奴隷の荷揚げ港ベラクルス ★
行長がベラクルスに行く事に合わせ、武将らはイスパニア人へ求める項目を協議した。
真っ先に要求したいのは帰国への支援で、敵対するつもりが無い事は強調したい所だ。
食料についても都合をつけてもらいたく、その費用をどうするのか交渉せねばならない。
また、偵察に出た清正らの報告を受け、城の周りに田畑を作る許可を得る事も決まる。
許可を得ると言えば聞こえは良いが、たとえ認められなかった所で強引にやるだけなので、形だけの通告に過ぎない。
田畑を作るのは、作物の種を持った農民がいる事が分かったからだ。
今回、名護屋城の近くに住んでいた民衆もかなりの数が移ってきており、種籾を持っていた農民も多数いた。
九州では稲作の始まりが遅いので、苗代への播種がまだだった事が幸いした形だ。
気候は寧ろ暑いくらいで、今から田を作れば間に合いそうである。
帰国には時間が必要であり、食料の確保は最優先事項であった。
自ら築城をする武将らにとって土木工事はお手の物であり、城から見える広大な未開拓の大地に興奮を隠せない。
直茂の報告によれば小川もあり、水田にするには適しているだろう。
開墾の段取りは城作りの名人と称される黒田孝高、その嫡男の長政に任せる。
高低差、地質を調べ、水路をどこにどう配置するかを決めてもらう。
堀に水を使う城作りは水利に通じていないと不可能で、それに長じた孝高は適任だろう。
また、水稲に適さない土地には畑を作り、果樹や野菜を育てたい。
それに合わせ、この地方の作物の種を求める事も決まった。
帰国するのであれば全軍がアカプルコに向かう方が効率的だが、行った先に食べ物がなければ全員が飢えかねない。
知らない地で食べ物を得る方法を探るより、今のこの地で帰国までの時間を乗り切る方が正しいだろう。
川に挟まれた場所であるから、稲作に適していそうだからだ。
しかし、たとえ今から稲作を始められたとしても、収穫までには城の米は尽きてしまう。
種籾の量も十分ではなく、初めの収穫は全て次の籾に回さなければならなくなるかもしれないとすれば、米に代わる物が必要であった。
イスパニア人が米を育てているのなら手に入るだろうし、種籾の足しにもなるだろう。
唐芋があるなら栽培も容易であるし育ちも早い。
この地に合った作物の種苗は、何としても手に入れねばならなかった。
協議を終え、準備を整えた行長は名護屋城を発った。
イスパニア人に馬を借り受けており、案内役に導かれての行程である。
城から真っ直ぐ南に向かい、もう一つの川を渡って更に南に進む。
途中から獣道に毛が生えた様な道に出たが、その両側は清正らの言う通り、何かに使われている様には見えないただの草原が広がっていた。
「この広さ、恐ろしいくらいですね……」
同行していた忠興が言った。
城から見ていては実感出来ない、あり得ないくらいの広さである。
忠興の言葉に行長が応えた。
「どうして利用しないのだろう?」
「村さえ見えませんから、そもそも人がいないのかもしれませんね」
「それは確かに言える」
ここまで住民らしき者達にすら出会っていない。
人がいないとすれば未開発なのも無理はないだろう。
直茂が言っていた集落の跡も、行長らの前には現れなかった。
「お? 家が見え始めた様だ」
「やっとですか!」
大きい道へと出、ポツポツと家が見え始めた。
案内役が指さし、通訳のフロイスが伝える。
「アレガ、ベラクルス、デス」
「ほう? 流石に大きいな」
「中々の町ですね」
遠目にベラクルスの町を眺める。
何も無い草原を進んだせいか、1万人という町も随分と大きく見えた。
「何だあの者らは?」
「足を鎖で繋がれていますね」
町へと到着し、珍しい街並みにキョロキョロと見入っていると、町中を進む人の列が目に留まり、興味を惹かれて足を止めた。
それぞれの足を鎖で繋がれ、一列になって道を歩いている。
監視役なのか、イスパニア人が鞭を持って列を見張っていた。
「皆、肌が黒いな」
「お館様(織田信長)が召し抱えた弥助と同じ?」
忠興には見覚えがあった。
弥助は巡察師ヴァリニャーノが日本に来た時に連れていたアフリカ人の召使である。
信長が彼をいたく気に入り、手元に置いた。
「神父、あれは何だ? 罪人の列なのか?」
「……」
足を鎖で繋がれているので、行長がそう思うのも無理はないだろう。
行長が問うがフロイスは答えない。
「神父?」
もう一度尋ねる。
フロイスは観念した様に答えた。
「アレハ奴隷デス」
「奴隷?」
当時の日本にも奴隷はいたので、その事自体に驚きはしない。
5年前、秀吉の伴天連追放令によって海外への奴隷輸出は禁止されたが、国内では今も盛んに売買が行われている。
それよりも気になったのは別の事だ。
「奴隷は天の父の教えに適うのか?」
愛を説くキリストの教えに帰依した行長である。
戦や貧困など、奴隷の境遇に陥る者が多い事に心を痛めていたが、非力な自分にはどうしようもないと感じていた。
領地を守るだけで精一杯であったし、考えの違う者らの心を変える事など簡単には出来ないからだ。
しかし、キリストの教えが盛んな筈のイスパニアの領地で、奴隷がいる事は信じられない。
「私ハ、人ヲ奴隷ニスル事ヲ憂イテイマス……」
フロイスが苦しそうに言った。
その表情に行長も察する。
「人の世はどこも綺麗事では済まないという事か……」
キリストの教えに帰依しながら、戦では容赦せずに敵を殺すのが自分でもある。
心の平安をどれだけ祈っても、浮世の柵からは自由にはなれない。
それは南蛮も同じである様だ。
フロイスの苦悩を思い、行長は話題を変える。
「あの奴隷達はどこから連れて来たのだ?」
「アフリカデス」
フロイスは行長の心遣いに感謝した。
奴隷を船から荷揚げし、鎖に繋いで歩かせていたのか?
想像で書いています。
船では鎖に繋いでいたかもしれませんが、町中はどうだったのでしょう?
間違えていたらすみません。
地図ですが、ベラクルスの町は開発途上であろうと思われますので、家々を削って平野にしています。
雑な修正で申し訳ありません。