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風水師 繭  作者: おおみや
一章 獣の国グレーテ
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4 グレーテの庭

「う、うぅん」

 明けはじめた日の光でグレーテは寝具の中で気が付くと、脱ぎ散らかした服や本が繁雑した見なれた部屋にいた。

「気がついたか」

 繭はグレーテの顔を覗きこんだ。

「繭」

 グレーテは小さく息を吐くと再びまぶたを閉じた。

「すまない、私はなんの役にもたてなかった」

 繭は肩を落とし唇を結んだ。

「いいの、繭。風水師があんなところで戦う訳にはいかないもんね」

 グレーテは体を起こし膝を抱えた。繭は立ち上がり台所へ向かった。

「勝手にお茶を沸かしたぞ」

「うん。ありがと」

 ふたつの湯呑みにお茶をそそぐと片方をグレーテに手渡した。

「あたしね、父さんのこと止めたかったんだけどホントはどうすれば良いのかわからなかったんだ。ずっと戦ってきた人間だから」

 グレーテはお茶をすすって一息ついた。

「騎士として戦って死ねるんなら、父さんは満足なのかなって思ったりもしたんだ。でもやっぱりそんなにキレイに死ねる訳ないんだよね」

「グレーテ」

「あんな女に首を跳ねられて」

 グレーテは目を細めて拳を握りしめた。

 繭も朧の事を思い出していた。あの振る舞いと強さは修羅の国がまともな場所ではないことをはっきりと表していた。

「やはり邪気は封印せねばならん。私は争いの火種を絶つ為に来たのだ」

 繭は唇を結び膝に手をかけ立ち上がった。

「繭、そのまえにちょっと付き合ってよ」

 グレーテは繭を見上げながら微笑んだ。



         *



「子供のころはたまにこうして、家族で散歩したもんだよ」

 雲のない空がどこまでも広がる午後、町外れにある低い丘をグレーテは腕を振りながら、軽く跳ねるように歩いていく。どこに向かっているのかわからない。繭は家族以外とこんなふうに歩いたことはなかったので少し胸が踊った。

「こっちこっち」

「随分歩くのだな」

 どんどん街からは遠ざかっていき眼下を一望できるほど高い丘の上まで歩いてきた。首都から遠ざかるにつれて緑が増えていくのはこの辺りが元々他国だった事を意味している。川を跨いだレギムの国を攻め落として手に入れたのだ。

「さあ、もうちょっとだから」

 丘をどんどん登っていくと風が草の匂いを運んできた。いつの間にか足元には茂みが増え草原になっていた。丘を越えるとそこは野うさぎが走り回っている、見渡す限りの花畑だった。

「おお、これは」

 繭はこんなにたくさんの花を見たことはなかった。あたりには黄色の花が一斉に咲いていた。自然と笑みがこぼれてきた。

「あたしが育ててるんだ。すごいでしょ」

 グレーテは頬に指を当てながら片目をつむった。

「ひとりでか」

「うん。ちょっと前はこういう庭園がたくさんあってさ。でもみんなだんだん世話をしなくなっちゃって。今は種を手にいれるのも大変なんだよ」

「そうか」

 獣は花に興味を持たないのだろう。獣化が進むと価値観そのものが変わってしまうようだが、やはり人特有の情のようなものがなくなるのは悲しく思えた。やはり人と獣には大きな隔たりがある。

 花を美しいと思わなくなった後は、どうなるのだろう。

「そうそう、これもあたしが作ったんだよ。ほら、苦労したんだから」

 グレーテは木で出来た長椅子を叩いた。長細く伐られた木を無骨に太い釘で打ち付けただけの物だ。二人は並んで手作りの長椅子に腰を下ろした。

「ねえ、繭は獣人のことどう思う?」

 近くでグレーテの目を見るとやはり瞳孔が四角い。人の目でなくなったそれはどこか神秘的にも思えたが、やはり違和感があるのも認めざるを得なかった。

「私の母も獣人なんだ。私が小さい頃からそうだった。だから自分もいつか獣化するのだと思っていた」

「お母さんは何の獣人なの?」

「朱鷺だ。鳥の獣人だ。幼い頃はその姿に憧れた」

「今は違うの?」

 繭は少し言葉に詰まったが答えは決まっていた。しかしあらためて口にするのは初めてだった。

「もちろん親として、風水師として尊敬している。そんな母を見て私は育ってきた。ただ、今は獣化したいとは思っていない。なぜかは、はっきり言えないが」

 繭は左手を口元に当てると小さく爪を噛んだ。

「そっか。繭は正直者だね」

 グレーテは椅子に座りながら軽く空を蹴った。

 物心がついた時から兄と一緒に剣を振っていた。世の中のいざこざに首を突っ込む風水師は強くなくてはいけない。朝から晩まで修行があり手は豆だらけになり皮は破れた。しかし繭はその生活が嫌ではなかった。幼い頃から母のようになりたいと願う気持ちのほうが強かったのだ。兄のほうがその思いは強く剣を振っているか狩りをしている姿しか見たことはなかった。

 そして来る日も来る日も母に叩きのめされていた。野山を駆け回り滝に打たれ、日が暮れる頃には二人はいつもずたぼろだった。

「なんかすごい家系だね」

「グレーテはどうなんだ」

「あたし?そりゃ初めはびっくりしたよ。最初に角が生えてきたんだけど、誰にも言えなくてさ。髪で隠してたんだけどその髪もくるくるになるし。しばらく鏡を見れなかったよ。でも瞳が四角くなったときにはもう諦めたね。しょうがないって。たださ、回りの子達も獣化し始めたんだよ。だから安心したんだ」

 ヴァリトラハンの村に生まれた一人娘がグレーテだった。

 父は城の戦士でよく戦に出ていた。グレーテが幼い頃既に獣化していた。それ以外はごく普通の家庭だった。

 国の封印が解かれてからは戦の頻度が増えた。普通の兵士も獣化が始まり父はその師団長となった。

 何年かして父は獣化が進みすぎ隊を外された。自我が失われる境目に人は真の獣人と化し狂気を撒き散らせる。家族のことがわからなくなり破壊衝動のままに暴言を吐くようになる。余程のことがない限り自分を律することはできない。会いにやって来る母を父は罵倒し続けた。

 耐えきれなくなった母は父と別れることを決めた。


 涼しい風が二人の間を通りすぎ、揺れる草花の香りがした。

「ねえ、繭」

 グレーテはうつむき、髪をいじりながら言った。

「なんだ」

「もしあたしがさ、獣になったらさ、ここの世話を繭に頼んでもいいかな」

 ややあってから繭は振り向いた。

「不吉なことを言うなグレーテ。ここの世話は一緒にやろう」

 グレーテは繭の方を向き膝を長椅子に乗せた。

「本当?でも封印はどうすんのさ?」

「もちろん旅が終わってからだ」

 グレーテはその言葉が自分の胸を満たしていくのを感じた。繭の大きく真っ直ぐな瞳を少し眩しくも思えた。

「うん、わかった。一緒にやろっか!」

 そう言うとグレーテは繭の手を取り、空いた手を自分の懐に突っ込みなにかを取り出した。

「約束だよ」

 グレーテは繭の手のひらにそっと小さな花の種を乗せた。

 繭はしばらく花の種を見つめると、手を優しく握りしめてうなづいた。

「ああ、約束だ」




 繭が旅立ってからしばらくの間、グレーテは空虚に花を眺めていた。

 元気に走り回る野うさぎを何の感情もなく眺めていた。

 繭と一緒なら、また花に水をやるのが楽しくなるだろうか。

 新しい種を手に入れたとき、強く握りしめながら走ることができるだろうか。

 息を切らしながらここへ来ることが、またできるだろうか。

 そんなことを考えていた。


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