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執行人  作者: runcurse
20/20

20.ただいま

 塀の外は春の暖かい風が吹き、かすかに花の香りがした。澄み切った青い空はまるで自分を出迎えてくれているようだった。世の中から隔離された生活は、約8年で終わった。自分がいない間に執行人制度については色々と議論があったらしい。そして、世間を大いに騒がした悪法、執行人制度は昨年の末に廃止となった。自分がこうして異例の早さで外に戻ってこれたのも、廃止に伴って制定された特別措置法のひとつのお陰ということらしい。出所する前に面会に来た石崎が嬉しそうに語っていた。彼は何も語らなかったが、きっと裏で尽力をしたのだろう。


 これからどうしよう。30手前になるおっさんがこれから就職しようとしても厳しいだろうし、空白の8年間に関して履歴書になんて書けばいいのだろう。執行人制度のことは書けないし、書いたとしても白い目で見られるに違いない。あんな選択をするような人間を雇うところなんてどこにもないだろう。だからといって親に合わせる顔はない。石崎が特別措置による学校への復帰とどうかと言っていたけど、この歳のおっさんが歳が離れた若者に混じって一緒に勉強するというのも、何だか気が引ける。


 外の空気を楽しむ様に塀の横を歩いていると、どこからともなく桜の花びらが風に乗って飛んでくる。塀の内でも毎年桜を楽しむことはできたが、外で味わう桜というのはまた少し特別な感じがした。本当はそれほど特別なものではないだろうけど、それが特別に思えるようになったことが何だか嬉しかった。こういうことがなければ、何にも感じることがなく春を過ごしていったのだろうか。


 石崎から聞いた話は執行人制度の廃止と出所後の支援の話だけではない。流山のその後についても話が聞けた。流山は刑が無期懲役となり、今もどこかの刑務所に服役しているそうだ。無期懲役の話を聞いた後、流山は殺してくれと大騒ぎをしたらしいが、大騒ぎした後はすべてを諦めたらしくそれを受け入れたらしい。彼は自殺するのは償いにならないといっていたが、そこはぶれずに全うしているようだ。


 事件の件は結局世間的には流山が殺したことになっている。流山が減刑され別のところに服役しているということが知られ、大問題となったらしい。自分のレポートは公開されず真相は闇の中だから、世間が納得しないのも無理はないだろう。自分のレポートが公になったら、警察の捜査が間違っていたということになってしまう。そんなことが許されるわけがない。永久に真相が明らかになることはないかもしれない。


 俺は長い塀を抜け、横断歩道を渡ると、電車の高架が見えた。まっすぐ歩けば駅があるはずだ。


 駅に到着した俺は、売店で気になる見出しの新聞を見つけた。俺は「執行人制度特集」と記載されているその新聞を購入した。ホームで電車を待ちながら、特集面を開く。


 執行人制度の廃止に関する司法関係者や政治家などのコメントが載っていた。どれも総じて悪法だと執行人制度を酷評するもので、制定に与した政治家が発言を変えているのが疑問だった。どの時代でも政治家というのはそういうものなのだろうか。


 特集面は著名人のコメントばかりだったが、中央部分には統計のような表があり、何かの数値が記載されていた。


 制度による執行人の総数 42人

 死刑執行数       41回

  未執行数        1回


 俺は死刑未執行数という部分を見て、人目も気にせず大笑いしてしまった。なぜ笑いがこみ上げてくるのか分からないが、笑わずにいられなかった。


 誰一人として自分と同じ選択をした者がいない。それは仕方が無いことだ。自分が担当した事件があまりにも特殊だったのに違いない。


 他の執行人はどういう気持ちで執行していったのだろう。散々悩んで悩みぬいて、苦渋の決断で刑を執行した人もいたに違いない。逆に何も考えずにすんなりと実行した人だっているだろう。どんな選択も誰一人として責められない。執行人として同じ苦しみを味わった俺だって、他の執行人がした選択を責めることは絶対にできない。逆に俺が他の執行人の事を責められないのと同じように、他の執行人が俺の選択を責めることはできない。


 執行人という制度は何だったのだろうか。人々に辛い選択を強いる悪法に過ぎなかったのか。死刑という制度が存在する以上、誰かがその役割を負わなければならない。そんなことやりたくないと、誰かが逃げていたら、誰もやりたくない仕事をする者がいなくなってしまう。その観点から見たら俺がしたことは正しくないかもしれない。だけど、俺は間違ったことをしたとは思っていない。誰かが役割を背負わなければならないとはいえ、状況を考えず機械のようにその役割を全うすることもまた違うと思うからだ。どちらが絶対的に正しいということはない。


 銀色の電車がホームに入ってきた。そんなことを考えつつ、俺は石崎に言われた場所へ向かおうとしていた。



 久々にやってきた街は、8年前と全然変わっていなかった。駅前の喫茶店はまだ健在だし、都会でも田舎でもない雰囲気も変わらない。駅前というのにそれほど人はおらず、車も少ない。戻ってきたという感覚と懐かしいという感覚が入り混じって何だか奇妙な感じだ。


 石崎は気を遣ったのかそうでないのかわからないが、また同じアパートに住めるよう手配してくれた。ありがたいことだが、別の意味であまりありがたくないことでもある。そういうことをすべて分かっていて、手配したのだろう。俺が帰るべき場所はここしかないという意味をこめて。


 喫茶店に入っても良かったが、何となく俺は家に向かうことにした。いつもの通りを歩く。途中にあるいつもの公園は桜が満開だった。相変わらず人はおらず静かで、桜がひらひらと舞い落ちてくるだけだった。俺はその桜が舞い散る公園の風景を楽しもうと、入り口を入ってすぐのところにあるベンチに座った。


 時折吹く暖かな風が心地よい。眠気がどこからともなくやってきた。ベンチにもたれかかりながら、薄らとまぶたを開け、眠気に耐えながら満開の桜を見ようとする。まぶたが重い……。



 気がつくと目の前に長髪の女性が立っていた。女性はこちらを覗き込むように少し前屈みの体勢を取り、細長い眉毛をつり上げ大きな瞳でこちらを睨んでいる。冗談で「あんた誰」と言ってみたいと思ったが、とてもできる雰囲気ではない。8年前よりは進歩したということを見せないと駄目だろうな。何て言おうかと思ったが、事前に考えていた言葉をそのまま言うことに決めた。


 「ただいま、ゆうちゃん。誰だか分からなかったよ」


 「久しぶり。まーくん。20年ぶりだね」


 彼女のその瞳は薄らと涙でぬれているようにも見える。表情が笑顔に変わる。そんなことよりも、20年というのはどういう意味だろう。


 「20年? どういう意味かな」


 「言葉通りの意味だよ。8年前はずっと無視され続けたからね。だから20年」


 俺はばつが悪そうに笑う。


 「そうは言ってもね。苗字が変わっているし、男の子が女性に変わっていればわからない」


 「私は昔から女です。苗字は変わっても名前は変わっていないでしょ。ちゃんとヒントもあげたじゃない。僕はって、ずっとまーくんの前だけは恥ずかしい口調で喋っていたでしょう。帽子をかぶって会いに行ったり」


 「口調を変えたり帽子をかぶっても、外見だけでなく性格だって変わっているのだから気がつかないよ。どうすればそんなに変わるのか……」


 「自分ではそれほど変わっているとは思っていなかったのに……」


 「気がつくわけがないよ。そうだ。お返しにひとつ言っておこう。ゆうちゃんが20年前から間違っていること」


 「20年前から間違っている?」


 「それでお互い様ということで。ゆうちゃんは何で俺のことをまーくんと呼ぶのかな?」


 「私のお母さんがまーくんって言っていたし、下の名前はまさよしでしょ?」


 「みんな読みを間違えるんだよね。そうやって間違ったままにしていたら、いつの間にかみんなからそう呼ばれるようになった。俺も面白がってそのままにしていたのが悪いのだけど。俺の名前は、せいぎ、だよ」


 少しの沈黙の後、俺と彼女は同時に笑い出した。


 「そしたら、せいちゃんって呼ばないとね」


 「それは今更勘弁して欲しいな。今までどおり、まーくん、ということで、お願い。この歳になっても、ニックネームで呼ぶのもどうかと思うけど」


 「それでは、正義せいぎさんって呼んだ方が良い?」


 「それだけはまじで勘弁」


 暖かな風が吹いて、桜吹雪が巻き起こる。旧友とのそんな会話を楽しみながら、美しい春の景色を見ていると、苦しかったことや悩んだこともみんな良い思い出になるような気がした。旧友とだってこうやって昔みたいに会話することができるのだから、すべてに失望する必要は無い。失われた時間は取り戻せないが、これからまた未来を作っていけば良いのだから。

 こんにちは、runcurse こと 遥離ようり禎沖さだおきです。書ききった後でようやくペンネームが決まりました。次回以降はこのペンネームで行きます。


 最後まで読んでいただき本当にありがとうございます。こんな長い小説は今まで書いたことがありませんでした。というよりオリジナルの小説を書いて公開するのが初めてです。ど素人がいきなり60,000文字ぐらいの小説を書くなんて無謀でした。単行本一冊で100,000文字を超えるのが普通というから、それがいかに大変なことであるかよく分かりました。1話当たり3000文字程度でも苦しいのに、1時間に10,000文字ぐらい書く人もいるなんて信じられない感じです。


 この小説を書くにあたり、事前に考えないでなるべく書いたその場で決める方針を取りました。行き当たりばったりというやつです。執行人に関する基本的な設定と結末だけを考え、細かい部分は連載中に考えようと決めました。私は本業が開発者ということもあり、細かい部分までを徹底的に設計しないと気が済まない性質なのですが、今回は物語の設計をしませんでした。


 下手の考え休みに似たりといいますが、小説の素人であり経験も無い自分がいくら設定を考えたところで、先に進まないばかりで完成しないと思ったからです。そういうわけで、とにかくひとつの作品を完成させることを優先しました。そうやって出来上がったのがこの小説です。素人丸出しで不快感を与える箇所があったかもしれません。ご容赦いただければと思います。


 何でこの作品を一作目にしたのかは自分でも良く分かってはいません。実は他にも色々とアイデアがあって、「小説家になろう」にふさわしいジャンルのものもありました。いわゆる「異世界物」とか「ファンタジー」です。でも、それらは後回しでもいいのではと思いました。他の方が死ぬほど書いているジャンルですし、最初からそれを書くのは何となく嫌だったのです。色々他のジャンルを書いてからにしようと思いました。


 行き当たりばったりで書いてみたのはいいけれど、当たり前ですが前途多難でした。語彙が少なく、良い文章が思い浮かばない。同じフレーズの繰り返しが出てくるし、設定はどんどんおかしくなっていく。登場人物の性格がよく分からなくなる。本業の開発でこんなことやったら即クビです。でも、とにかく完成させようと思いました。途中、休暇で海外に行ったのですが、そこでも書いていました。帰ってきてからも時差ボケしながら、悪戦苦闘していました。


 何はともあれ完成することはできました。今回はこんなやり方をしてしまいましたが、小説も開発と同じではないかと思っています。全体的な話(世界観)の設計を行い、全体を個々の部品(話)に分解して、部品の役割と機能を決め、全体が調和するようにチューニング(校正)する。ただ、理論と実践は違います。経験が無ければ良い物はできません。経験を積んで少しずつ物語を設計できるようになっていければと思っています。「異世界物」とかが書けるのはいつになることやら。


 次は何を書こうかな。ホラーとか恋愛とか、アイデアはあるのですが、あまりジャンルには縛られずに色々と書いていきたいと思います。ところで、今回の小説のジャンルって何になるのでしょうか。書く前は分からなかったので、「その他」にしたのですが、多分間違っているような気がしています。とはいえ、文学というほどのものではないですが。


 最後まで読んでいただき誠にありがとうございました。次回作でまたお会いしましょう。

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