【護衛依頼3日目】
「おはよう。ナナイ、ツバキ。最後の見張りご苦労さん。」
ナナイ「ん・・・おはよう。問題ないわよ。」
ツバキ「ん・・・おはようございます。異常は有りません。」
「了解だ。」
昨日はルシエラとイルカルを除いて馬車のソファで眠った。野営の時はそのまま着込んで寝なきゃいけないからね。もちろんイチャイチャは無しだ。
「んーーー、意外とソファも気持ちいいね。見張りの後しっかり眠れたよ。」
サクラ「そうですね。野営の時は有りですね。」
「侯爵の馬車に行ってくる。」
ロレンと連れ立って侯爵の馬車に行くとクレイマンが素振りをしていた。
クレイマンに予定の変更が無い事を告げ3人で雑談をしてから馬車に戻り朝食を取った。
朝食が終わりオウコとコハクに水を飲ませていると行商の夫婦の幌馬車がラツーを出て行った。
どうやら向かう先は俺達と同じウクの野営地のようだ。
商人の馬車は何か問題があったのか商人と3人の護衛が話し込んでいる。
クレイマン「待たせたな。準備が出来た。」
ロレン「いつでも出れます。」
「良ければどうぞ!」
クレイマン「良し!出発だ!」
侯爵の馬車を先頭にラツーを出た。
10km程進むとウク湖を周回する道の分岐に着いた。そこでラツーを先に出た行商人夫婦の馬車が止まっていた。
侯爵の馬車が幌馬車と距離を取って止まる。俺達も馬車を止め確認してきますとクレイマンに告げロレンと2人前方に向かった。
「どうしたんですか?」
夫婦の男「ああ、左廻りにグラスタイガーが出たらしいんだ。」
「グラスタイガー?」
夫婦の女「あら知らない?この四つ足の森最強の魔物よ。ゴブリンロードより強いかもね。」
「そいつは恐いな。」
『何でわざわざゴブリンロードを持ち出すかね。』
幌馬車の前に冒険者が2人立っている。コルの街から派遣されてきたそうだ。
冒険者A「グラスタイガーの目撃報告があってな。まもなくコルの街からB級のパーティーが来る。それまで何かあると拙いから済まんが右回りで行ってくれ。」
夫婦の男「距離がな。左の方が少し短いんだよ。俺達は元冒険者だしこんな時のために高いバトルホースを買ったんだ。なんとかならんか?」
冒険者B「だめだ。コルのギルマスから絶対通すなって言われてるんだ。何度も言わせるな。頼むから右に行ってくれ。」
商人「どうしたんですか?」
後発の商人の馬車が追いついたらしい。
「左回りにグラスタイガーが出たらしい。右に回って欲しいそうだ。」
商人「仕方ない。済まないが時間が勿体ない。進んで貰えなかったら道を譲ってくれ。」
夫婦の男「解った。右に行くよ。待たせて済まなかったな。」
ロレンと向き合って相づちを打ち侯爵の馬車に戻り報告を済ませると、行商人の幌馬車に続いて侯爵の馬車が進み俺達も後に続いた。
俺の馬車の後ろには100mほど離れて商人の馬車が続いている。
木々の間にウク湖が見えるようになってまもなくすると、道はウク湖の湖畔に沿っていく。
左にウク湖。街道と湖の縁の間に1mほどの段差がある。馬車が落ちたら引き上げるのは難しい。
右は森の木々が街道ギリギリに茂っている。道幅が狭い。馬車が擦れ違うにはギリギリだ。
「前の馬車の速度が落ちています。」
侯爵の馬車の馭者が横で騎乗しているクレイマンに話しかける。
クレイマン「そのようだな。ルアルディ、手綱をかわれ。」
ルアルディ「はい。預かろう。」
今日は朝から侯爵の馬車には馭者が2人乗っている。
―― 数分後 ――
クレイマン「前の幌馬車、随分近くなったな。そろそろか。」
「そのようですね。」
クレイマンの言葉がフラグだったのか、幌馬車の速度が止まる寸前まで落ちた。
侯爵の馬車との距離が一気に詰まる。
―― バッ!
幌馬車の後方の幕が一気に引き下ろされると、幌馬車の荷台に男が5人。その内4人が火矢をつがえ構えていた。
「【炎渦】2連!」
―― ゴウゴウゴウ・・・
激しい2重の炎の渦が幌馬車を襲う。
「「「「うわー・・ぎゃー・・熱い・・」」」」
幌馬車が炎を纏って湖畔側に吹き飛ばされていく。馬車の重さに引きずられバトルホースも落ちた。
クレイマン・ルアルディ「「凄い・・・」」
アカネ「はしたないところをお目にかけました。」
クレイマンが見上げた先、馭者席でアカネがニッコリと笑った。
―― その頃 ――
「商人の馬車が近づいてきてる。」
ナナイ「了解。」
馬車の中から馭者席の窓を開け、ナナイが応えた。
―― 商人の馬車 馭者席 ――
「前で火が上がった。やれ!」
「お前達も燃えちまえ!火よ集い――」
―― シュ! ドス!
「ぎゃ・・・」
「おい?どうし・・氷の槍・・・」
「遅いよ!」
俺は馬車の屋根に登り氷の槍を放った。
そしてもう1本の氷の槍を発動状態にして脅す。
「馬車を止めろ!」
―― カチャ! パタバタパタ・・
俺の声に反応してサクラ達が外に飛び出していく。
ほとんど速度は出ていなかった商人の馬車が止まった直後、馬車の中から威勢の良い声が聞こえてきた。
「よし止まった!出ろ出ろ出ろ!」
馬車の扉が開きワラワラと冒険者風の男とたまに女が湧いてくる。
「「「「「ぎゃ・・ぐぇ・・なんだ・・げ・・」」」」」
出てきたところを待ち構えていたサクラ、ナナイ、ツバキ、ボタンが切り伏せていく。入り口を抑えたら簡単な作業だ。
「イルカル。馬車を少し前に出してくれ!」
イルカル「承知しました。」
分岐を再出発してから馭者席にはイルカルが座っている。
アカネが前方から駆け寄ってきた。
アカネ「シグレ様。前の馬車は言いつけ通りにしました!」
「侯爵の馬車は?」
アカネ「前に進んで距離を取りました。ロレンの馬車も侯爵の馬車の後ろについています。ロレン達が幌馬車の残党にあたっています。」
「了解だ!」
馬車の廻りに20人ほども盗賊の死体が転がった頃、再び馬車の中から声が聞こえてきた。
「おい!終わったのか?・・・だれか返事しろ!」
「聞いてるんだから誰か答えなさい!」
気怠そうな男と女の声の後、馬車から現れたのは浅黒で腰に2本の剣を下げた男と、胸だけはやたらに大きい冒険者風の姿をした菟人族の女だった。
男は女の腰に手を回しベッタリとくっ付いている。
女「何!何があったの?」
男「何だこりゃ?おいおい、どういう事だ?」
予想外だったらしく目の前に広がる光景に声を上げている。
ナナイ「ギアド!コティス!」
コティス「ナナイ・・・」
名前を呼ばれた女がナナイ睨み付ける。
ギアド「やぁ、ナナイさんじゃないか!」
ギアド 人族 レベル54 B級 クラン双翼の団団長 27歳
コティス 菟人族 レベル51 B級 クラン双翼の団副団長 34歳
「ナナイ。知り合いか?」
ナナイ「ええ、私のパーティーのサブリーダーだったコティスと、同じくメンバーだった〈泥使い〉ギアドよ。此奴のおかげで私のパーティーは解散したの。」
ギアド「おいおい、責任転嫁はやめてくれよ。あれは不慮の事故。そうだろコティス。」
ナナイの言葉に面白く無さそうに男、ギアドが言い返す。
コティス「・・・そうね。」
女が呟くように同意した。
ギアド「それと、その〈泥使い〉っての二度と言うな!嫌いなんだよ!」
『泥使い・・・』
ナナイ「ギアド。コティス。盗賊に落ちぶれたってわけね。」
ギアド「盗賊?これは俺のクラン〈双翼の団〉さ。ちょっとばかり荒っぽい仕事もするだけだ。言い掛かりはよしてくれ。」
「そのクラン様が俺達を狙った理由は?空間拡張された馬車で前後から挟撃ときた。ご丁寧に1台は唯の幌馬車に仕立て上げてだ。随分手間暇掛けてるし手慣れてるじゃないか!
まあ良い。今武器を置いて投降したら命だけは助けてやる。」
ギアド「ハハハ、笑える!お前がシグレか?解ってないようだな。いいか、俺1人いればお前達なんて十分なんだよ。
あの宝石や絵、王家の錫も俺が集めたもんだ。持って行かれちゃ大損なんだ。返して貰うぞ!」
『宝石、絵、王家の錫・・・それだけか?』
「なんだ、やっぱり唯の盗人か。宝石?金に困ってるなら俺がくれてやろうか?」
ギアド「テメー!やっとC級試験受けてるD級が随分舐めたこと言ってくれるじゃねぇか!」
コティス「ナナイ、あんたの男死ぬよ。ギアドはもうA級になっておかしくないんだ。さっさと荷物渡した方が身のためさ。」
ナナイ「コティス、ギアドの女になってたのね。あんたにギアドの教育を任せたのが間違いだったわ。」
コティス「ふん!あんたはいつもそう。あたしを下に見て!だからあたしはギアドを育てたんだ。この子は強い!この子がいればあんたより上に行ける。事実、今あたしは幸せなんだ!何の不自由もないんだからね!」
ギアド「ナナイさ~~ん。俺について来いよ。良い思いさせて可愛がってやるぜ!」
「無理だな。お前とナナイじゃ釣り合わない。お前にはその垂れ下がったおっぱいが関の山だ。」
コティス「た、垂れてないわよ!」
あれ?ムキになってる。当たりみたいだ。
ギアド「テメー!俺の女を馬鹿にしてるのか!」
「事実を言ってるんだ。その締まりのない腰、尻。どう考えても胸にも締まりがないだろ?」
ギアド「テメー!良いだろ、お前の命でチャラにしてやる。広い方が良い。下に降りろ!」
ギアドが湖の縁に降りていく。
『随分あっさり降りたな?』
ナナイ「シグレくん――」
「ナナイ、悪いがこの2人俺に譲ってくれ。済まないな。」
ナナイ「えっ・・・」
コティス「ナナイ!あんたの男はとことん莫迦だね。あたしらB級を2人相手にするってさ。」
ナナイ「シグレくん・・・」
サクラ「ナナイ、シグレ様が大丈夫だって。そう言ってます。」
ナナイ「そうね。シグレくん、お願いします。」
「垂れ乳。男が待ってるぞ、行こうか。」
コティス「ぶっ殺してやる!」
街道から湖の縁は20mほど続き、雑草の生えた土が一面を覆っている。
ギアドは既に双剣を抜いていた。コティスの武器は短剣のようだ。
俺は百層宮で手に入れた〈水切り〉を取りだし鞘から抜いた。骨喰じゃなく水切りにしたのは、まあ何となくだ。使ってみたかっただけとも言う。
アカネ「あれはダンジョンで手に入れた刀?」
ツバキ「そうみたいですね。」
ルシエラ「アカネさん。シグレ様は何を?」
いつの間にかルシエラとイルカルが馬車の外に出ていたようだ。
アカネ「解りません。でも、大丈夫!シグレ様は負けませんから。」
ロレン「シグレは何をしてるんだ?」
ロレンとカタリナが様子を見に走り寄ってきた。
サクラ「ロレンさん!向こうは?」
ロレン「大丈夫だ。侯爵様も問題ない。俺達はアカネさんの魔法でほぼケリがついてたからな。で、彼奴は?」
ボタン「此の盗賊団の親玉です。シグ兄が引導を渡します。」
ギアド「来いよ!相手してやる。」
「そうか。じゃあ遠慮なく。」
軽く踏み出して5mほど有ったギアドまでの距離をトントンと詰めて水切りを袈裟に振った。
―― キン!
ギアド「なっ?・・・」
「どうした?何か誤算でもあったか?」
ギアド「チッ――」
―― キン!
ギアドと鍔迫り合いをしていた俺にコティスが切りかかってきた。
コティスの短剣を水切りで払うと、コティスは俺から距離をとった。
『隙を突いて一撃を入れる戦い方か。』
コティス「2人相手にするって言ったのはあんただよ!」
俺はスッと後方に下がって距離を取り、間を置かず再びギアドに斬りかかる。
―― シュ!キン!シュ!
本気で切りにいっていないので躱され双剣で受けられる。
そして再び後方に下がった。
「なんだB級って大したことがないんだな。」
ギアド「言わせておけば・・・」
コティス「ギアド!落ち着いて。彼奴の手に乗っちゃダメ。」
ギアド「・・・フーー。解ってるよ。」
「種明かしをしてやろうか?」
ギアド「何のだ?」
「お前が驚いた事だよ。泥使いギアド。」
ギアド「・・・」
「泥使い。おまえが場所を変えたのは広いからじゃない。此の土で覆われた地面だろ?
土魔法か水魔法?あ、どっちもか!それで地面を泥状にするのがお前の十八番なんだろ?知らなければお前に突っ込んだ時にグズグズの地面に足を取られて俺は終わりだ。
お前が先に此処に降りたのは魔法の構築をするためなんだ。念の入った事だ。
ナナイはいい女だ。お前の二つ名を言って俺にそれを教えてくれたんだから。」
アカネ「そうなの?」
ナナイ「・・・つい口から出ちゃっただけよ。」
ギアド「だったらどうした?」
「俺は氷使いだ。水は凍るって知ってたか?泥って水を含んでるからな。相性が最悪だったな。」
ギアドが視線を落とし、白く凍っている地面を見て睨み付ける。
ギアド「テメェー、俺を煽ってるつもりか?ふん、結局剣で俺に勝てなかったらそれで終わりだ。」
「そうだな。ダラダラやる気はない。ケリを付けよう。」
コティスが強いと言ったギアドの実力が知りたくて数合斬り合ってみた。しかし、思いのほか大したことはなかった。【細氷】を使うまでもなくギアドは切れる。
だから、今後を考え俺なりの剣術を試すことにした。
俺は水切りを鞘に仕舞い右足を大きく出し体勢を低くした。居合いの姿勢だ。
ロレン「あの構えは?」
ナナイ「解らない。私も初めて見る。」
ギアド「そんな虚仮威しが通じる――」
コティス「右がガラ空きだよ!」
―― シュン! パチン!
俺の右手側から飛び込んできたコティスに合わせ、僅かに上体をずらして水切りを横薙ぎにして鞘に戻した。
「ギア・・ド・・・」
―― ドサ!
コティスの腹から血が噴き出している。
ギアド「コティスーーーーーーー!」
「やれば出来るもんだな。ああ、隙を突くなら斬りつけるときに声を出すのはダメだ。これから斬りますって教えるようなもんだ。」
ギアド「ふ、巫山戯るなーー!殺してやるーーー!」
目を血走らせたギアドが目の前に迫ってくる。
―― ギン!ギン!ギン!・・・
ギアドの剣は速い。その速い剣が2本、交互に時に同時に振り下ろされ突いてくる。
確かにそこそこ強いが、力はゴブリンロードに及ばず剣筋はヤミンに及んでいない。なら躱せるし捌ける。
鍔迫り合いからヤクザキックでギアドを後方に蹴り飛ばし距離を取った。そして俺は居合いとは別の構えを取る。
ギアド「はぁーはぁー・・今度は何の真似だ?」
「我流。蜻蛉の構え。」
右足を僅かに前に出し水切りを垂直に立てるように右上段に構える。
『構えが逆だと怒られそうだな。』
ロレン「今度のは?」
ナナイ「解んないわよ!」
ギアド「ふん。躱せば終わりだーーー!」
ギアドが踏み込んでくる。
「参る!」
左足を軸にして右足を半歩踏み出し、水切りを縦一文字に振り下ろした。
―― ズン!
薩摩示現流の蜻蛉の構えは初太刀に全てを掛ける必殺の構えだと聞いた。
で、やってみた。ナナイの遺恨を俺が断ち切る。その一念を一振りに込めた。
「これもやれば出来るもんだな。水切りも良い刀だ。」
ギアド「あぁ・・・・」―― ドサ!
受けようとした剣ごと左肩から腰まで切られたギアドが崩れ落ちる。
ナナイ「シグレくん!」
ナナイ達が走り寄ってきていた。
「終わったよ。」
ナナイ「シグレくん。・・・苦しまなかった?」
「ああ。」
ナナイ「ありがとう。」




