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名護屋城消失 ★

様々な矛盾に目を瞑っています。

ご注意下さい。

 一人の男が十字架の前に跪き、静かに祈っていた。

 その表情は苦しそうで、纏う空気は淀んでいる。

 堅く結んでいた口を開き、言った。


 「天のデウスよ、戦とならぬよう、お導き下さい……」 


 真剣な顔で祈りを捧げる。

 事が済んだのか立ち上がり、名護屋城の周りに作られた仮の寝所を出る。 


 「行長サマ、行クノデスカ?」


 片言の日本語で話かけられた。


 「神父パードレ、これも使命であるのでな」

 「左様デスカ……」


 イエズス会のルイス・フロイスであった。

 

 「神父はどうしてこの地に?」

 「パードレ・ヴァリニャーノト、マカオニ、行キマス。ソノ前ニ、行長様ニ、ゴ挨拶ヲト、思イマシタ」

 「それはかたじけない。御達者でな」

 「行長様ニ、神ノゴ加護ヲ……」


 フロイスは胸の前で十字を切った。




 「親父おやじ殿!」


 前から歩いてきた宗義智そうよしとしが声を掛けた。


 「どうした婿殿?」


 娘婿の呼びかけに小西行長ゆきながが応える。

 義智は勢い込んで話し出す。


 「一体どうなさるのですか? 高麗(李氏朝鮮)に攻め込むしかないのですか?」

 「手筈通りに最後まで返事を待とう。この兵団を見れば我らの本気を悟り、考えを変えるやもしれぬ。最早それに期待するしかあるまい……」

 「先発隊の我らは1万9千。冗談とは思いますまいが、これくらいなら大した事は無いと思わないか心配です……」


 義智が懸念を述べた。

 それに応え、行長は言う。


 「仮に我らを退けても、残り13万もの兵が続々と渡海してくるなど、彼らにとっては悪夢だろうな。尤も、その数を聞いたら腰を抜かすか、馬鹿げた話だと逆に取り合わぬやもしれぬ」

 「まさかここまでの陣容となるとは今でも信じられません!」

 「太閤殿は本気であったという事だな……」


 二人は城を見ながら口にした。

 全国から集まった将兵が名護屋城を取り囲む様に陣を張っている。

 その数は恐ろしいくらいであった。

 戦への心配と同時に、前代未聞の大戦おおいくさへ参加しているという高揚感も感じていた。


 朝鮮との交易に財政の基盤を築いていた対馬つしまの宗氏にとって、秀吉による唐入りの構想は迷惑以外の何物でもない。

 これまで義父である行長と共に様々な遅延工作を行ってきたが、それらは全て水泡と化してしまった。

 二人共に秀吉の本気を読み誤っていたのかもしれない。


 「もしも彼らが取り合わなかったらどうするのです?」

 「その時は太閤殿の命令通り、明への道を駆け抜けるのみ!」

 「親父殿に言っても仕方ありませんが、兵糧をどうするというのでしょう……。我らに奪われるくらいなら彼らは焼いてしまいますよ?」

 「彼らは弱兵だが、弱兵には弱兵なりの戦い方があるのにな。我が国の者にはそれが分からんのだ……」

 「我が国の船では海を渡るだけでも大変なのに……」


 二人の顔は暗い。 


 「それに二番隊はあの加藤清正だ。あの者に先を越される事も許されぬ。待つ時間は無いぞ?」

 「親父殿の事情も難しいですな……」

 

 義智は苦笑いを浮かべた。

 

 「そろそろ船出だ。行くぞ!」

 「我らの心とは裏腹に空は晴れ渡っておりますな!」


 船を出すには絶好の空模様である。

 天を仰ぎ、いっそ嵐になればいいのにと思う義智であった。


 


 文禄元年(天正二十年)三月、西暦1592年4月、朝鮮国先駆勢としての第一軍一番隊が壱岐いきへ向け出発する日となった。

 壱岐、対馬と進んで朝鮮へ渡るのだ。

 帰順すべしとの最終通告を朝鮮側にしているが、その返答は壱岐で待つ事となっている。

 無駄な事だと半ば諦めてもいたが、実際に攻め込まれれば土壇場で考えを改めるかもしれない。

 その僅かな可能性を信じたい行長であった。

 

 先導役の宗義智5千、先鋒の小西行長7千、松浦鎮信まつらしげのぶ3千、有馬晴信はるのぶ2千、大村善前よしあき1千、五島純玄すみはる7百の軍勢が船に乗り込む。

 船を操るのは九鬼嘉隆くきよしたかを船大将とし、藤堂高虎とうどうたかとら脇坂安治わきざかやすはるらが配置された部隊である。

 大小様々な船を搔き集め、この度の唐入りに用いている。 

 後続の者達が見守る中、船が岸を離れた。


 と、あれ程までに明るかった空がにわかに掻き曇り、厚く黒い雲が上空を覆った。

 日の光は遮られ、まるで夜の様に暗い。

 稲光と共に突風も吹いてきた。 


 「嘉隆殿、どうするのか?」


 行長が嘉隆に問うた。

 こうも暗く、強い風が吹いては互いの船がぶつかり危険である。


 「これでは沖に出る前に沈没しかねん! 出立は一旦中止し、様子を見よう!」


 嘉隆の判断で船が岸に戻された。

 幸先が悪いなと行長が思っていた所、物凄い数の稲光が辺り一面に立て続けに落ちた。

 耳をつんざく轟音と目のくらむ閃光が天と地を駆け抜ける。

 余りの眩しさに暫くは何も見えないでいた行長は、自分達を取り巻く状況の変化に気づいていなかった。




 一方、肥前の名護屋城を目指していた豊臣秀吉は早馬からの報せを受けていた。


 「どういう事だがや?」


 報告された内容が信じられずに問い返す。


 「で、ですから、名護屋城が忽然と姿を消したのでございます!」 

 「おみゃー、変な物でも食ったんがや?」

 「嘘偽りも無く、本当の事でございます!」


 疑う秀吉に報告者は言葉を重ねた。


 「私がこの目で確認しました! 名護屋城は跡形もありません!」

 「そ、そうなのかや……」


 その迫力に押し切られた。   


 「一体どうなっとるがや?」


 秀吉は同行していた徳川家康に尋ねた。

 報告は受け入れたが、その内容はまるで理解出来ない。

 名護屋城が消え、待機していた将兵も全て消えたなど信じられる筈がなかった。

 考え込んでいた家康が口を開く。 


 「あり得ない話ですが嘘を言う筈もございますまい。ご自身がその目で確かめる以外に無いのではありませんかな?」

 「う、うぅむ……」


 家康の言葉に秀吉が頷いた。

 以降、秀吉は気もそぞろなまま肥前までの旅程を重ねた。

 

 「どうなっとるがや?!」

 「何もありませんな……」

 

 名護屋城があった筈の場所を眺め、秀吉が声を上げた。

 元々が荒れた土地だったのだが、築城が済んでからは随分と立派な風景が広がっていたのである。

 それが今は元の荒れ地どころか漁師の家さえも見えない。

 いるのは噂を聞きつけ集まってきた大勢の見物人だけだった。

 

 壱岐にも対馬にも問い合わせたが、渡ったという報告は返ってきていない。

 城だけではなく総大将の宇喜多秀家以下、名護屋城待機組も含め将兵約20万が忽然と消えていた。

 併せて城下町も綺麗さっぱり無い。


 「な、何があったんだがや?」


 秀吉は呆然として呟く。

 しかし城も人もいなくなった今、出来る事は何もない。

 訳が分からないまま引き返すしかなかった。

 どこへ行ったのかと人手を使って探したが、噂すらも入ってこなかった。

 こうして、秀吉が肝入りで進めた唐入りは失敗に終わった。

挿絵(By みてみん)

第一陣の小西行長が名護屋城から出発したかは分かりません。

その時派遣部隊全員が集まっていたのか?

総大将とはいえ、宇喜多秀家は秀吉と一緒な気もしますが無視します。

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