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風水師 繭  作者: おおみや
一章 獣の国グレーテ
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5 社の守り人

 繭は龍脈をたどりヴァリトラハン北部のカイラ山を登っていた。風に削られてできた石だらけの山道にはもうだいぶ前から人気がない。封印の地に足を踏み入れる用など風水師でもなければないのだ。ヴァリトラハンでも一番高いこの山は、草木がほとんどなく渇いた砂と大きな石ばかりだ。こんなところに住んでいる生き物といえば小さな蛇やトカゲの類いくらいだった。

 繭は懐から羅盤を取り出した。方位を見定める風水師の道具だ。

 乾 兌 離 震 巽 坎 艮 坤

 右手に羅盤を持ち左手で印を結びながら呪文を唱えた。

 金色の羅盤に引かれた曲線の溝が赤く光りだした。

「やはり頂上のようだな」

 岩だらけの山道は進むにつれ道もだんだん荒くなってきた。次第に鼻をつんざく野生の動物の臭いが漂い、うっすらと黒煙が見えはじめた。こんなにも遠くから臭う邪気ははじめてだった。風に乗り国中にばらまかれているのか。

 繭の育った山とは全てが違っていた。風水師の山は高い木々がうっそうと生い茂り鹿や猪や熊が住んでいる正に神の山だった。それに比べこの山は自然と呼べるものがなく、山全体が大きな岩のようだった。

 額に浮いた汗を拭いながらでこぼことした石の坂を登っていくと巨大な石造りの門が見えた。近づいてよく見ると繭はこの門に見覚えがあった。村雲の里の入り口にも同じ門がある。様々な文字が刻み込まれたそれは、間違いなく風水師が立てたものだ。ただの石ではなく地中のあらゆる鉱物が吸い上げられているうえ、大気中の水分も吸いとり常に修復し続けている。これを破壊できるのは同じ術を使える風水師だけだ。

 繭は右手で印を結び呪文を発した。そのまま左手を添えると、日にさらされていた筈の石の門は、まだひんやりとしていた。次第に門はうごめき砂の粒がパラパラとこぼれ落ち、刻み込まれた文字が光りはじめた。

「唵!」

 さらに呪文を響かせると石の門に亀裂が入りひとつずつ文字の光が消えていくと、遂には大きな音を立てて門全体が崩れ落ちた。

 繭は一息ついて空を見上げた。故郷となにも変わらない晴れた空があった。

 砕けた岩をまたぐとそこは開けた平地で、その中央に巨大な剣を担いだ騎士が立っていた。

「やはり、守り人がいるのか」

 ここまで何の見張りもいなかったのはおかしいと感じていた。封印の大岩の番人だろう。全身は銀色の甲冑で包まれ腰には赤い布が巻いてある。馬の頭を模した兜には赤いたてがみが飾られている。

 馬の騎士は担いだ大剣を足元に突き立て吠えた。

「おまえはここでなにをしている。ここが何処だかわかっているのか」

 低く気丈な若い声だった。繭は気圧されず馬の咆哮に怒鳴り返した。

「私は風水師の繭。邪気を封印しに来た」

「ここの封印を解いたのがそもそも風水師ではないか」

「そのようだな。私はそれを封印しにきたと言っている」

 繭は斜に構え顎で馬の背後にある社を指して見せた。八幡造りの立派な正殿が建っている。この国のこの景色には似つかわしくないが、封印が成功した際に大岩を奉るため神社を建てることが多々あった。大広間や蔵もあり人が住めるようになっているはずだ。馬はその前で大剣を立てて仁王立ちだ。やはり通すつもりはないようだ。

「王の許可は得たのか」

「その必要はない」

「馬鹿にしているのか、貴様。我が王が国のために暁殿を呼び寄せ破壊させたのだぞ」

 母に破壊させたということになっているのか。王の立場を考えれば妥当だ。本当は頭を下げて頼まなければ風水師は決して動かなかったがそうは言えないだろう。一国の王よりも強い存在など民には見せられないという長もいたが、皆最後には頭を下げた。

「暁とは風水師だな。風水師が国のために封印を解くなどあり得ん。なぜそんなことになったのだ」

「知らぬ。だが人は獣化にひかれはじめている。それはもはや疑いようがない」

「マナが目的か」

「違う。単に人であることに飽き、別の道があることに気が付いただけだ。それはヴァリトラハンだけではない。獣の他に修羅もいる」

 人が人であることに飽きる。そんなことがあるのか。繭は怪訝そうな顔をした。

「勝手なことを言うな。民には関係ない」

 いつでも事を決めるのは強者であり繭にはそれが苛立たしかった。弱き者は自分の生活を守ることで精一杯だ。

「関係あるなしではない。何処に生まれたかで全て決まる。現に我々は人から生まれたから人なのだ」

「ではなぜ獣と化すのだ」

「くどい。ここは通さん」

「貴様らが人に飽きようが知ったことではない。押し通る!」

 繭は腰を落とし、ひらめくように御霊の剣を抜いた。

「通さんと言ったはずだ」

 馬の騎士は大剣を水平に構え突進してきた。その獲物からは想像できないほどの速度で突きを繰り出し、繭はすんでで剣先をかわし飛び退いた。

「邪魔をするな。民を何だと思っているんだ」

「民は民だ。そもそも獣化のなにがいけない」

 何がいけない。全部悪いに決まっている。人の平和な生活を破壊する。繭は崩壊させられたグレーテの家族を思い歯ぎしりをした。

「これ以上好きにはさせない」

「黙れ、風水師がこの世の在り方を決める時代は去った」

 馬の獣人は苦々しく吐き捨てた。

 実際風水師は大きな権力を持っていた。それは村雲の里の広さを見てもわかる。山奥にひっそりとある小さな村には違いないがその広大な山自体が里のものなのだ。外から見れば里の詳細はわからなく、その神秘さに拍車をかけた。

 邪気を封印をできるのは風水師だけであり大陸の取り決めで手を出してはいけない神聖な領域となっていた。里に危害を加えた国は近隣諸国から間違いなく攻め込まれる。そうでなければ邪気の封印をやめるだけだ。

 しかしその特権は反感も買っていた。正体のわからない一族に事実上ひれ伏すしかないのだから当然だ。

 強者と言えば風水師こそが強者だった。しかし繭の先祖達もその権力で弱者をもてあそぶことはしなかった。先祖代々己の身もかえりみず邪気を封印してきた。人が人であるために人生を捧げてきたのだ。だからこそ、その在りようが認められてきた。

「決めるのは風水師ではない。民自身だ」

「では国での暮らしを捨てされ。何処へでも行き、流れ者の惨めさを初めて知るがいい」

 いかにも強者の言い分だ。国とは民のものという価値観はなく王族の物だと心底思っているのだ。

「ふざけるな!」

 繭は右手で印を結んだ。

 辺りの大気がざわめき砂が舞い踊ると乾いた匂いと共に繭の体の回りに風が渦巻き、二本のおさげがはためいた。御霊の剣を腰に構えると突風のように馬の騎士に向かっていった。

「疾ッ!」

 風の力を借りた繭は瞬時に間合いを詰めた。

「なに」

 突進しながら白刃が薙ぎ払うと馬の騎士は跳躍しながら容易にかわした。

「未熟な術を使う」

 身を翻し着地しながら大剣を構え直すと嘲笑した。

「ちっ」

 繭は片足だけで踏ん張り反転しながら腰を落とすとあたりに砂煙が舞った。

 馬の騎士は颯爽と間合いに入ると巨大な剣を正眼に構えた。こんな獲物とやり合ってはいかに繭の御霊の剣でも受け切れない。

「いくぞ」

 馬の騎士は繭の頭蓋に向かって高速で大剣を打ち込んだ。繭は斜めに踏み込んでその一撃をかわすと、飛び上がるように踏み込みながら片手で剣を振りかぶった。

 馬の騎士は頭上で大剣を水平に構えた。繭は垂直に思いきり剣を叩きつけると甲高い衝突音を響かせ二人の足が地に沈み込んだ。

「少しはやるようだな」

 馬の騎士は剣を受け止めたまま繭の腹に蹴りを入れ大きく間合いを離した。

「うっ」

 繭は後転しながら手をつき飛び退くと素早く構え直した。

 既に馬の騎士は踏み込み大木のような袈裟斬りを放つと繭は退きながらその巨大な白刃を弾き落とした。

 馬の騎士は構わず下から大波のように大剣を振り上げ、繭を防御の上から吹き飛ばし岩山に叩きつけた。

「くっ」

 よろめきながら立ち上がると側頭部に生暖かい血が垂れた。

「こんなものか」

 馬の騎士は大剣を地に突き刺し首を回した。

「やはり斬り合いは無謀か」

 繭はそう呟くと印を結び空中に飛び上がった。

「また風の力か」

 繭は頭から流れる血を右手に溜めると上空から垂らした。まぶたを閉じ呪文を唱えると馬の足元に血が落ちたと同時に印を突き出した。

「唵!」

 声と同時に馬の騎士を囲うように足元に円いひびが入り、即座に石の柱となって空に向かって伸びだした。

「なに」

 馬の騎士は意表を突かれよろめいた。石柱はどんどん上昇していく。僅かに焦げ付くような殺気を感じ天を仰ぐと、繭が身体を捻りながら力を溜め、剣を振りかぶっていた。

「覚悟!」

 繭はそう叫ぶと下から猛烈な勢いで上ってくる馬の兜めがけて剣を振り下ろした。

 鈍く弾ける音を立て馬の面は両断された。馬の騎士は膝をつき大剣を地に落とした。

「くっ」

 繭が着地すると石の柱はみるみる縮んでいく。斬撃は脳天を外れ致命傷にはならなかった。

「悪く思うな。恨むなら王を恨め」 

 繭は馬の騎士めがけて御霊の剣を振りかぶった。

 その時、背後から凛とした声がした。

「そこまでだ」


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