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見えざる虐待

 高校時代、先生が皆の前で


 「親を尊敬しなさい」


と話した。

 推薦で進学するクラスメイトたちは、受験に備えて面接の指導を学校で受けていた。

 クラスメイトたちは「尊敬する人は」の質問に「両親です」と答えるようにと先生たちから指導を受けていた。

 私はそれをクラスメイトが話しているのを聞いた時、そんな心にもない台詞は絶対に言えないと思った。


 「親を敬うべき」


と多くの人が言う。


 「親なんか嫌いだ」


と言うと


 「心の底では感謝しているだろう?」


と言う人がいる。


 「親なんか……、」


と言うと


 「それでも親子というのは強い絆と愛情で結ばれている」


と言う人がいる。


 そのような事を言う人物は、よっぽど不幸というものを知らないのだろう、と思ってしまう。

 私は本当に本当に親が嫌いだった。

 なぜそれを皆、理解できないのだろう。

 同じ墓になど、決してはいるつもりはない。

 亡くなった両親を、神様が生き返らせてくれると言ってくれても、お断りだ。


 子ども時代には戻りたくない。

 大人になった今が本当に幸せだと思っている。

 世の中は愛情に溢れた親子ばかりではない。



 私は子どもながらに苦悩(今思うと小さい悩みばかりだったが)に満ち、毎晩ひとり布団で泣きながら寝ていた、辛い子ども時代しか記憶にない。


 UGCにはスカウトでしか入庁できない。

 スカウトされた時点ではほぼ入庁が決まっている。

 スカウトマンに目を付けられると、本人が知らない間に身辺調査が行われ、予告なしに、知らないうちに自然な形で「面接」が行われる。

 カフェに誘って雑談、というような形式でさりげなく何度かどんな人物か探られ、そのような「面談」を繰り返したのち、さりげなく意志を確認される。

 それが「スカウト」だ。

 決して行き当たりばったりのスカウトはない。

 スカウトマンは、悪く言えばまるでマスコミのように張り付き、追跡調査をし、問題なければ接触して何度か会話を交わす。

 会話を交わしながら性格や考え方、好み、夢や目標などを知り尽くした上で会議にて承認されればスカウトに至る。


 もちろん、UGCはスカウトする時点では組織については触れず、まずは実際に存在するUGCの関連会社に籍を置かせる。

 会社は独立行政法人の福祉関係の会社だ。

 そこで職務遂行能力が試され、いわゆる試験期間を経たのちに議会で承諾されれば、正式にUGCへ招待され、初めてUGCの存在を知ることになる。


 私は9歳の時に目を付けられ、13歳と18歳の時に軽い面接が行われていたらしい。

 そして大学の寮へ引っ越す当日、スカウトされた。

 成人前のスカウトは異例のスカウトだったらしい。

 当時まだUGCは発足したばかりだった。

 公に募集をかけるわけにもいかず、スカウトマンによる地道な人材探しが行われていた。


 親には大学寮に住んでいるということになっていたが、スカウトされてからは本部に住み、そこから大学に通った。

 私はスカウト前、ある事件ですでにUGCの人間と接触し、警察とは違う何か特別な組織が存在することを知っていた。


 私の場合は異例で、スカウトと同時にUGCの存在を聞かされ、翌日からUGCの職員としてふさわしい知識、技術を身に着けるべく厳しい訓練を受け、勉強もした。

 大学のサークルなどには入らず、親しい友人も作らず、大学の授業が終わると真っ先に本部へ戻り、語学や法律、政治、難解なパズルや膨大な量の顔写真を見たり確立や推論、さまざまな訓練や教育を受けた。

 もともと勉強が好きだったので苦ではなかったし、家にいるよりずっとそこは居心地がよく、いろんな事を教えてくれる大人が大勢いることが楽しくてならなかった。


 大学で友人を作って、楽しく大学生生活を満喫するのも大切だと思う。

 しかし私の育った環境から、自分が人から好かれたり人を楽しませたりする事は不可能だと思っていた。

 楽しい経験も会話にも乏しい家庭環境の中にいた私は、話題には乏しく、おしゃべりを楽しむような友人を作るのは難しく無理だった。

 だから1回生の時は大学ではほとんど会話をしなかった。


 しかし、本部での生活や訓練でいろいろな知識を得て、妄想や想像ではなく、現実的な解決策や、化学や医学の見地から物事を判断したり考える事ができるようになると、自然と口数が多くなった。

 UGCは私を色々なところにも連れて行ってくれた。

 川や海、山。

 彼らとの旅は一味違っていて、川では水遊びではなく、激流をゴムボートで下ったり、ずぶぬれになりながら滝をロッククライミングしたり、春や秋はただ桜や紅葉を楽しむのではなく、険しい斜面に咲く桜や紅葉を登山やロッククライミングして見に行った。

 冬はは傾斜50度はあるのではないかという雪山をスキーで滑った。

 海外にも連れていってくれた。

 しかし観光地ではなく、治安の悪い危険な都市に出向き、そこで身の守り方や逃げ方を教わり、実践した。


 経験を積めば積むほど、また多くの人々と触れ合うことで色々な考え方や疑問、好奇心が生まれた。

 UGCの勧めもあって2回生からはカフェやレストランでアルバイトも経験した。

 多くの経験を積んだおかげで話題は豊富となり、無口だった私は、2回生からは大学でかなり会話をするようになっていた。

 おかげで浅く広く友人もでき、大学生活は満喫できたが、つきあいは大学内だけにとどめ、プライベートな話や飲み会の参加などはしなかった。

 それなりに大学生活を楽しみつつも、やはりUGCで学ぶ事の方が何より楽しく、私はUGCとの生活にすっかり溶け込み、UGCは私が生まれて初めて「帰りたい」と思える場所となった。


 大学生になってからは、正月すら実家には帰らず、家を出て以来、親とはほとんど会っていない。

 アルバイトを始めてからは、寮費とおこずかいは自分で稼ぐと言って、親の仕送りを断った。

 大学卒業後は一般企業に就職し、アパートで独り暮らしを始めた、と嘘の手紙で親に近況を知らせた。

 彼らは私がいい学歴といい会社に就職し自立しているという事実さえあればそれでよかった。

 周囲に、自分たちは立派に子どもを育てあげ、自立させたのだ、と自慢ができれば、それでよかったのだ。

 私は両親とは事務的な必要事項以外、ほとんど会話をした事がなかった。

 両親とも早くに亡くなっが、両親の死は悲しくも寂しくもなかった。

 UGCはそんな私に目を付け、スカウトしてくれた。


 私の父は一流大学を出て一流企業に勤め、厳格で自己中心的な人間だった。


 「俺のおかげで今の生活が出来るんだ、感謝しろ」


が口癖だった。

 自分がどれだけ優れた人間か、とくとくと私に言い聞かせて、敬うことを強いた。

 逆らうことなど許されなかった。

 気に入らないとすぐ睨まれた。

 私は小さい時から彼の目つきで


 「今のはやってはいけない事だったのだ、言ってはいけなかったのだ」


と彼の心情を読み取りながら生活していた。

 良いか悪いか両親の顔を見て判断しながら、怯えて暮らす環境の中で育った。


 会話のない家で、私は常に恐怖と窮屈さの中で生き、家にいるにも関わらず常に緊張していたせいか、子どものくせに頭痛もちだった。

 私が覚えている限り、小学2年生の頃から(なぜかそれまでの幼少期の記憶が無い)週の半分を頭痛で苦しむ日々を過ごし、親にはそれを伝えようともしなかった。

 具合が悪くても、熱がなければ「気のせい」で母は対応を済ませ、看病などしてもらえなかった。


 今思えば、頭痛は極度の緊張や不安から来るものだったのだろう。

 いつもいつも頭痛に耐えていた。

 大人であれば頭痛薬を飲めば済んだのであろうが、子どもが飲める薬は薬箱にはなかったし、勝手に薬は飲めないし、小学校低学年の私には薬箱の漢字も読めず、意味も分からなかった。

 私には耐えることしかできなかった。


 母親は親戚やご近所にはとても愛想がよく、そして父の言いなりだった。

 私をかばったり守ろうとは決してしなかった。


 それどころか、周囲を笑わせたり話を盛り上げるために、常に私を話題にした。

 子どもにありがちな私の失敗を話題にする母親を、私は当時から憎んでいた。

 謙遜のつもりか


 「出来の悪い娘で」


 と言っては、私の恥ずかしい失敗を言いふらし、周囲を笑わせていた。


 そんな母親が大嫌いだった。


 父に咎められ、子どもであるが故に、言いたいことを言えない私の気持ちを、母は理解しようとか、私に代わって代弁しようとか、慰めようとか、そんな気持ちは持ち合わせていなかった。

 子どもを楽しませようとか、笑わせようとか、勇気が沸くような言葉をかけようとか、不安を取り除こうとか、そんな事は何ひとつしてくれなかった。

 私の子ども時代は常にどん底だった。

 子どもではあったが、すでに人生は真っ暗だった。

 恐怖と緊張と、顔色を伺う毎日で何も楽しいことはなかった。


 現代であれば、こういうのを見えざる虐待というらしい。

読んで頂きまして、ありがとうございます。

「UGC」については、本編の【私はアイテム】 5部分【5.UGC】 で、もっと分かりやすく説明をしています。

本編の【私はアイテム】もどうぞよろしくお願い致します。

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