行長の天敵加藤清正 ★
聞こえてきた清正の声に行長が途端に渋面となる。
「先鋒の者がどうしてここにいる?」
行長の姿を認め、言い募った。
唐入り自体に消極的な行長とは違い、清正は秀吉の思いを叶えるべく意欲に燃えている。
自分が先鋒を任せられなかった事にも納得していなかったし、その譲った先鋒役が、事もあろうに出発を取りやめたと聞き及んで腹に据えかね、文句を言いに来たのだ。
「何故船を出さん!」
憤りを隠そうともせずに言い放つ。
そんな清正にウンザリし、行長は答えた。
「船を出さないと決断されたのは九鬼公だが?」
「何?」
まさか船大将が中止を決めたとは思っていなかった清正は二の句を継げない。
しかし、そのまま引き下がるのは癪に障る。
「秀家殿! 総大将からも船出を命じて下され!」
派遣軍の指揮官に向かい、言った。
「いや、それなのだが……」
秀家が口ごもり、助けを求める様に行長を見る。
その意図を汲み取り、行長は口を開いた。
「船出は延期すべきだと秀家様に具申した所だ」
「何故だ!」
受け入れられずに問いただす。
「この異常事態の中だ。まずは現状を把握すべきであると考えるが?」
「異常事態とは何だ?」
「まさか貴殿は気づいていないのか?」
「だから何だと申しておる!」
馬鹿にされた気がして清正は怒った。
秀家が慌てて止めに入る。
「双方落ち着け! 異常事態だと言う行長の言葉を確かめに行く所だ! 何も無ければ直ちに出立を命じよう!」
「も、申し訳ありません……」
秀家に強く言われ、清正は恐縮して引き下がる。
「それでは天守閣に登るぞ。二人共ついて参れ」
「天守閣にですか?」
「行長の言葉を確かめるのにそれが最適なのだそうだ」
「分かりました……」
清正は秀家の後に付き従った。
「こ、これは一体?」
「何が起こった?!」
天守閣からの眺めに秀家と清正は色を失った。
昨日までとは全く異なる風景が広がっていたからだ。
一方を眺めれば壱岐島があり、晴れの日には遠く対馬までもが見えていた。
一方には細い湾が入り込み、漁師の小舟が数多く浮かんでいた。
また、周りには低い山々が連なっていた。
それが今や一変している。
遠く島影の無い大海が広がり、それ以外には広い平原がどこまでも広がるだけだった。
彼方に山々が見えるくらいで、見渡す限りは平らであった。
それに朝であった筈なのに、太陽は随分と傾いている。
「行長の言う意味が理解出来た! これは異常事態である!」
「しかし、一体何が?」
清正に尋ねられて秀家は声に詰まった。
「行長、何が起きたのだ?」
最初に気づいた行長に尋ねるのは当然であろう。
しかし行長とて分かる筈もない。
「手前にも皆目見当がつきませぬ。しかし、尋常ならざる事態が起こった事だけは確かです」
「行長の言う通りだ!」
「く! 認めたくないが、頷かざるを得ん!」
秀家と清正も異常事態である事を理解した。
「どうしたら良いと思う?」
考えが浮かばずに行長に問うた。
暫し考え、言う。
「まずはここがどこなのか調べるべきだと思いますが、何のカラクリか日が落ちそうです。まずはここに誰がいるのか確認し、集めて今後の事を協議すべきかと」
「そ、そうだな! 公もそれで良いか?」
「問題ありませぬ」
秀家が同意を求め、清正は承諾する。
城から馬が出るのに合わせ、天守閣から見下ろす景色に動きがあった。
「異変にいち早く気付いた者もいるみたいですな」
「丸に十文字、義弘公か」
島津義弘の軍勢が城へと集ってきていた。
「それ以外にもいる様ですな」
「素早いな……」
沢山の旗印が動いていた。
異変に気付いた者が自主的に城に来ているのだろう。
迎える為に下へと降りていこうとすると、急いで駆けて来る者と出くわした。
秀家を見つけその者は言う。
「秀家様! 島津公が怪しい者を捕まえたので連行したとの事です!」
「何?!」
義弘が来たのは別の理由であった。