イスパニア人の到来 ★
行長は天守閣からの眺めに見入っていた。
清正と同様昨日は冷静に見る事が出来ず、今日はしっかりと見れている。
他の武将達もおり、それぞれが自らの身に起こった異変を実感していた。
名護屋城天守閣、望楼型五重七階から見える光景に感嘆する者、驚く者、呆然とする者、反応は様々であったが、共通していた事が一つだけある。
あり得ない事態だという、その実感だった。
行長はふと下に目をやった。
そこでは崩れた城の石垣を直している兵達の姿があり、城の井戸を掘り返している者達もいる。
目を上げれば、城から遠く離れた地を行く清正らの姿も見えた。
彼らの向かっている先には、どこまでも広がる大地が横たわっている。
城の西、遠く霞んだ所に山が見えた。
「この広さ、信じられませんね……」
「確かにな……」
隣にいた義智が呟き、行長もそれに同意する。
「狭い対馬にこれだけの土地はありません」
「我が領地にもだ。いや、日の本のどこにも、ここと比類する地はないのではないか?」
「徳川殿の関東もですか?」
義智が尋ねた。
徳川家康が国替された関東八州は250万石で、石高で言えば2万石程度の対馬からは想像もつかない広さである。
「関東は見た事がないが、ここを開拓すれば250万石どころではないだろう。少なくとも1千万石、それ以上は確実ではないか?」
「1千万石!?」
その数字に義智は驚く。
義智の声に周りも反応した。
「1千万石とは控え目に過ぎると思うぞ」
元親であった。
「そう言えば元親殿は、小田原征伐に水軍として参加されていましたな」
「左様。船から見た関東に比べれば、こちらの広さは段違いである!」
「そこまで?!」
その言葉に行長も驚いた。
秀吉による北条家包囲網に参加した元親は、船から関東一体を眺めている。
双方の広さの比較が出来た。
そんな話をしている時である。
「あれは南蛮人ではないですか?」
忠興が声を出した。
交渉役の行長はすぐに駆け付け、外を見る。
「どこです?」
「あそこですよ」
忠興が指さす先には馬に乗った集団があった。
彼方から土埃を上げて近づいて来るのが見える。
「来たか! では彼らの仲間を伴い、交渉に備えるとしよう!」
「穏便に済む事を祈っていますよ」
忠興が平素と変わらない表情で言った。
「二名だけが来るか……」
「流石に警戒しますよね……」
城を後ろに控え待つ行長、義智らの下に騎乗の兵が二名、近づいてくる。
彼らの本隊は遥か後方、城から距離を取っていた。
本隊は銃を装備している様子で、人数にして50人はいる。
全員が馬に乗っていた。
因みに行長らに馬はいない。
「見ろ! 馬がでかいぞ!」
「本当ですね!」
近づいてくる馬を見て驚いた。
日本の馬と比べて非常に大きい。
驚く行長らの前に馬は停まり、馬上から声を掛けられる。
「神父、宜しく致す」
「分カリマシタ」
フロイスに通訳を頼み、彼らと話をする。
『仲間は無事なのか?』
「貴殿達と敵対するつもりは無い」
まずは捕らえていたイスパニア人らを解放した。
眠れなかったのか疲れ切っており、ぐったりとしている。
とはいえ歩けないという訳ではなく、解放された途端に戻っていった。
馬上の一人が本隊に合図を送る。
数馬やって来て、解放された彼らの仲間を後ろに乗せて帰っていった。
初めの二人が再び行長らに向き直る。
『お前達は何者なのか?』
「我々は日の本、貴殿達の言うジパングから来た」
『ジパングだと!?』
行長の言葉に口を大きく開けて驚く。
『あの城はいつの間に建てた?』
名護屋城を指さし、尋ねた。
「あの城は我らが日の本に建てた城だ。信じられぬと思うが、昨日の間に日の本からこの地に移っていたのだ」
『何だと?!』
再び驚愕する。
『一体何の目的だ? この地を侵略に来たのか?』
一転、厳しい顔で聞く。
城と共に大勢の軍勢とあれば、侵略に来たと思うのが普通だろう。
誤解を解きたいという風に行長は答えた。
「貴殿らとは不幸があったが、我らは日の本に帰りたいだけだ。アカプルコからマニラに向けて船が出ていると聞いた。それに乗せて貰えるとありがたい」
『確かにアカプルコから船は出ているが……』
「重ねてお願い申す」
行長は頭を下げる。
それに心が動かされた訳では無いだろうが、どうにかしようという気配を感じさせる口調で尋ねた。
『お前達は何人いるのか?』
その質問に行長は詰まる。
黙り込んだ行長を不思議に思ったのか、再び尋ねてきた。
『何人なのだ? 百や二百ならば直ぐに帰る事が出来るぞ?』
ガレオン船に千人乗れる事は知っている。
しかし行長らの数は桁が違う。
決心を固めつつも、バツが悪いという顔で口にした。
「実は20万人を超える……」
『20万人だと!?』
イスパニア人の二人は顔を見合わせた。
『20万人というのは本当なのか?』
「本当だ……」
その答えを受け、彼らは言った。
『すまんが百や二百を船に乗せるのとは事情が異なる! メキシコシティの行政官に尋ねねば返答は出来ぬ!』
「貴殿の事情は十分に理解する」
流石に数が多すぎるだろう。
『お前達が我らと敵対するつもりは無い事は分かった。我らの町に来て上官に説明してもらえると助かる」
「それは当然であるな」
秀家に報告してベラクルスに行く許可をもらう。
偵察部隊の報告を待ち、今後の方針を決めた。
※平野の比較