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風水師 繭  作者: おおみや
二章 妖精の森
9/20

1 妖精の姉妹

「う、ここはどこだ」

 暖かい日射しに繭が目を覚ますと、艶やかな緑の葉が目に映った。背中や手足を数本の細い枝に支えられて、体中に葉がこびりついていた。山から落ちた後はなにも覚えていないが、どうやら木の枝に助けられたようだ。ためしに手足を軽くひねってみたが特に体に痛みはなかった。

「どうやら無事だったようだな」

 繭が枝から飛び降りると葉を踏む音がした。たくさんの樹木と植物が見通しを塞ぐほどで見渡す限りの緑の中にいた。木には苔がびっしり付着しており木の肌は枝くらいだった。

「しかし、これはまいったな」

 封印の山からどのくらい飛ばされたのかわからなかったが、こうなっては繭は龍脈を頼りに森の外に出るしかなかった。方角を確かめようと空を見上げると、日の光が葉を照らし透けるように輝いていた。繭は木々を仰ぎ日射しを手でさえぎった。

「しかしなんと美しい森だ」

 辺りを見渡すと綺麗な花や植物が生い茂っている。葉が空を覆いまだ昼間なのに足元には日陰がたくさんあった。繭はよく薬草の材料を山に取りに行っていたため草木の知識には自信があったが、ここから見える分には繭が知っているものはほとんどなかった。当然だがグレーテの庭になかった花がたくさんある。

 日で発酵した土の匂いを嗅ぎながらしばらく苔と落ち葉だらけの道なき道を歩いていると、兄との狩りのことを思い出していた。繭が初めてリスを捕らえたのは八つのころだった。草を編んだ簡単な罠を作り小さなリスを捕まえた。繭はあまりの可愛さに逃がしてあげようと言ったが、兄はその場でリスの首をへし折った。瞬間、繭は激しく気が動転し泣きわめきながら兄を強く叩いた。いつもこうして採った獲物を口にしているだろと言われたとき、繭はその場に尻餅をついた。

 しばらく歩くと風が木の葉を揺らす音のなかに、遠くの方から人の騒ぐ声が聞こえた。繭は手を当て耳をすました。やはりわずかに声がする。

「人が住んでいるのか」

 繭は大きく瞬きをした。山で生まれ育った身としては自然の中に生きることは当たり前だったが、外の世界では馴染みがなかった。それにここの森はあまりに綺麗で人間の手が入っているように感じなかった。繭は身を屈め足音を殺してひっそりと歩いた。そろそろと草をかわしながら太い木の後ろまで来ると、子供のような声が聞こえてきた。木々の間から大声がする方を覗くと、繭の肌がざわめき大きく息を飲んだ。

 笑顔で飛び回るその子供の背には蝶のような大きな羽が振動し、頭には触覚が生えている。長い金色の髪は光をおび揺れるたび虹のように輝いていた。

 繭は蝶の獣人かと思ったがさすがに幼すぎる。それに昆虫の獣人というのは見たことも聞いたこともなかった。

 息を殺しながらしばらく凝視していると羽の生えたの女の子が繭に気づき、目が合った。

「あー!人間だ!人間がいるよお姉ちゃん!」

 とたんに繭を指をさしながら騒ぎ立てた。空いた手で手招きをしている。

「ちょっと、アム!待ちなさいって。あっ!人間!」

 肩で息をしながら姉らしき若い女性が走って来たが羽も触覚もなく人間に見えた。ただ美しい金色の髪は妹よりも長く、同じように輝いている。繭は両手を広げ顔の横に上げた。

「驚かせてすまない。そなた達は何者だ?」

 繭が慎重に問うとアムが返した。

「え?あんたが何者よ!何で人間が森にいるの」

「どうやら迷ったようなのだ」

「ここは迷いの森じゃないよ!妖精の森!」

 アムはピョンと飛び上がり地面を指さしながら言った。

「こらっ!アム!」

「あっ!しまった!教えちゃった!」

 アムは目を丸くして両手で口をおさえた。

 妖精の森。こんな場所が存在するのか。繭はあまり世間を知っている方ではないがこんな場所が知られていないのは解せなかった。母からも聞いたことはなかったし昆虫の獣人ではなく妖精だというのか。

「怪しいやつめ。捕まえよう、お姉ちゃん!」

 アムは両手の指で空を掴みながらフワフワと繭ににじり寄ってきた。

「私は怪しい者ではない、東の里から来たのだ」

「東の里?ちょっと待って。その鏡まさか、あなた風水師様?」

 姉が繭の首に下げた鏡を指して言った。山から落ちた拍子で懐から飛び出ていた。

「ああ、私は繭。旅の風水師だ」

「えっ!うそだ!ホントなの?」

「ああ、本当だ」

「すごい!風水師様が来てくれた!」

 アムが両手を広げながら右へ左へ飛び回った。

「なんだ、はやく言ってよ。風水師様なら歓迎するのに」

「繭と呼んでくれ。邪気があるのか」

「そう。困ってるの。あたしはミーム。こっちは妹のアム」

 初めて正面から頼られた繭は少し胸が高鳴った。新たな地に出向き困っている人を助ける。これこそが風水師の務めだ。幼い頃に見た光景だ。

「御神木の近くから邪気が漏れだしたの。もうだいぶ前」

 やはり母はここに来ていないのか。いくら大地が持たないといっても観るくらいはできるはずだ。風水師が直に赴き助言を与えるだけでどれだけ救われるものか。もう母はその役割を放棄しているのだ。

 自分が後を継ぐ。

 やはり自分がやるしかない。邪気に困っている人々を救って回る。この尊き役目を全うするのだ。人の業が溜まり大地が爆発する前に何か手をうたねばならないが、まずは獣化の不安から人々を救うべきなのだ。

「わかった。ここの長に会わせてくれないか。独断でやるわけにはいかない」

「うん。木の実探しが終わったら一緒に行こ」

 アムが着地しながら言った。

「木の実?」

「お母さんが待ってるの。すっごく美味しいんだよ」

 ミームが森の奥を指さした。繭は久し振りの自然のなかでの活動に胸が踊った。

「そうか。私も手伝うぞ」


 三人は森の道なき道を枝を踏み鳴らしながら歩いていた。繭は終始知らない花や植物に目を奪われた。

「ここらへんだよ」

 ミームが両手で輪を作って示すがやはり繭はどの植物も見たことがなかった。

「しかし知らない植物ばかりだな。ここは本当に不思議なところだ」

「そのヤルギ草なんかはお薬にして街で売ってるんだよ。あ、ここのことは秘密だからね」

「ああ。誰にも言うつもりはない。しかし街に出るのか、目立ちすぎるのではないか」

 ミームが腰を屈めながら振り向いた。

「ううん、鳥に頼んで町まで持ってって貰うの」

「なるほどな」

「ないなぁ、このへんから匂うんだけど。今日の晩御飯でいるんだよね」

 繭の母は料理というものをしない人だった。生で食せるものはそのままで、火がいる物は焼いて塩を振る程度だ。兄もまったく母にならっていたので、繭はタレのかかった魚やら味噌汁に浸かった野菜を口にした時は本当に驚いた。

 繭には料理がひとつの術のような特別なものに感じていた。しかしいつか母の作る料理も食べてみたいと密かに願っていたのだった。

「母上の料理はそんなに美味しいのか」

 繭が木の葉を分けながら聞くとアムとミームは顔を見合わせた。

「ハハウエ?」

「ハハウエってなに!」

 繭はキョトンとして答えた。

「母だ。オカアサンだ」

「繭の村じゃハハウエっていうのね」

 ミームは人差し指を唇に当てながら虚空を眺めた。

「変なのー。ハハウエ!」

 アムは頭上で大きな口を開けてお腹を抱えて笑っている。

「変か?」

「聞いたことないよ!」

「そうか」

 繭も額の汗を拭いながら笑った。

「あった!これだよクムの実」

 茶色く丸い実を拾うとその表面はかなり硬い。恐らくは割って中身を取り出すのだろう。

 アムの持つ袋にふたりでクムの実を入れていった。

「さあ、次は畑だよ」

 繭はうなづいき手についた草を払いながら何気に疑問を口にした。

「しかし、若い者のほうが獣化が進んでいるのだな」

 アムは十歳ほどに見えたが、ここまではっきりと羽と触角があるのは不自然に思えた。生きるために動物を狩ることがあっても無益な殺生を行っているようには見えなかった。

「え?なにいってんの?お姉ちゃんのほうが進んでるじゃん」

 アムはミームを指差しながら口をとがらせた。

「え?しかし」

「繭はあたしと同じくらいの進み具合じゃないの」

 ミームの言葉に繭は全身が凍りついた。

「わ、私が?獣化していると」

「だって羽も触覚もないじゃん」

 アムが当然のように指を差した。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。獣化が進むと羽がなくなるというのか?」

「それを人間て言うんじゃん。まさか知らなかったの?」

 ミームは目を丸くした。

「そんな馬鹿な」

 繭はとても信じられなかった。人間自体が元々妖精で獣化が進んだせいで羽と触角をなくしたというのか。

「この中で獣化してないのだーれだ?はい!アムちゃんだけでーす!」

 アムはヒラヒラと舞いながら右手を上げた。

「繭は獣化が嫌なんだね」

 ミームがそう聞くと繭は胸に冷たいものを感じた。

「あ、ああ。そ、そうだ」

「そりゃ羽も触角もあったほうがいいよね」

 アムは空中で腕を組ながらひとりでうなずいている。

「それにしても不思議だね。タタ族なんかは普通に気にしてないし、なんでこんなに感じかたがバラバラなんだろうね」

「あいつらは何も考えてないだけだよ」

「アムに言われちゃお仕舞いだね」

 ミームは肩をすくめてかぶりを振った。

「タタ族?」

 繭は響きから森に住むシャーマンかなにかだと思った。里の近くにも森の奥で暮らしている少数民族がいるのを思い出した。

「普通に暮らして普通に獣化して、それでいいじゃんって民族」

「よくないっての!普通に獣化ってなに!」

 アムは歯を立てながら両手の拳を握った。

「そのタタ族とは争っているのか」

 繭はミームがグレーテのように争いにより獣化したのかと不安に思った。

「ううん、別に。うちらも結局獲物を分けてもらってるし」

「アムも果物あげてるし」

「しかし、封印には反対なんだろう、タタ族は」

 認めたくはないが獣化については賛否ある。人の姿を捨て別の人生を歩むという考え方があるのはどうしようもない変化だった。

「どうだろうね、アム」

「たぶん、どっちでもいいっていうよ。いっつもそうだもん」

 アムはほっぺたを膨らませながら言った。

 繭には理解できなかった。獣化してもしなくてもどちらでも受け入れるというのか。タタ族にとって人と獣に線引きはないのか。


 しばらく歩くと木々が開けた場所に出て広い畑が並んでいる。木々が周りを囲うように立っている。ミームが髪を後ろで結び、うでまくりをしながら振り向いた。

「さあ、働かざるもの食うべからず」

「畑仕事なら私もできるぞ」

「ほんと?じゃあお芋引っこ抜いて」

「よし」

 繭は腰を落としてたくさん飛び出しているツルの一本を引っ張ると、丸々と太った芋が土をかぶったまま飛び出した。

「やるじゃん、繭!」

「里でも自給自足だったからな」

 村雲の里ではほとんどの食べ物を自分達で調達していた。もちろん畑も沢山あった。動物は元より土からの恵みにも感謝しながら生活していた。

「じゃあ、狩りもできるの?」

「ああ、兎を捌けるぞ」

「えぇ」

 アムは顔をひきつらせた。

「お姉ちゃんも動物捌けるよね」

「まぁね。ていうか捕獲もしてるし」

 繭はツルを引っ張る手を止めた。

「ミーム、駄目だ。それが獣化の原因なのだ」

 ミームは特に驚くようすもなく軽くうなづいた。

「やっぱそうなんだ」

 繭は素っ気ない反応に肩透かしを食らった。

「気付いていたのか」

「うん」

「じゃあ繭もそれで獣化したの?」

「私の里は邪気が封印されているから獣化はしないんだ」

「繭がやったの?」

「いや、私が生まれるずっと前からだ」

 村雲の里にもかつて邪気がでたらしく先祖の風水師がかなり大掛かりな封印を行った。本来邪気を封じると漆黒の大岩になるが、里の封印は黒曜石の大きな柱になった。先祖代々無益な殺生をしてこなかったおかげで里の人間がこの邪気により獣化することはほとんどなかった。

 アムが繭を見ながら手で首を締める仕草をした。

「アムだってね、やろうと思えば捕まえたりできるんだよ」

「駄目だ」

 繭は即座に首を振った。

「うー、なんで繭までダメっていうの!」

「さあ、ふたりとも手が止まってるよ」

 アムは芋を引っこ抜く勢いで空中へ飛び上がるとそのまま地面に置かれた籠へ投げ入れていく。

 繭も負けじと土だらけになっていった。


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