【ニケス村の夜】
ニケス村。ラディス辺境伯の直轄領でこの世界では平均的な村だ。
村の造りは様々だが、この村は周囲を3mほどの壁で囲まれていて魔物対策がしっかりしている。
領主や貴族が街道上に有る村を訪れる場合、領主所有の村内屋敷を使うか村長の屋敷に宿泊する。尤も最近は拡張馬車に寝泊まりする貴族が多いと聞いた。
ニケス村にはラディス家所有の屋敷があり初日の宿泊はその屋敷となる。
「アルバータス侯爵様。お待ちしていました。」
屋敷の前で出迎えたのはニケス村の村長だ。
エイステン「村長。またお世話になるよ。馬車蔵の方は?」
「はい。辺境伯様からご連絡をいただいてからは、誰も近づかないように見張りを置きました。それと昨日来たサラケスの騎士隊が今夜の見張りをするそうです。」
エイステン「うん。シグレくん、ロレンくん。馬車を馬車蔵に入れてくれ。今日の夜はサラケスの騎士が見張りをするから必要ない。宿泊は屋敷に部屋を用意しているからゆっくりしてくれ。」
「侯爵様。俺達は馬車の中に泊まります。普段から生活している馬車ですから問題ありません。何より荷から距離を取りたくありません。」
ロレン「俺達も同じです。何かあれば同じ馬車内の俺達が最初に気づきます。それに、かなり快適な馬車なので使わないのは勿体ないです。」
エイステン「はは、君らは依頼達成をする必要があったね。任せるよ。うん、なら頼んだ!」
「「了解です!」」
エイステン「村長。ラディス辺境伯から預かり物がある。辺境伯が困った事は無いかと聞いていたよ。・・・・」
領主や貴族が村に宿泊するときは手土産を持参するものらしい。
貴族が訪れると村としてはお金も使えば気も遣う。なので領主や貴族はそれ以上の物を置いていくわけだ。もちろんケチな貴族も多くタダで最高の接待だけを要求される事も多いらしい。
デランドやエイステンは自領が潤っている事もあってその辺の気前が良い。エイステンの場合、ラディス辺境伯領だと往路は自腹を切り復路はデランドが気遣いさせたとお礼を持たせている。これも領地の運営を円滑にする秘訣というわけだ。
今回の護衛依頼では馬車蔵内でもオウコやコハクと言った引き馬を馬車に繋いだままにしている。万一の時に飛び出す事が出来るようにだ。
俺とサクラ、ロレンとシュゼは馬車蔵の中で繋がれたままの引き馬に飼い葉と水を与えマッサージ代わりにブラシを掛けていた。
「馬達はこれで良いかな。ロレン、これから村の中を見てくるがどうだ?」
ロレン「一緒に行くよ。いざという時の脱出路は確認しておきたいからな。」
「サクラ。村を見てくる。」
サクラ「了解です。私達は残って夕食の準備を始めますね。」
ロレンと2人村を歩き通りの作りや門の位置、数を確認して馬車に戻った。
ロレン「なあシグレ。夜襲は有ると思うか?」
「今日は無いだろうな。ゆっくりして良いと思ってる。」
ロレン「根拠は?」
「無いよ。俺だって何でもわかるわけじゃ無いんだから。」
嘘だ!ツバキの一族が集めた情報から判断して今晩襲撃は無いと断言出来た。ここまでハッキリ言い切れるほどツバキの一族、グレイパッセルの情報収集能力はとんでもない。
「強いて言えば初日だから俺達の警戒も強いって考えるかな。普通に考えて俺達が疲れてるところを狙わないか?なにせ7日もあるんだ。」
当たり障りの無いような理由を作り上げてみた。
ロレン「なるほど。ならゆっくり出来そうだな。」
―― 夕食時間 エイステン ――
クレイマン「侯爵様。あのシグレというのは何者なのですか?」
エイステン「ん?気になるかいクレイマン。」
クレイマン「正直、最初は唯のD級の冒険者、それもあの若さです。何故辺境伯様があそこまで信頼されるのか解りませんでした。」
エイステン「評価が変わったかい?」
クレイマン「まだ変わったとまでは・・・ですがあの判断の速さ。読みの深さ。何より強い。
私には解ります。シグレは今日はまるで本気を出していませんでした。」
エイステン「辺境伯からは面白い奴だから取り込んで損はないと言われてるんだ。クレイマンのお墨付きなら嫌われないようにしないとね。」
クレイマン「あっ、いえ、そんなつもりでは・・・」
エイステン「ハハハ・・・・」
―― 夕食時間 ロレン ――
ロレーヌ「お兄ちゃん。ツバキさん凄いんだよ。魔法の構築が早いの!」
カタリナ「ネールでも見たけど、ヒイラギの魔法使いは全員異常に早いよね。」
ロレン「それが強さの秘密でもあるんだろ。良い機会だから何か1つでも良い、みんなそれぞれ依頼の間にヒイラギから盗んで身に付けよう。」
カタリナ「あら、盗むなんて行儀が悪いわね。ふふ・・」
ロレン「教えてくれと言って素直に教える冒険者はいないからな。とにかく良く見て吸収出来る物を見付けよう。」
シュゼ「それ、良いと思う。」
アージア「ロレン。シグレくんの感想は?」
ロレン「年の差が逆だな。あの落ち着き、状況判断・・・とにかく周りを良く見てる。」
カタリナ「良く見てる?本当?サクラちゃんが言ってたのよ、部屋の中では本を読んでるかボーッとしてるって。」
ロレン「ボーッとしてる?彼奴が?ははは、なるほどな。」
アージア「何よ?何がなるほどなのよ?」
ロレン「ボーッとしてる様に見せてるんだろ。そう言えば何度か呼びかけないと気づかない時があった。彼奴は考え込むと周りの音が聞こえないタイプだ。大方サクラちゃん達に怒られて身に付けた技だと思うぞ。」
「・・・・シグレ様。シグレ様!」
「あっ、なに!」
サクラ「もう!またボーッと天井を見てましたよ!夕食の用意が出来ましたよ。」
「はーい。」
アカネ「今日の夕食はルシエラさんも手伝ってくれたんですよ。」
「ルシエラさんが手伝ったの?そんな事までしなくて良いのに。」
ルシエラ「そうは行きません。シグレ様、これからは唯のルシエラですから。」
「そうだルシエラさん。この間から気になってたんだけどなんでシグレ様なの?シグレ――」
ルシエラ「ケジメです!お世話になるのですからケジメは付けないといけません。」
被せられた。いつも通り圧が凄い。
「お世話になるって言ってもセグルドまで――」
ナナイ「シグレくん。辺境伯様にルシエラさんの事で何か言われなかった?」
ナナイにまで被せられちゃった。
「そうだな・・・ルシエラを宜しく頼むって言われたけど。」
サクラ「なんて答えたんですか?」
「間違いなくセグルドにお連れしますって言ったけど。」
「「「「「「「・・・・・・」」」」」」」
女子全員のジト目が・・・
「なに?なんなの?凄いジト目なんだけど?」
ナナイ「シグレくん。今日はゆっくり出来そう?」
「ああ大丈夫。今日はなにも無いよ。有るとすれば明後日、ラツーとウクの間だね。」
アカネ「ならゆっくり話せますね。」
ナナイ「そうね。シグレくん、夕食が終わったらお話ししたいんだけど?」
「何の話?今じゃダメなの?」
ボタン「あっ、怒られる・・・」
サクラ「ダメです!夕食の後ゆっくりです!良いですね!」
「あっ・・はい。」
恐い・・・
夕食が終わり食器がかたづけられ紅茶が配られた。
ルシエラ「シグレ様。私の話をして良いですか?」
「はい。構いませんよ。」
ルシエラ「ありがとうございます。ですがその前に、シグレ様。
私とイルカルの火傷を治して下さり、ありがとうございます。」
ルシエラが言うと、ルシエラとイルカルが立ち上がり俺に向かってお辞儀をした。
「それは俺じゃ――」
ルシエラ「私には見えていたんです。あの時シグレ様のお顔がハッキリと。そしてシグレ様が話した事もちゃんと聞こえていました。」
「あ・・・うん。俺の力じゃ無いから。女神様から借りた物だし、女神様のためにやった事なんだ。」
ルシエラ「はい。サクラさん達に聞きました。」
「えっ、いつ?」
アカネ「シグレ様。今日1日一緒に馬車の中に居たんですよ。」
「そうか・・・」
ルシエラ「それでも良いんです。治して貰った事は何も変わりませんから。本当にありがとうございました。」
それからルシエラは襲撃され火傷にいたるまでの事を話し始めた。
ルシエラとデランドは政略結婚とも呼べない強引な結婚だったらしい。
デランドは兄である前ラディス辺境伯フベルトが若くして急死した事で辺境伯家を継ぐ事になった。実はこの前年フベルトは結婚したばかりで妻は身ごもっていた。
妻の名はマーリーズ。マッフェオの母親だ。
そもそもマーリーズとフベルトの結婚が政略結婚であり、婚姻はマーリーズの生家リンデン公爵家が強引に進めたものだった。
まあとにかくフベルトとマーリーズは結婚した。ところがフベルトが辺境伯領の西に広がるウリアスの大森に調査に出かけて死んでしまった。その為、マーリーズの父親リンデン公爵が盛大に狼狽えた。
だろうね。自分の血を入れて辺境伯家をあわよくば乗っ取ろうと思ってたんだろう。ところが辺境伯の爵位はデランドに渡ってしまうわけだ。
焦ったリンデン公爵は奇策に出た。娘マーリーズがあまりに可哀想と情に訴え、産まれる子の性別にかかわらず辺境伯家の継承権を放棄する代わりにマーリーズをデランドの名目的な第1夫人にしてくれとデランドに懇願した。もちろんデランドは拒否したが、リンデン公爵は嫌がる公王を無理矢理仲裁役にいれこの話を通してしまう。
面白くないのはデランドだ。名目だから、形だけの夫婦と言われてもマーリーズは自分が認めたわけでも惚れた相手でもない。と言う事で相当荒れたらしい。
実はデランドには見初めていた相手が居た。それがルシエラだった。当時ルシエラは王宮薬師院にいて薬師として働き充実していたらしい。2人は顔見知りで友人として仲は良かったらしいが、ルシエラにはデランドに恋愛感情は無かったようだ。
じゃあ誰がデランドにルシエラを嫁がせたか?それはルシエラの父親グスタフだ。
当時グスタフは商業ギルドグランドマスターになるため貴族達の支持を集めていた。商業ギルドのグランドマスターはこの公王国では多大な力を持つ。当時のグスタフは次期グランドマスターの有力候補だったが確実とは言えない状態だったらしい。
はい。グスタフは自らの地位のためにルシエラをデランドに売ったんです。
ルシエラ「私がアムガルド家に戻らない理由がお解り頂けましたか?実の父とは言え私はあの男、グスタフが私にした仕打ちを忘れる事が出来ないんです。」
グスタフの申し出に荒れていたデランドは何も考えず飛びついた。そして強引にルシエラをものにした。ルシエラ曰く、力尽くだったらしい。怒気を孕んで『今でも忘れません!あの野郎!』と言ってました。恐かった・・・
グスタフはデランドにルシエラを渡す事で辺境伯家とデランドの悪友仲間アルバータス侯爵やヘンウッド侯爵、そして第3の悪友にしてデランドの親友公王家次男ブレンダン・オン・カールスブルクの支持を取り付ける事に成功して商業ギルドグランドマスターへの道を完全な物にした。
そしてグスタフは商業ギルドグランドマスターに上り詰め、デランドは思い人ルシエラを第2夫人として幸せになりました。
とは行かなかったわけだ。
理由その1。マーリーズが男の子マッフェオを産んでしまった。継承権は放棄すると言ったリンデン公爵が当然のように掌を返した。マッフェオはデランドの子では無いがフベルトの子。血筋は辺境伯家の物だと当たり前のように騒ぎ出した。
理由その2。気位が高く公爵家の血筋を鼻に掛けるいけ好かない女。それがマーリーズである。自分が産んだ子供に継承権が無い事を認めるはずがなかった。その為第3の理由に増悪をぶつける事になる。
理由その3は、ルシエラがルドリックを産んでしまったことだ。生まれ順は長男だがマッフェオには継承権が無い。そこにデランドの男の子ルドリックが生まれた。リンデン公爵が筋を通せば何の問題も無かったが、この親子がルシエラとルドリックに露骨に増悪と敵意を向けてしまったわけだ。
面倒くせーーーー!だから貴族は嫌いだよ!
ルシエラ「それからは戦いの毎日でした。マーリーズのおかげで心安まる日は1日と無く、小さなルドリックとイルカルだけが私の心を癒やしてくれていました。」
「辺境伯は・・・デランドで良いか、何もしなかったのか?」
ルシエラ「デランドもマーリーズに注意をしていましたが、全く効果はありませんでした。むしろデランドが忠告すると酷くなる有様で、ある時から私もデランドに言わなくなりました。」
サクラ「でも、最初のその・・・辺境伯様の行為以降は?普通に夫婦としてはどうだったんですか?」
ルシエラ「私が嫁いでからはデランドも落ち着いて私への行為を心から謝ってはくれました。しかし、許せるのもでは有りませんよ。正直ルドリックが出来るまで夫婦の睦ごとは片手で数えるほどしか有りません。あっ?数えましょうか?」
笑顔のルシエラが右手を出して指を折り始めた。
「いやいや・・個人的な事は・・・」
ルシエラ「ルドリックが生まれてからは全くそんな気にはなれず、ましてやマーリーズに気が休まりませんでしたから。」
アカネ「じゃあご夫婦としては上手く行ってなかったんですか?」
ルシエラ「デランドが私を第1に考えていた事は解っていました。ですがマーリーズが私達が2人で居る事すら許さなかったんです。」
ナナイ「それじゃ辺境伯夫人としても何も出来なかったわけね?」
ルシエラ「対外的には第1夫人のマーリーズがいましたから。公的な行事も彼女がほぼ譲りませんでした。ラディス家の第2夫人はあまり顔を見せないと評判でしたね。」
「その行きついた先が馬車の襲撃だったわけか。」
ルシエラ「そうです。私達親子を殺そうとしたんです。」
「親子を?ルドリックも馬車にいたんですか?」
ルシエラ「あの日、本当はルドリックも一緒の馬車で屋敷に戻るはずだったんです。ただ直前に予定が変わって私とイルカル、そしてお付きの騎士数人で出たんです。」
イルカル「忘れもしません。盗賊に囲まれた時お付きの騎士の1人が突然仲間の騎士を切り始めたんです。」
それまで黙っていたイルカルが顔を強張らせて話し出した。
イルカル「私も馬車から外に出され切りつけられました。地に伏し馬車に火を付けられるの見てるしかなかった。」
当時の事を思い出したんだろう、手が震えている。
イルカル「賊が去った後、必死に馬車の扉を開けて飛び込んで・・・」
顔を伏したイルカルの肩にルシエラがそっと手をまわしていた。
ルシエラ「私はイルカルに助け出されましたがご覧になったような状態で10年あの別邸で過ごしました。10年のうち最初の1年はずっと泣いていました。」
ツバキ「襲撃の黒幕は?」
ルシエラ「リンデン公爵とマーリーズです。最近その時の騎士が見つかったそうです。見付けたのは公王家次男のブレンダン様です。
ブレンダン様はイルカルが話した騎士の特徴を覚えていて下さり、東域のリンデン公爵の屋敷にいたその騎士を捕らえたんです。
さすがのリンデン公爵もブレンダン様に詰問され自身は知らなかったと逃げるしかありませんでした。もっとも、娘のマーリーズが主犯とされ毒杯を飲まされるとは思ってもいなかったようです。」
「それなんだが、マーリーズは自分で毒杯を飲んだのか?」
ルシエラ「自分からは飲んでいません。デランドがワインに毒を仕込み飲ませたようです。マーリーズの息の掛かった使用人も全て共謀した者として同じように。」
「そしてマッフェオも不慮の事故で亡くなったわけだ。」
ルシエラ「はい。それについては、シグレ様も関わっていたと聞きましたが?」
「あの莫迦、俺にサクラを寄越せと言ってきた。銀狐族は自分のものだとか訳が解らん。殺そうと思ったところを2度もルドリックに邪魔されたよ。」
ルシエラ「シグレ様。お気をつけて下さい。リンデン公爵が逆恨みからシグレ様をどうにかしようとするかも知れません。」
「それなら大丈夫だよ。俺に遠慮は無いからね。例え公爵だろうが公王だろうがサクラ達に手を出したら容赦はしない。」
ルシエラ「本当にサクラさん達が羨ましい。」




