインにはなれないのよ」

「私は、なってみせるわ!」


 と、強がってみせた。


「ま、せいぜい頑張ってくださいな。お・ね・え・さ・ま」


 そう言うと、シンデレラは我が家から去っていった。彼女にとって、この家はもう自分の家ではないのだろう。どこか別に住み家があるのだ。

 私はぼろぼろになったお母さまとお姉さまの手当てをしながら、ああいうのが本物の悪役令嬢という奴なのかな、なんて思った。


 ◇


 ヒロインになってみせるわ、などと啖呵を切ったものの、正直なれる気なんてしないし、それにヒロインになるための具体的な策も浮かばない。

 私は普段通りの生活を淡々と送るのだった。


 シンデレラ――彼女をシンデレラと呼んでいいものか微妙なところだけど――は、今ごろどうしているのだろうか? 王子様と婚約した、なんて話は聞かない。というより、王子様が誰かと婚約したという話自体聞かない。


 まだ決めかねているのだろうか?

 だとしたら、王子様がシンデレラではない人と結婚する、という可能性もあり得るのか。もしも、シンデレラで確定なのだとしたら、もうとっくに婚約が発表されているはずだ。発表されてないということは……?


 でも、もしも王子様がシンデレラ以外の女性を選んだからといって、それが私である確率は相当低い。そもそも、私は結婚相手の候補に入っているのかすらわからないのだ。


「お母さま、お姉さま、買い物に行ってきます」

「……いってらっしゃい」


 姉が弱々しく言った。母は返事をしない。

 二人ともシンデレラのお友達にボコボコにされたことで、肉体だけではなく、精神的にも傷ついてしまった。二人とも決して性格は良くない悪女なのだが、しかしそれでも私の姉と母であることには変わらない。二人がこんな状態になってしまって、正直私は寂しかったりする。


 街に出かけると、大通りに人だかりができていた。

 なんだろう、と私もその群衆の仲間入りを果たした。かき分けて前に出ると、王子様が屈強な護衛を引き連れて歩いていた。街の様子を見に来たのだろう。


 話しかけるのは無礼――というより、そこまで親しい仲ではないので、私はただ黙って王子様の立体的な横顔を見ていた。

 ――と、王子様が私の存在に気づいた。


「やあ、どうも」


 王子様は爽やかに微笑み、こちらに手を振った。


「買い物ですか?」

「ええ、はい」

「よろしければ、一緒にどうです?」

「え、買い物ですか?」


 私が尋ねると、王子様は頷いた。


「よ、喜んで」


 私は恐縮しながら頷いた。周囲の人の視線が痛い……。


 ◇


 王子様はとてもフレンドリーな方だった。王子様(+護衛)との買い物は、前世を含めたこれまでの人生で一番楽しかった時間と言えると思う。それくらい楽しくて、幸せだった。ずっと、この人のそばにいられればな、と思った。

 楽しいひと時が終わろうとしていた。


「そういえば、今日はお一人なんですか?」

「ええ……」

「確か、お母さまとお姉さまがいましたよね?」

「ええ。二人はその……いろいろあって重傷を負ってしまって……」

「いろいろ?」


 王子様は興味を示した。

 私はどうしたものか悩んだ。シンデレラとの一件を正直に話すべきか……。きっと、話すべきなんだろうけれど、なんだかチクるようで卑怯だと感じた。でも、卑怯だろうが何だろうが、それは実際に起こったことなのだ。誇張するわけでもなく、ただそのままを話すことの何がいけないのか。

 というわけで、いろいろ悩んだけれども、結局は正直に素直に話したのだった。


「シンデレラが……」


 深刻そうな表情で王子様は呟いた。しかし、その表情に驚愕の感情は込められていなかった。

 なぜだろう? 清楚で美しいシンデレラは、悪事からはほど遠く見えるだろうに。そもそも、シンデレラ自体は外見通りの清らかな女性なのだけど、私と同様に前世を思い出して――前世の人格に半ば乗っ取られて、まったくの別人と化した。


 しかし、彼女が転生者だと知っているのは私だけで、私とシンデレラ以外はこの世界が『シンデレラ』という童話の世界だとは知らない。

 彼らはただそこにいて、ただ生きているだけ。


 可能性としては、実は王子様も転生者だった――というのもあり得なくはない。けれど、さすがにそれは多分ないでしょ。

 後は……やはり、シンデレラの悪い噂が、王子様の耳にも入ってきている……? シンデレラの悪行が母と姉に対して行ったあれだけとは思えない。


『むかつく奴がいたら、お友達に助けてもらうんです』


 あの言葉は、今までにも同じようなことを行ってきたことを暗に示しているのだと思う。

 インターネットがなくても、悪い噂というのはどこかから漏れて、じわりじわりと広がっていくものだ。悪行を多々重ねれば、それだけ『情報流出』のリスクは高くなる。シンデレラはその辺りのことを失念――というか、甘く見ていたのだ。


「彼女の悪い噂話は、私のもとにも多々入ってきます。実は彼女も『候補』だったので、いろいろと詳しく調べさせてもらったのですが……少なくとも五件は彼女主導で行ったものだと確定しました」


 五件――暴行事件とか窃盗事件とかだろうか?

 ……ん? 何か今、重要なことを聞き逃したような……。


「あっ」

「どうされました?」

「今、あのっ……『彼女も候補だった』と……」

「ええ。つまり、あなたも私の結婚相手の候補だったりするんですよ」

「にゅっ」


 とくに意味のない、わけのわからない声を出してしまった。

 こんなにもあっさり、しかも本人に言ってしまっていいものなのか……?


「これで、シンデレラは候補から消えましたね」


 私のことは置いておいて、話は再びシンデレラへと戻った。

 よっしゃあ! と喜ぶのはどうかと思うけれど、史実――本来の物語からルートが外れた。しかも、シンデレラによる自爆である。私の努力云々じゃない。これで、もし私が王子様の結婚相手として選ばれたら――。

 棚から牡丹餅、というやつか。へへへ。


「犯罪行為をするような人を妃にするつもりは、私にはありませんからね」


 ……待てよ。

 私も前世の記憶を思い出す前は、悪役らしく義妹のシンデレラはいじめていた。王子様の言う犯罪行為ではないけれど、いじめも似たようなものだ。これがバレたら私も候補から外れてしまうんだろうか……?

 まあ、そうなったときは、しょうがないと潔く諦めるのみ。


 私は楽しいひと時を、最後の一瞬まで存分に楽しんだ。


 ◇


 なんと言うことでしょう。

 この私が――シンデレラをいじめる義姉という悪役モブかませキャラが、王子様の婚約相手になるだなんて。まさにシンデレラストーリー。


 そのニュースが知らされたとき、もちろん私は驚いたし、姉も母も驚き祝福してくれ、王国が歓喜で沸き、そしてシンデレラは――。


「畜生っ! てめえっ、告げ口しやがったな!」


 ――我が家に怒鳴り込んできた。

 彼女の左右にはお供として、姉と母をボコボコにした屈強な男たちが立っている。このキレ具合、今度は私がボコボコにされそう――いや、殺されるんじゃなかろうか。逃げ道はない。つんでいる。


「私がチクらなくても、あなたの悪行の数々は既に王子様にバレてるわよ」

「嘘よっ!」

「嘘じゃないわ」私は言った。「あなた、やり方が雑すぎたんじゃない? 証拠とかもあるから、きっとすぐに捕まるわよ。かわいそうなシンデレラ」

「モブキャラのくせに生意気なんだよ!」


 本性をむき出しにして怒鳴り散らすと、シンデレラは私とついでに姉と母も殺すように、二人の男たちに命令した。


「ひ、ひいっ……」

「お助け……」


 姉と母は前にボコボコにされたときのトラウマが蘇っているようだ。小鹿のように脚をガクガク震わせて、その場に情けなくへたり込んだ。

 かくいう私も、恐怖から立ち竦んでしまう。


「すべてはこの女が悪いの! この女が私の邪魔をしたの! こいつさえ……こいつさえいなければ、私が――」

「そこまでだ!」


 鋭い声がして、王子様と兵士の集団が我が家に入ってきた。

 多勢に無勢。

 二人組がいくら屈強といえども、兵士の集団相手に勝利を収めることなどできない。それに、王子様に逆らうということは国家反逆にもなりえる。


「こ、これは……違うんです」

「何が違うのかな? なにも違わないだろ。君は数々の悪行を犯し、その上、私の妃となる女性を殺そうとすらした。問答無用で逮捕だ」


 王子様が言った瞬間、兵士が三人の身柄を拘束した。


「ふざけるな! 私はシンデレラよ! この物語の主人公――ヒロインなのよ! 王子様は私と結ばれる運命なのに――」

「何を言っているのか、さっぱり理解できないな」


 連れていけ、と王子様が非情な声で命令を下す。


「こんな性悪な女が、王子様と結ばれるなんてありえない! おかしい! 狂ってる! どう考えても私のほうがふさわしい――」

「調子に乗ったあなたが悪いのよ」私は言った。「普通にしていれば、運命は変わらなかったはずなのに、ね……」

「うわあああああああああああああああああっ!」


 叫び暴れ狂うシンデレラが、我が家から姿を消した。男二人はすべてを諦めたのか、何も言葉を発さなかった――。


 ◇


 その後。


「二人きりにさせてくれないか」


 王子様が頼むと、姉と母、兵士たちが家から出て行った。

 二人だけになったことを確認すると、


「私はね、前世で警察官だったんです。だから、容姿がいくら美しかろうと、犯罪者はどうしても許せない」

「え……警察?」

「タクマという名前に聞き覚えはないですか?」

「タクマ……」


 前世で三歳年下の幼馴染の名前がタクマだった。しかも、彼は警察官だった。二三歳のとき、強盗犯を捕まえようとした際に銃で撃たれて亡くなった――。


「あのタクマ……?」

「ええ、そうです。もしかしたらそうなんじゃないか、と思っていたんですけど……やっぱり、アリサさんだったんですね」


 前世での私の名前はアリサ。

 私は交通事故で死んだのだ。


「どうして、私がアリサだとわかったの?」

「勘です」


 タクマははにかんだ。


「証拠なんて何もありません。ただ、そうなんじゃないかって思ったんです。言葉にするのは難しいですけど……あなたがなんとなくアリサに似ていると、そう思ったんです。魂の形というか、そういうものが似ているな、と」

「すごい勘ね」


 私は感心して、同時に呆れた。


「私は――いや、僕はずっとアリサさんのことが好きだった。アリサさんに告白できずに死んだことがずっと心残りだったんです」

「ずっとって、いつから?」

「初めて会ったときから」

「五歳のときじゃない!」


 彼が五歳で、私が八歳。


「そんなときから好きだったんなら、どうして早く告白してくれなかったのよ?」

「振られるのが怖くって……」

「馬鹿」


 私は泣きそうになりながら、そっと言った。


「私もタクマのこと好きだったけど、告白できなくって……だから、私も馬鹿ね。大馬鹿よ」


 涙をぼろぼろ流す私を、タクマがきつく抱きしめた。


「この世界でアリサさんに出会えたのは、きっと偶然じゃない。僕たちは結ばれる、そういう運命だったんだよ、きっと」

「ふふっ。ロマンチストね」


 私は初めてタクマにキスをした。

 タクマはとても恥ずかしそうな顔をしていた。初心すぎる。


「童話の世界で王子として生まれ変わった僕と、妃としてこの先長い人生を共に歩んでくれますか、アリサさん?」

「もちろん。喜んで」


 私が言うと、今度はタクマからキスをした。


 シンデレラの義姉に転生してしまったけれど、前世の幼馴染である王子様と結婚することができて、私はとても幸せだ。

『シンデレラ』の世界に転生することができて本当によかった、と――私は心の底からそう思った。



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