9.殺人者の告白
「結婚を迫られたからって、3人もの命を奪うのですか? ただ、別れればいいだけではないですか?」
「結婚の話を聞いて頭に血が上って衝動的にやってしまった。実はあの3人を殺したことを覚えていない。気がついたらあたり一面血の海だった。その後はどうやってこの場をごまかすか考えた」
流山は殺人の告白をするというのに表情を変えない。声に抑揚が無く、反省も一切感じられなかった。その日たまたまそこにいて、たまたま結婚の話が出て、たまたま機嫌が悪かったので殺しをしたという感じに聞こえた。
人というのはこうも簡単に人を殺せるものなのか。いや、俺が知らないだけで人を殺すというのはこういうことなのかもしれない。
「後悔はしていないのですか?」
「後悔? 何を後悔する? やってしまったことを後悔して何か変わるのか? 後悔しても死刑という事実は変えられないし、変わらない。あと、俺はあの3人に対して、悪いとは思っていない」
「あなたは人の命を何だと思っているのですか……?」
「人の命? いつかは終わるものだろ。何だ、俺から少しでも人間らしい言葉、反省の言葉を引き出したかったのか? 俺がそれを言ったとして、困るのはあんたではないのか?」
妙な違和感を感じる。自分でもわからないが、何か不自然だ。衝動的な殺人で、反省の色は見られない。死にたくないから隠蔽をし、裁判では無実を訴えたくせに、裁判が長引くので控訴するのを諦める。諦めた後はどうにもならない死をすんなり受け入れる。一体、なんだろう。とにかく引っかかる。
言葉をそのまま受け取れば、情状酌量の余地はない。衝動的だがあまりにも身勝手な犯行で反省も無く、通常の感覚を持ち合わせている人間だったら、死刑は止むを得ないと考えるだろう。死刑執行しても仕方が無い、悪いのはこいつだと思える。そうすんなり思えてしまう。だが、そう思えてしまうことに違和感を覚えるのだ。執行人として、死刑に敏感になりすぎているのだろうか。
俺は頭を掻きながら、流山の目を見る。嘘を言っているようには見えない。その言葉遣いは悪いが、目からは理知的なものを感じる。
「あなたがこの事件に関してどう考えているのかは分かりました。ただ、あなたの言葉だけで事件のことが分かったとは思っていないので、調査を続けたいと思います」
俺は流山の目を見続けながらそう言った。流山は一瞬だけ眉間に皺を寄せたが、すぐ無表情になり、口元を緩めた。目は笑っていない。
「これから死刑になる人間が犯した罪を調べようとはあんたも物好きだな。調べても俺が言った以上のことは出てこないと思うけどな。俺は3人を殺した。それが事実だ。あんたの自己満足のために振り回される他の人間はいい迷惑だろうな。あんたが死刑を執行することにためらいがあって色々知りたいというのは分かるが、3人を殺した人間に死刑を執行しても、あんたのことを責める奴は誰もいない思うけどね」
「それは別の人間にも言われました。しかしそれとこれとは別の話です。私は自分で納得するまで調べると決めたのです。それが執行人としての私の選択です。早くこの世を去りたいあなたには迷惑かもしれませんが、私が執行人であることを恨んでください」
「俺が早くこの世を去りたい? 勘違いするな。俺は別に早く死にたいわけではない。無駄なことに時間を掛けるのが嫌なだけだ。死にたければ、独房でとっくに死んでいる。死ぬ方法はいくらでもあるんだ」
口元をにやつかせながら、流山は手錠で拘束された両腕を上げ、首を絞めるようなそぶりを見せた。確かにその気になれば死ぬことはいつでもできるのだろう。
生きるのを諦めているように見えるのに、自分からは死を選ばない。自分で死を選ぶことができない臆病な人間だったら、そういうこともあるだろう。だが、流山はそんな臆病な人間には見えない。話を聞いていると、強い意思を持って行動する人間の様に感じてしまう何かがある。控訴を簡単に諦める人間が強い意思を持っているというのは矛盾しているが、今日聞いた話は一貫して同じ方向を向いており、強い意思のようなものが感じ取れるのだ。話全体としては同じ方向に進んでいるのに、部分的に妙な違和感を感じるがそれが何なのか特定できない。俺は流山が何を考えているのかを自分の中で整理できずに、もやもやとしていた。
「まあ、好きにするといい。何か分かったらいつでも来ると良い。歓迎しよう。死ぬまでのいい退屈しのぎにはなりそうだから」
流山は立ち上がると、扉を開けて面会室から出て行ってしまった。それでその日の面会は終わりだった。
ほんの10分にも満たない時間で話された内容に、俺は納得がいっていなかった。特に結婚を迫られたので殺したというのが、とってつけたように嘘くさく、信用できない。だがその話が本当のことかを確かめる術は無い。真実を知っている者はすでにこの世にはおらず、殺人事件当日の会話を聞くことができないのだから。
もし、彼が動機に関して嘘を言っているのだとすると、なぜ本当の動機を隠すというのだろう。これから死にいく人間が本当の動機を隠す理由などあるのだろうか。喋りたくなければ喋らなければいいのだ。そもそも、執行人に対して嘘の動機を喋ることに何のメリットがあるのだろう。さまざまな疑問を抱えながら、俺は刑務所を後にした。
家に戻ってから、俺は石崎から送付されてきた何も記載されていない報告書用紙の束をぱらぱらとめくっていた。報告書には上部に日時、執行人番号、訪問先と訪問者、訪問目的、交通費などを記載する欄があり、下部は報告内容を書く罫線が引かれていた。
今時、手書のレポートもないだろうと思いながら、フォーマットに従い本日の活動内容を記載していく。流山が犯行を自供したこと。動機が嘘臭いことなど、自分が思ったことを素直に記載する。ここに記載した内容は今後の執行人の活動の参考になるものだ。誇張したり、嘘を書いても仕方ない。俺はできる限り簡潔に本日の内容を記載して、紙束から一枚を引き抜いた。引き抜いた報告用紙を専用の封筒に入れると、封をした。
活動するたびこれを書くのか。記載しないと交通費が支給されないとはいえ、手間だ。報告書を書かずに放っておくとどうなるのだろう。石崎あたりから連絡が来てフォローされるか、あるいは放置され執行期限のぎりぎりになって強制連行されるのだろうか。いずれにしても、面倒なことになるに違いない。などと色々と考えたが、後の執行人への参考情報を提供することも目的だから、まじめに書くつもりだ。それに書くことで考えがまとまり、考察が深まることだってあるだろう。特に今日のように、整理がつかないことがあれば、なおさらだ。
俺は畳の上に寝そべりながら、流山が話す姿を頭に浮かべていた。無表情が印象に残っている。自分のしたことに対して何の感情も抱いていないかのような表情。話すときの声が他人事の様に聞こえ、まるで機械のようだった。しかしながら、話すそぶりは無関心のように感じても、話すその内容は何かに執着しているようだった。それがあのとき感じた違和感の正体なんだろう。
あの男、流山には何かがある。小さなことで衝動的に殺人を犯す部分に対して、冷静に自分の犯した殺人のことを語る、死を受け入れて達観する、執行人の立場を考えて話をするなど、今日会った本人のイメージと合わない。本人が語った人格よりも、実際に目の前で語っている本人から受けるイメージが正しいに決まっている。
そんなことを思っていると、瞼が重くなってなり、そのまま眠りについてしまった。




