8.面会
今まで書いた部分も含めて体裁を変更しています。第7話以前の内容に変更はありません。
俺は駅前の喫茶店で注文したピラフセットのピラフを勢い良く食らっていた。この間たまたま入ったこの喫茶店で食ったピラフの味が気に入ってしまい、死刑囚「流山翔」に会いに行く前に、食っていこうと店に立ち寄った。ピラフセットの値段は600円と安く、貧乏大学生の俺にとって手ごろだった。
自分としてはピラフの味に集中したいところだが、目の前から視線を感じとても食いづらい。目の前には足を組みながら奴が座っており、アイスコーヒーを飲みながらこちらを見ていた。奴は俺がピラフセットを注文しているときに突然現れ向かいの席に座ると、アイスコーヒーを注文してそのまま居座り、何も会話もせずにただじっと自分を見ていた。
俺はピラフを食うのを止めて、アイスコーヒーを飲むためにストローに口をつける。奴はテーブルに肘をついて、顔を少し突き出すようにこちらを見ていた。少し口元が緩んでいる。人の食事を見て何が楽しいのかは理解はできないが、不快そのものであった。あまり奴の方を見るのも何だか嫌らしい感じがするので、俺は極力奴の方を見ずに喫茶店の隅に置いてあるテレビの方を見た。
「一体、何の用だ」
「ちょっと、アイスコーヒーでも飲みたいなと思って」
「そちらの席に移動してくれないか。飯が食いづらいから」
「僕のことは気にせずに、どうぞご存分に召し上がれ」
と、奴は手の平をこちらに向ける。気になるからあっちいけと言っているのだが。相変わらず、言葉が通じない。
いまだにこいつが俺にこだわる理由が良く分からない。訊いてみてもいいのだが、何だか負けたような気がしてそれだけはしたくなかった。訊いたところで答えてくれないような気がする。なぜだか、それは確信していた。
大学入学以前に奴と会った記憶は無い。大学に入ってから、こちらから特別話しかけられるようなことはしていない。初対面のことだって全然覚えていない。こちらから話しかけることはありえないので、1年のとき俺が教室の片隅に一人でいるときにあちらから話しかけてきたのだと思う。その日以来、毎日挨拶してくるようになり、話したくも無いのに話しかけてくるため、鬱陶しく思っていた。夏休み前は講義のたびに、適当にあしらう日々だった。それが2年以上続いている。
俺はピラフを平らげると、一息ついてから、奴の顔をじっと睨み付ける。睨み付けながら俺の記憶からその顔を検索するが、該当する顔は見つからない。
「お前さあ。何が楽しくて、俺に付きまとうんだ。友達だ、何だって言われても、俺にその気はないんだよ。本当にいい加減にしてくれないか」
「別に佐藤君が僕のことを友達だと思わなくても良いよ。僕が勝手にそう思うだけだから。僕が佐藤君のことを友達だと思うのは勝手だよね」
「お前がどう思おうが全然構わないが、俺は迷惑なんだよ。お前を見ていると昔の俺を思い出して、嫌になってくる……」
気がついたら自分の口が勝手にそう口走っていた。自分でもそんなことを言うなんて信じられなかった。当の昔に忘れていた、小学生低学年の頃の記憶。そう、いらいらするのは、あの頃の俺を思い出すからだ。おせっかいのように友達を増やしまくっていた、あの頃。男だろうが、女だろうが、うるさい奴も、おとなしい奴も、仲間はずれにされていた奴も、そんなの関係ない、友達だって言って遊んでいた。いつも周りには誰かがおり、みんな笑っていた。友達を増やすのが楽しくてたまらなかった。人を信じきっていた幼い頃の思い出。今となっては思い出したくない過去だ。
俺はアイスコーヒーをストローを使わずに直接コップに口をつけて飲み干すと、すっと立ち上がった。マスターに600円渡すと、振り返らずに足早に喫茶店を出た。
刑務所に到着すると、俺は特別公務員活動許可証を刑務所の受付に見せ、流山に面会を求めた。事前連絡はしていたのだが、許可証を見せても、受付はその意味を理解していないみたいで、疑いの目で俺を見ていた。突然来た男がカードだけを見せ死刑囚に面会を求めるのだから、そうなっても仕方が無い。やがて、受付の上司らしき人物が現れ色々聞いてきたが、俺は「法務省の石崎さんに連絡してください」と話し、質問には一切答えなかった。余計な情報を与えることはできないし、何を聞かれても法務省に連絡するようにお願いすると言われていたため、そのように話したまでだ。
1時間ほどして本人確認が終わったらしく、刑務官に先導されて俺は面会所へ案内された。面会所に通され待っていると、やがて手錠をかけられた男が透明の仕切りの向うの扉から現れた。流山翔だった。写真で見た顔に間違いないが、やや痩せており、顔色が悪い。長髪だった髪の毛は短く刈り上げており、好青年に見えなくも無い写真に比べて、いかにも犯罪者風という印象を受けた。先入観でそういう風に見えているだけなのかもしれない。
流山は俺を一瞥すると、無表情で透明の仕切りの向こう側に座った。俺は透明の仕切り越しに、特別公務員活動許可証を見せる。
「執行人に任命された佐藤と申します」
流山は俺の顔も特別公務員活動許可証も見ずに、少し俯き加減で興味がなさそうにこちらの方を見ていた。
「本日は事件のことを伺いたくて、参りました。」
流山は驚いた風に少し目を見開き、俺の顔を見た。
「事件? 執行人に何の関係がある」
少し低めのトーンだった。特に威圧的でもなく、純粋に分からないという感じの声に聞こえた。
「執行人は死刑執行の義務があるとともに、事件のことを調査する権限があります。私はあなたへ刑を執行する前に、この事件のことを知りたいと思っています。あなたはこの事件に関して、裁判で無実を主張なさっていたとの事ですが、本当ですか?」
流山は俺の質問を聞いた後、10秒程度、黙っていた。その間、表情を変えることもなく、俺を見ていた。
「心配しなくていい。あんたは俺が無実だったら、ということを心配しているのだろう?」
「どういうことですか?」
「だから、あんたは無実の者に死刑を執行することにならないか、懸念しているのだろう? だったら、心配しなくていい。綾香とその両親を殺したのはこの俺だ」
俺は唖然とした。男はあっさり自分が殺したことを認めた。まるで無実を主張していた事実はないかのようだった。
「しかし、あなたは裁判では無実を主張なさったのでしょう?」
「確かにあんたの言うとおりだ。裁判では無実を主張した。だが、死刑判決が下されて、俺は控訴を断念したんだ。どうやっても勝ち目が無いと思ってね」
「死刑を受け入れたんですか?」
「ああ。死刑判決が下された後に考えて、どう頑張っても勝てないと気がついた。だから、弁護士に俺がやったと伝えて、控訴をするのを止めた。裁判を長く続けるのが嫌だったからな」
「命が惜しくは無いのですか?」
「惜しいさ。だからこそ、証拠隠滅して無実を主張した。だが、俺は勝ち目の無いことを続けるのが嫌いでね。ここで控訴、上告をしたら、あと何年掛かるのかわかったもんじゃない。だから、潔く諦めることにした」
なぜこうも簡単に命を投げ出すことができるのだろう。勝ち目が無いことを続けるのが嫌だからというのが理由だなんて、命が惜しいという割には命に執着していないようにさえ見える。それとも犯罪者特有の心理なのか。人の命にも、自分の命にも関心が無い。
「動機は一体何なんですか? 裁判では語らなかったみたいですが」
「動機? ああ……。もう、隠すこともないな。痴情のもつれって奴だよ。結婚を迫られて、嫌になったってやつかな。今時、二十歳そこそこで結婚するなんて、ありえないだろ。俺はもっと遊びたいんだよ」
流山が無表情で淡々と語った内容を聞いて、俺はもう訳が分からなかった。23歳で結婚を迫られたから人を殺す。そんなことのために人を殺せるのか? しかも、3人も……。俺はここに来たことを後悔し始めていた。




