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帰国の方法 ★

 行長はフロイスから聞いた話を続けた。


 「ここはベラクルスという町から近い場所だそうだが、山を挟んだ反対側にアカプルコという町があるそうだ。我が国で言うと阿蘇を挟んだ肥後と日向ひゅうがだな。そのアカプルコからマニラ(フィリピン)に向けてガレオン船が出ているそうだ」

 「本当か?!」


 ガレオン船は日本にも来ていたので知っている者は多い。

 ここにいるのは西日本の武将達なので尚更であった。


 「して、航海の期間は?」

 「およそ四ヵ月だそうだ」

 「四ヵ月!?」


 その長さに驚く。

 ガレオン船は速度が出ず、時間がかかった。


 「船には何人乗る?」

 「およそ1千人」

 「1千か……」

 

 1千人となるとかなりの人数ではある。


 「船の数はどのくらいだ?」

 「年に三隻くらいしか出ていないそうだ」

 「それだけ?!」


 船には1千人が乗るが、年に三隻の運行で一回の航海に往復八カ月必要となると、帰国の見通しは暗い。


 「むこうとこちらでの物資の補給時間を考えれば、一年で帰る事が出来るのは3千人が精々か……」

 「我らは20万を超える。船の数が同じままなら全員が帰るには70年もかかってしまうぞ!」

 「帰るまでにじじいになってしまうではないか!」


 折角の朗報であったが、いきなり暗雲が垂れ込めた。

 個々が思いついた案を述べる。 


 「船を百隻くらい作ればどうだ? それだと一回で1万人、20年に短縮出来るぞ?」

 「そんな金がどこにある?」

 「奪えば良いではないか!」

 「どこから奪うというのだ?」


 それぞれがそれぞれの意見を述べ、場は紛糾した。


 「各々(おのおの)方、それよりも明日の米、飲む水を心配した方が良いのではないか?」


 議論を黙って聞いていた隆景が懸念を述べた。

 今回の渡海しての戦に、兵糧は現地調達する事を基本に考えていたので、そこまでの量は準備していない。

 隆景の指摘に皆はざわつく。

 兵糧については考えていなかったからである。


 「石田殿、兵糧はどのくらい持つ?」


 隆景が総奉行の石田三成に尋ねた。

 必要な物資の管理は彼の担当だ。

 三成は考え、答える。


 「米が手に入らないなら持って三ヵ月!」

 「それだけか?!」


 一同から悲鳴に似た叫びが上がる。


 「海があるし船で魚は捕れるだろうが、不味いな……」

 「早急に米を手に入れねば!」

 「それはそうと、ここに米はあるのか?」


 手に入れようとしても、物が無ければどうにもならない。

 行長が言った。


 「イスパニア人は米を食うそうだ。この地でも育てている可能性は高い」

 「そうなのか? それを手に入れれば良いな!」

 「買う金が無いぞ?」

 「高麗でも奪うつもりだったのだ。ここでも奪えば良い!」


 戦国の世を戦い抜いてきた彼らである。

 飢えるくらいなら、躊躇する事なく奪い取る事を選ぶのは当然であった。


 「となると、そのべら……」

 「ベラクルス」

 「そう、そのベラクルスを真っ先に攻めるべきではないか?」


 決断即行動の速さが戦国武将の強さの一つであろう。

 南蛮人だからと言って遠慮する理由も無い。

 それに、力のある者がその地を支配するのは当然とも言える。


 「しかし、どんな町なのか知らないのに無闇な行動は起こせんぞ?」

 「その町の様子はどんなだ?」


 行長に尋ねた。


 「歩いて半日の所にあるそうで、住民は1万人だそうだ」


 直線距離にして20キロ、健脚の彼らならすぐだ。


 「住民が1万?」

 「ならば兵は多くて5千か? 戦うまでもないのではないか?」


 行長の答えに拍子抜けする。


 「投降を呼びかけて従えば良し、従わないならそのまま攻め落とせば良かろう」

 「それがいい!」


 朝鮮半島を通り抜け、大陸まで進出しようと考えていた彼らである。

 武力行使は望む所であった。


 「待たれよ!」


 行長が待ったをかけた。

 好戦論に反対する。


 「理由は兎も角、彼らの領地に突然入り込んだのは我らだ。兵糧が足りぬとて、いきなり襲うのは如何いかがな物か。まずは捕らえた者達を連れ、交渉すべきと考える」

 「う、うむ……」


 尤もな意見に思われた。

 好戦派の清正が反対の声を上げようとする機先を制し、言う。


 「それに、太閤殿の我らへの命は高麗への侵攻の筈。こんな所でモタモタしている暇は無く、あらゆる手段を使って早急に帰国し、高麗へ渡るべきではないか?」

 「ぐ!」


 清正は二の句を継げない。

 言われてみればその通りである。


 「いたずらに彼らとの間に軋轢あつれきを生じさせ、ガレオン船を使えなくなったら問題であろう。ここは大人しく話し合い、穏便に解決を図るのが正しいのではないか?」

 「それもそうだが既に騒動は起きたぞ? 穏便に済むのか?」


 長曾我部元親もとちかが義弘をチラッと見、言った。

 元親は秀吉の九州征伐に参加し、島津家久勢に嫡男信親のぶちかを討たれ、失っている。

 島津には思う所のある元親に行長は答えた。


 「幸い、こちらには南蛮の言葉が分かる伴天連ばてれんがいる。向こうでも地位のある者達なので、彼らとの話し合いには最適だと思う」

 「それなら良いが……」


 イエズス会士のルイス・フロイスと、巡察師のアレッサンドロ・ヴァリニャーノ。

 交渉役にはもってこいであろう。


 「何やら思い込んだまま話が進んでいるのではないですかな?」


 細川忠興ただおきが口を開いた。


 「そもそもここはどこなのか、我らに何が起きているのか、本当には分かっておりませぬぞ?」

 「それは確かに。嘘を言っているやもしれぬ」


 そういう意味では確定している事は無い。

 

 「如何するのだ、秀家殿?」


 一同の視線は総大将の秀家に向いた。 


 「隆景殿はどう考える?」


 隆景の意見を求めた。

 正直、今回起きている事は自分の想像を超え、まるで判断がつかない。

 場を任された隆景は己の考えを述べる。


 「ここがどこかも分からん中で、下手な動きを取るのは不味かろう。まずは周囲の確認が必要だ。だが、それに大勢は必要無いのも事実。仲間の奪還にやって来るかもしれない南蛮人に備える事も必要であるし、水などの確保もせねばならん」


 妥当な線を言う。


 「起こった事は仕方ないが、行長殿の言う様に事を荒立てる必要もあるまい。まずは交渉し、それから考えても良かろう。相手は南蛮人なのだし、数が少ないからといって侮るのは宜しくあるまい」


 火薬や砲弾、大筒(大砲)など、彼らから買っている物は多い。


 「だが、話し合いが決裂する事もあるだろうし、そのまま戦となるやもしれぬ。その時、城が壊れていては我らの面目が立たん! 空が明るくなったら城を調べ、直す所は直すべきであろう」


 城の石垣が壊れたままなど、城を持つ身としては恥でしかあるまい。

 結論を言う。


 「南蛮人には交渉を前提として接し、併せて城の周りを調べる事で良いのではないだろうか?」


 秀家はそれを受け、判断を下した。


 「南蛮人とは争わず、我らの帰国に協力を求めよう。それと共に、必要な物が周りにあるのか調べる事とする」

 「承服した」


 一同、それで納得する。

 行長はイスパニア人との交渉役を任された。


※当時の世界航路

挿絵(By みてみん)

※スペインのガレオン船

挿絵(By みてみん)

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