交渉前 ★
前話までを修正し、メキシコシティをシウダ・デ・メヒコにします。
意味はメキシコシティです。
名詞などもスペイン語にしたいと思いますが、徹底は出来ないかもしれません。
お気づきになられましたらご指摘願います。
「成る程、湖の中に町がある」
清正が眼下の町を見下ろし、言う。
前もって聞いていた通り、シウダ・デ・メヒコ(メキシコシティ)は湖に囲まれた町であった。
「不思議な光景ですな」
宗茂も初めて見る風景に感じ入る。
彼らは山の中腹に陣を構えていた。
この町は盆地であり、周囲を山に囲まれている。
示威行為とはいえ武装した集団を町に進める訳にはいかず、手前の地点に留めていた。
山の上からは町の様子が手に取る様に分かるので、丁度良い。
「水が豊富ならば作物も良く穫れると思いたいが……」
行長が期待を込めて言う。
それだけが心配だった。
「それは大丈夫ではないのか? 見た所、しっかりと耕しておる様子。あの辺りはまるで昔の大坂の様だ」
町を指さし、清正が口にする。
清正が指した先は町の南側で、町中をいくつもの水路が走っていた。
その光景は昔の大坂を思い出させる。
石山本願寺が根城としていた大坂は中州が発達し、肥えた土地に豊富な水で高い収量を上げていた。
秀吉が支配してからは清正も開発に携わっている。
「大坂に匹敵するのならば先は明るいのだが……」
途中の村々を見れば不安は隠せない。
「おっと、お迎えか?」
清正は視線を移して口にした。
武装してこちらに向かってくるイスパニア人の姿があった。
「中心の町という事もあり、流石に警戒されている様ですな」
いくら食料支援の交渉の為に来たと言っても、相手のとっては言葉の通じない異国の集団である。
身分のしっかりとしたイエズス会の者を通訳に連れて来ているとはいえ、安心も出来ないだろう。
彼らが警戒するのも無理はない。
「先導役もそこまで早くは辿り着けない筈。それなのに兵をここまで用意する事が出来るのだから、即応体制は出来ておるという事か」
「左様。儂の見立てでは3万弱」
「手前も同じです。5万人の町と聞きましたが、随分と多いですな」
宗茂が疑問を述べた。
男女比が半々で、兵士に使える年齢層が6割だとすれば、徴兵出来るのは人口の3割が限界となる。
しかし5万人の町で3万の兵となると、男の大部分を兵に仕立て上げ、女の中からも兵士にしている可能性が高い。
行長がその疑問を解消する。
「この地域にイスパニアの女は極端に少ないそうだ。本国で食い詰めた者らが一獲千金を狙い、この国に入り込んでいるという」
「成る程」
「それなら納得です」
男が多いのならばそれも可能だろう。
その説明に両名が頷いた。
「そろそろ南蛮人の所に向かうべきではないのか?」
「ではお二人は、こちらで待機しておいて頂きたい」
「いや、俺も行く」
「何故?!」
清正の申し出に行長は顔を顰める。
ここまで来た以上どうしようもないが、これ以上は余計な事をしないで欲しかった。
「この交渉次第で名護屋城にいる者の命運が決まる。気弱な交渉をして欲しくないので、その場にいて確認せんとな」
「何ぃ!? 貴殿は儂が腑抜けと申すか!?」
清正の言葉が癇に障り、行長は声を荒げる。
そんな行長に清正は飄々としたまま答えた。
「分かっておるのか知らんが、ここまで見てきた南蛮人は我らの半数にも及ばぬ。それを全て殺して奴らの食料を丸々奪っても、我らの半数も養えんのだぞ?」
「そ、それは!」
痛い所を突かれ、行長は言葉に詰まる。
それは道中で感じた事だった。
人がいなさすぎると。
この町の最盛期には30万の人口を抱えていたという事であったが、そうであれば余剰の食料で数万人を賄う事は即座に出来よう。
しかし、こうも人がいないとそれも覚束ない。
奴隷を外から連れてきて農園で働かせている現状を見れば、先行きはおおよそ知れた。
図星を突かれて狼狽える行長に清正が言う。
「同じ教えを信じる者同士、どうにか穏便に済ませたいと思っておるのだろうが、そんな甘い考えでは双方の被害を大きくするだけであるぞ?」
「どういう意味だ?」
意味が分からずに行長は尋ねた。
「5万人が食う量を半分に減らせば同じ数を養えるが、見ず知らずの我らにその様な恩情を掛ける筈があるまい?」
「それは交渉次第であろう!」
今となっては連れて来た兵の数が交渉の後ろ盾となっている。
「仮に向こうが同意したとて、我らの残りは15万だ。その者達は飢えてしまうが、どうするのか?」
「この国は広い! 遠い村々ではアステカの生き残りも多いと聞く! 広がればどうにかなる筈だ!」
イスパニア人がいる地域では数が激減しているが、他の地域ではまだまだ居住しているそうだ。
ヌエバ・エスパーニャ副王領全体に広がれば、20万人でも問題は無い、かもしれない。
清正に同じ意味で反論する。
「この町の5万を攻め滅ぼした所で同じ事ではないか! 食う量を半分にした所で10万は飢える!」
「まあ、それはそうだが、我らが飢える危険は減らせよう」
「その為に町の住民までも殺すというのか!?」
行長は信じられないという顔をした。
清正は冷静なまま言う。
「それがどうした? 自分の領民でもない者を殺して何の問題がある?」
「正気か!?」
「勘違いするな。こちらが飢えそうなのに、知らぬ者達を守る理由は無いという事だ」
「そんな事で無辜の民を襲うなど許されぬ!」
行長の強い口調に清正は笑い出した。
「何が可笑しい!」
堪らず言い募る。
行長の激昂に清正は笑うのを止めた。
「この町は元々アステカとかいう部族が住んでいたのではないのか? それがどうしてイスパニア人の物になっているのだ?」
「うっ!」
返事に窮した。
「元は30万人が住む町だったのであろう? それが今は5万人? それでは25万人は一体どこへ消えた? いや、今の人数もイスパニア人だとすれば、消えたのは30万人か?」
「……」
「それはこの町だけの事なのか? ここに来るまでの村に何を見た? どうして奴隷を外から入れる必要がある?」
「奴隷にすべき者達が死んだからであろう……」
気落ちした行長は暗い顔で言った。
その答えに清正は叱りつける。
「死んだなどと他人事の様に申すな! イスパニア人が殺したからに他ならぬ!」
「病が原因と聞いたが?」
「流行り病で死ぬのは子供に年寄り、後は食うや食わずでこき使われて弱った者だ! これだけ死んでいるのは、それだけイスパニア人が圧政を敷いていた証左に他ならぬ!」
清正の言葉にぐうの音も出ない。
行長も薄々は気づいていたが、敢えて意識しない様にしていたのだ。
そんな二人のやり取りを黙って聞いていた宗茂が言う。
「両名共にそれくらいにして下され。イスパニア人が来ましたぞ」
見れば向こうの軍はこちらから距離を置き、止まっている。
伝令なのか馬が単騎、こちらに向けて駆けてきた。
「互いの軍が睨み合っての話し合いという訳ですな。手前が思いますに、この場は清正殿に任せた方が良いのではないですかな?」
宗茂に言われ、行長は思わず彼の顔を見つめる。
しかし宗茂は行長には構わず、清正に問いかけた。
「清正殿も問答無用で殺す訳ではありますまい?」
「無論。この町は30万人を賄う事が出来るのだから、田畑で働く者はいくらでも必要だ」
清正の答えに行長が気力を振り絞って反論する。
「経緯はどうあれ、ここは彼らの国だ。客人である我らが土を耕せば良いのではないのか?」
名護屋城ではそうしている。
ここでもそうすれば良いとの行長の問いかけだった。
止めとばかりに清正と宗茂が言う。
「この国の開発具合を見てまだその様な事が言えるのか! 我らが支配せねばどうにもならん!」
「町の開発をさせよとは、町を寄越せと言うのと同じと思う」
最早言い返す事も出来なかった。
地図はメキシコシティが出来る前、アステカの都テノチティトランの予想図です。
多分誇張されていると思います。
スペイン人に支配されて以降、順次干拓が進んだそうなので、作中ではこの様な都市ではないと思われます。
本多忠勝の誤字の御指摘ありがとうございました。




