4.執行人任命通知書
前回の最後の文を修正しました。プライバシーが保護されるのに、封筒の表に「執行人任命通知書在中」っておかしいよね…。申し訳ございません。
あと、投稿間隔が不安定で申し訳ございません。できる限り、投稿間隔を短くするよう努力いたしますので、今後ともよろしくお願いいたします。この小説はそんなに長くならないと思いますので、気軽に読んでいただければと思います。
「何だこれ」
いかにも役所が使いそうなシンプルな封筒の表面には重要書類在中とだけ記載があり、その中身が分からないように封筒の内側にはびっしりと何かの文字列が印刷してある様だ。裏面を見ると「本人以外開封不可」という文字が記載されており、送り主は○○県庁とある。わざわざ、書留にしてまで送付してくるのだから余程の重要書類なのだろう。
俺は棚からはさみを取り出し、封筒に切り込みを入れる。中には一枚の折りたたまれた紙と10ページぐらいの冊子が入っていた。俺は冊子をテーブルの上に置くと、とりあえず折りたたまれた紙を開いて、中身を確認した。
左上には「佐藤 正義様」と自分の名前が印字されており、右上には「第00001号」という番号が記載されていた。そして、その次の行には少し大きめの文字でこう書かれていた。
執行人任命通知書
…? その文字列を見たとき、何のことだかよく理解できなかった。
「執行人…、通知書…?」
そこには確かにそう書いてある。俺は続きに目を通した。
あなたは、執行人法第○○条○○項に基づく厳正な抽選の結果、第00001号執行人に任命されました。法律に基づき、執行人に関する説明を執り行いますので、9月16日までに○○県庁の総合窓口までお越しください。県庁へお越しの際はこの執行人任命通知書を総合窓口の係員にお渡しください。
その文書の最後には法務大臣 ○○○○と記載されており、最後に法務大臣のものと思われる厳めしい印が押されていた。
よく頭が回らず、もう一度同じ文章を読んだ。その内容は、自分が執行人に任命されたということだ。もう一度読む。繰り返し繰り返し、何度も同じ文面を読む。内容は変わらない。理解できる文章のはずなのに、理解が追いつかない。頭が真っ白だった。
通知書を持つ手が震えている。力強く握っていたのか、通知書を握った部分が手の汗で少し湿っている。夏だというのに、首筋が寒い。心臓がドキドキし、顔が妙に熱い。世界がぐるぐる回っている。貧血のような症状が襲い、俺は通知書をテーブルに投げ出すと、そのまま突っ伏してしまった。
何分経過しただろう。俺は我を取り戻すとゆっくりと顔を上げた。テーブルの上に投げ出された通知書を見る。執行人任命通知書の文字がやたらと大きく感じる。俺は1億分の1の確率の宝くじならぬ貧乏くじを引き当ててしまった事実をようやく受け入れた。
事務的で機械的な文章だが、それの意味するところは、「お前の手で罪人に死という罰を与えよ」ということだ。遠いと思っていた「死」が手に届くところまで近づいたとことを認識した瞬間だった。自分でも身内でもない。よりにもよって、一度も会ったことがない全く知らない赤の他人の命を自分の手が握っている事実に震えが止まらなかった。
首筋の辺りが脈打っているのが感じられる。いまだかつてない驚愕からまだ体が冷めていないようだ。手は震えている。俺は目を閉じて何度も深呼吸し、気分を落ち着かせた。
目を開けると、テーブルの上に封筒から取り出した冊子が見える。真っ白な表紙には黒字で「執行人に任命された方へ」と明朝体で記載されていた。可能な限りシンプルな表紙は、様々なことに配慮しているためなのだろう。俺は冊子に手を伸ばすと、最初のページを開く。そこには「この冊子について」と記載されていた。
この冊子は執行人に任命された方へ、執行人の役割を説明するものです。
執行人とは18歳以上の国民の中から厳正な抽選で選出された、裁判で死刑が確定した者(死刑確定囚)に対して国民の代表として死刑を執行する役割を担う者です。執行人は死刑を執行するだけではなく、死刑確定囚やその関係者に面会したり、刑が確定するに至る経緯を知るための調査権を有します。この冊子は、執行人の役割を理解してもらうとともに、執行人制度が制定された背景を説明しています。この冊子を熟読いただき、執行人としての活動する上で必要な知識を十分理解した上で、執行人としての責務を果たしていただきますよう、お願いいたします。
つまり、執行人マニュアルということらしい。執行人の知識が乏しい俺は、冊子を読み進めることにした。1時間ほど読んだ後、俺は執行人の役割を大体理解した。要約するとこうだ。
・執行人は任命されてから1年以内に、死刑確定囚に対して死刑を執行しなければならない。
・執行人制度は死刑執行に伴う痛みを、国民で分かち合うものだ。
・執行人制度は死刑が確定する経緯を理解してもらうことで、死刑制度に対する理解を深めさせる目的がある。
・執行人は週に一度死刑確定囚に面会して、話を聞く権限がある。
・執行人は裁判記録や証拠を調べたり、その担当検事や捜査関係者、裁判官に話を聞く権限がある。
・執行人へ協力する義務がある者は、執行人のプライバシーを漏らしてはならない。
・執行人は警察の協力の下、死刑囚の犯行に関して調査する権限がある。
・執行人には月30万円(非課税。交通費等諸経費は別途支給)の特別手当が支給される。
・特別手当は1年より前に死刑を執行したとしても、1年間毎月指定の口座に振り込まれる。
・執行人として調査した場合、それを調査報告書として提出する必要がある。調査報告書を提出しない場合、交通費等諸経費は支給されない。
・執行人が所属する勤務先や学校等は執行人活動を理由に執行人に対して不利益を与えるようなことがあってはならない。
・執行人は自らが執行人であることおよび執行人としての活動で得た情報を外部(調査報告書除く)に漏らしてはならない。
・執行人が病気などにより執行人としての責務を果たせなくなった場合は、別の執行人を厳正な抽選により決めなおす。
・その他、分からないことは法務省の担当者に聞くことができる。
執行人自ら1年間死刑確定囚が死刑に至る経緯を調べあげ、納得した上で死刑を執行するというのが、基本的な考え方のようだ。とはいえ、執行人は死刑に至る経緯を調査する義務はなく、知る権利だけがあり、死刑の執行だけが義務とされている。調査権限が極めて強く、執行人を保護する仕組みも充実している。
冊子は執行人が最終的に死刑を執行することが前提で、基本的な執行人のあり方を説明しているが、どうしても気になることがあった。もし、執行人がその責務を自ら放棄してしまった場合はどうなるのか。前にテレビで弁護士が自分なら執行を拒否するという発言をしていたが、正にその場合だ。権利は放棄しても問題ないが、義務は放棄できない。
いつの間にか、自分が冷静になっていることに気がついた。それと同時に重大なことに気がつく。自分は一体誰を処刑することになるのだろうか。3人殺害したというテレビで報道されていた犯人なのだろうか。まったく犯人の顔が浮かんでこない。3人を殺害したということ以外は全く分からない。なぜ、処刑対象の情報が何もないのだろう。情報を可能な限り漏らさないようにするためなのだろうか。もしかしたら、処刑する人間が決まっていないのかもしれない。
制度に関しては、執行人の権限等がよく考えられている様に見えるが、すっきりしない印象が残る。知るための強い調査権を与えている一方、それを行使する義務はない。やろうと思えば何も調査せず、任命されたその日に死刑を執行することができる。見方によっては月30万の報酬のために、死刑を執行するようにも取られかねないだろう。執行人の情報が保護されるとあれば、きっとそういう輩も出てくるに違いない。そう、この制度には執行人に様々な選択肢があるのだ。そして、自分は複数の選択肢から自分なりのやり方を選択しなければならない。
自分のやり方とは何なんだろうか。俺は県庁で行われる説明に向けて、自分なりのやり方を模索し始めた。




