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風水師 繭  作者: おおみや
一章 獣の国グレーテ
3/20

2 寝顔

 日が沈みかかったころ、通りから少し外れた所に石造りの小さな一軒家があった。かなり年季が感じられ所々にヒビが入っていて丸い窓と小さな煙突がある。辺りにもまばらに数件の家屋が見えるがあまり人の気配が感じられなかった。

 グレーテが鍵を回し木の扉を開けた。

「ここだよ。さあ、上がって」

 繭が玄関を除き込むとたくさんの靴が脱ぎ捨てられてあり、それをまたぎながら扉をくぐった。

「お邪魔する」

「え?」

 グレーテは靴を片方脱ぎながら振り向いた。

「なにその挨拶」

 繭はきょとんとした。里では普通の挨拶だ。

「変か?」

「変だよ。聞いたことないよ」

 グレーテは口を大きく開けて笑いながら奥の部屋に案内した。

「遠慮しないで。他に誰もいないから」

 そう言いながら手際よく足元にある本や服を部屋の端に投げると繭の座る隙間ができあがった。

「一人で暮らしているのか」

 繭は恐る恐る空いたすき間に腰を下ろした。同世代の女の部屋に来たのは初めてだった。里に住んでいた村人は何故か年上ばかりだった。

「まあね。父さんは城の兵士で戦ばかりでさ。母さんも獣化が進んで、ちょっと離れたところに住んでるんだ」

 グレーテはやかんに火をかけてコップを二つ並べた。

「新しいお茶の葉っぱが手に入ったんだ、飲むでしょ?」

「ああ、頼む」

 繭は腕を組ながらそわそわしている。

「ねえ、繭は剣を誰かに習ったの」

 グレーテはあごで繭の腰に下げられている剣を指した。

「ああ。幼い頃から母と兄から学んできた。先日初めて獣を殺めた」

 繭は御霊の剣の柄をなで、獣人の喉を斬り裂いた感触を思い出した。

「ふーん。ねえ、この国には何をしに来たのさ?」

 グレーテはカップをひとつ机に置くと窓際に腰を掛けた。月の灯りに照らされ、渦を巻く角の輪郭が光っていた。

「私は大陸の邪気を封印する旅の途中なんだ。ここはまだ最初の国だ」

「封印て、繭は風水師なの?」

「そうだ」

 繭は両手でコップを掴みまだ湯気が立ち上るお茶を飲んだ。うっすら甘い香りがする葉で、一口ごとに息を吐くと心が落ち着いていくのを感じた。

「はじめて見た。本物?」

 グレーテは片足であぐらをかきながら身を乗り出した。

「数日まえになったばかりだがな」

 繭は懐から鏡を取りだし指差した。風水師が珍しがられるのは母を見て慣れていた。話す相手を間違えると、この時点で何らかの厄介事に巻き込まれる。

「でもここは封印できないよ。王様が獣化に賛成なんだから。国民はみんな獣化しないといけないの」

 グレーテはかぶりを振って氷を口にほおばった。この氷の玉はさっきから全く減らなかった。

「どうやらそのようだな。困ったものだ」

 繭はお茶を飲みほしコップを机に置くと小さくため息をついた。

「ねえ、戦とかは行くの?」

 繭にはグレーテの目が少しだけ輝いたように見えた。

「いや、風水師のしきたりとしてどこの国にも荷担はしない。必要なければあまり戦いたくもない」

「そっか。そりゃそうだよね。あたしは今度また戦に行くんだ」

 マナの力は大きな援護になる。グレーテの氷にしても本気を出せば人の命を奪うことができてしまうはずだ。

「拒むことはできないのか」

「うーん、それで家族に仕送りもできるし、それにマナ同盟も抜ける訳にはいかないし」

 グレーテはうつむきながら人差し指を前髪に絡ませた。

「マナ同盟。なんだそれは」

「うちらみたいなのは戦に参加させられるから。でもあんまり不利な条件にならないように群れてるんだよ。大きな戦には参加することになってるんだ」

「そうか」

 立場の弱いものが大きな力を手にしても必ず利用される。使用した者が見つかれば必ず密告され戦に駆り出されるだろう。マナの力はあまりにも目立ちすぎる。マナなど持たないほうが幸せなのだ。人と違うものを持っているだけで妬みを買い厄介ごとに巻き込まれる。繭もある程度は覚悟をしていた。

「あたしも結構、殺しちゃってるんだ」

 繭はその言葉に何も返せなかった。

「なんか、悪魔みたいでしょ。あたし」

グレーテは棒に刺した氷をつまみながら言った。

「この国を出ることはできないのか?」

 繭は半ばわかっていることを聞いた。

「ちょっと想像できないな、今さら。だいたいよそに行っても多分同じだよ」

「そうかも知れないな」

 確かにその通りだ。マナの力を持つもの同士は引かれ合う。いずれ同じ顛末に至るだろう。この獣の国は獣人にとってはむしろ暮らしやすい可能性すらある。

「寝よっか」

 グレーテは窓際から腰を上げた。


 繭は暗闇を歩いていた。光も音もない暗闇を一人で歩いていた。

 何もない空間をしばらく歩いていると、目の前に狼の獣が現れた。

 狼の獣が内蔵を出しながらこちらを向いた。繭が驚いて尻もちをつくと、床に液体がぽたぽたと落ちた。見上げると数体の獣の死体が岩の刺に貫かれ空中に吊るされていた。狼達の目は開かれ舌が飛び出していた。

 繭は立ち上がり逃げるように走り出すと犬の獣人が姿を現した。

 三匹の犬の獣人がしゃがみこんでなにかを食べている。繭が恐る恐る近づいてみると獣人達がむさぼっていたのは人間だった。黒い狩束のお下げの少女だ。

 食べられているのは自分だった。


 繭は弾けるように飛び起きた。

 大きく目を見開き息は乱れ、心臓は激しく踊っていた。

 繭は両手で顔を覆うと、気を沈めながら何度も深く息を吸い込んだ。

 徐々に落ち着きを取り戻した繭は、ふと隣で寝ているグレーテを見ると実に安らかな寝顔だった。



         *



「王、風水師の娘が現れました」

 何本もの石の柱がそびえ立つ堅牢な王の間で、鋭いくちばしの鳥の獣人が立て膝をついていた。目の前の長い階段からは金の刺繍が施された赤い絨毯が敷かれておりその上で頭を垂れている。頑丈な皮でできた身軽そうな鎧を身につけていた。

「なんだと。風水師、だと」

 玉座に腰掛けていたのは獅子の獣人だった。分厚い黒い鎧を着込み緑のマントを纏っている。頭は完全に獅子で、その燃えるようなたてがみは威厳に満ちていた。

「確かなのだな」

「はい。まだ小娘に見えますが暁殿と同じ匂いがしました。それに獣人を三匹けしかけましたが容易くかわされました。間違いありません。繭という名です」

 王は小さくため息をついた。

「せっかく暁が封印を解いてくれたというのに。なにが狙いだ。風水師は一子相伝、暁の娘ということになる」

 ヴァリトラハン王とて風水師のことはわずかなことしか知らなかった。

 しかし暁とは面識があった。まだ小さな国だったヴァリトラハンに現れた朱鷺の獣人は、この地にある封印を壊すと言ってきた。封印の場所すら知らなかった王はカイラ山の頂上にかつて邪気がでていた事を知らされ驚愕した。当然獣化によりなにが起こるかは誰の目にも明らかだった。

「今さら獣化を拒むことは許さぬ」

 王は玉座の肘掛けに拳を落とした。

「この国を獣の国にしたのはそもそも暁だ」

 王は風水師の持つ巨大な権力が忌々しかった。一族で山を所有し、隠れて住んでいるものがこの大陸の有り様を決めてるのだ。

 風水師は民の味方と言われてきたが、獣化を望む者達は密かに斬り伏せられてきた。それが急にこの国の封印を解き獣の国として幕をあけたのだ。

 しかし王に迷いはなかった。何かを犠牲にしなければ単なる荒野の国として何の名誉もないまま朽ちていくだけだった。

 国の長としても力を振るいようがなく王は長年苦しんでいた。

 また国民も半数は同じ気持ちだった。邪気が解き放たれたのは幸運と思う者さえいた。獣の国、おおいに結構。実際、人の姿さえ捨てれば欲しかった物はまとめて手に入った。


「いかが致しましょう。後はつけさせています」

 鳥の獣人が立て膝のまま問うた。

「しばらく泳がせろ。封印の地に訪れるようなら、奴がいる」

「はい。そしてもうひとつ」

「なんだ」

「修羅の国の軍がこちらへ向かっております」

 獅子の王は額に手をあて首を横に振った。

「またか、どの程度だ」

「は、およそ騎馬千に歩兵三千です。首斬り納言もおります」

「いつまで奴の遊びに付き合うつもりだ」

 ヴァリトラハンの邪気そのものを奪おうとする国がでてくるのは必然だった。しかし獣人で組まれた軍団とまともに戦などできる国は限られていた。修羅の国はその中でも度々仕掛けてくる数少ない国だった。

 鳥の獣人は立ち上がった。

「はっ、今度こそ、必ずや討ち取って見せます」


「お父様!」

 そびえ立つ石の柱の間から、十二歳ほどの男の子が走ってきた。

「なんだ息子よ。剣の稽古はどうした」

「お父様、また戦ですか。私があれほど反対しているのに、何故考えを改めて頂けないのですか」

 息子は硬く拳を握りしめ身を乗り出した。

「向こうから攻めて来ているのだ。迎え撃つしかあるまい」

「お父様、我々は人間です。話し合うということができます」

「お前はそれでも我が子か。レーベよ。この獅子の王の息子が獣化にも反対する有り様では示しがつかん」

「私は獣化しとうありません。母様も人の姿を愛されていました」

「それを言うな、息子よ。どの道、力は必要だ。お前はいずれ民を守る立場になるのだぞ」

「それは、わかっております。ですが、まずは話し合うべきです」

 そういうと王子は走っていった。王はため息をついた。

「一度あの女当主と会わせておくのもよいかもしれんな」

「危険すぎます!」

 鳥の獣人が一歩前へ出ると声を張った。獅子の王は再びため息をついた。

「冗談の通じぬ奴だ」


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