2.宇宙人
スマホの目覚ましが鳴り響く。毎日聞いているその曲は子供の頃に良く遊んでいたゲームの戦闘に使われているものだ。畳の上に直接寝ていたため、体の節々が痛い。俺は老人のようにゆっくり上体を起こすと、テーブルの上に放り出されていたスマホに手を伸ばし、画面をスライドして目覚ましを止めた。8:00の文字が画面に映っていた。
体の節々が痛いだけでなく、体がだるい。異常にのどが渇いており、頭もふらふらする。昨日、飲食せずにゲームを一日中やっていたためだろう。夏休みに入ってから、1日おきにこんな生活を送っている。飲食せずに丸一日ゲームをして、疲れ果てて眠る。次の日に飯を食ってゲーム。その次の日はまた丸一日ゲーム……。
俺は台所に立ち、水を一杯飲むと、ふうっとため息をついた。こんな生活も今年で終わりだろう。来年は4年生であり、就職活動やら卒業研究やらでゲームをやっている暇などない。執行人生活もこれで終わりというわけだ。ゲームに飽きているし、止めるには調度良い機会だ
。
世の大学生がどんな生活をしているのかなんて見当もつかないが、自分はかなり駄目な部類なんだろうと思っている。大学に入ったはいいが、友達と呼べる友達はいない。そういえば一人、やたらと自分に話しかけてくる奴もいるが、面倒なので適当にあしらっている。夏休みに入ってよかったことといえば、そいつから話しかけられなくなったということだろう。
なぜ、大学になって友達を作らなくなったのか。自分でも良く分からないが、他人に関わるのが嫌になった。別にコミュニケーションが苦手だとかそういうわけではない。誰とでも会話はできるし、対人恐怖症というわけでもない。ただ、面倒なのだ。時間の無駄と思えてくる。ゲームならば、余計なコミュニケーションは必要ない。依頼を受けて、それをこなす。シンプルだ。それこそ時間の無駄といえば無駄なのだが、自分としては人とくだらない話を延々と続けるより、よほどマシなのだ。
ちなみにそのやたらと話しかけてくる奴は、友達沢山でリア充してますという感じで、そんなに友達が多いのに、これ以上他の奴とつるみたがる理由が良く分からない。自分は明らかに態度で拒否を示しており、向こうもそこまでバカではないだろうから、自分が拒否されていることに気がついているはずだ。友達が多いことに喜びを感じる奴なのだろうか。俺には理解ができない。
俺は箱買いしたカップ麺をダンボールから取り出すと、やかんに水を入れ、お湯を沸かし始めた。ここのところ、同じカップ麺ばかりをずっと食している。このままでは栄養失調になるのではと思いつつも、どうしても止められない。まあ、夏休みの間だけだし何とかなるだろう。
数分経過して、やかんから湯気が出始めた頃、突然、チャイムがなった。家のチャイムなんてほとんど聞いたことがない上に、朝っぱらから人が訪ねてきたというショックで、少し身体が硬直した。
我に帰り俺はすぐそこの玄関の前に立つと、
「誰でしょうか?」
と扉越しに話しかけた。返事はない。すると、またチャイムが鳴る。返事返せよ。少し大きめに声をかける。
「誰ですか?」
やはり返事はない。またチャイムが鳴る。一体、何なんだ! ここで扉を開けると駄目だと心の底で思いつつ、扉を開錠し、恐る恐る開く。そこには……、奴が立っていた。
「おはよう、佐藤君。二週間ぶりだね」
俺は、扉を閉めようとする。だが、奴はすぐに扉に足を挟み、扉が閉まるのをブロックした。
「つれないなあ。僕と佐藤君の仲じゃないか」
俺はお前とそんな仲になった覚えはない。気持ち悪い。
「帰れ」
俺は奴の足を蹴飛ばして、追い払おうとする。そうこうしているうちに、やかんが大声で泣き始めた。
「とっとと、帰れ!」
いくら蹴飛ばしても、その細い足を引こうとはしない。奴はにやにやして、俺があきらめるのを待っているようだ。やかんは自分をあやすのを待つかのように、ピーピー泣き続けている。俺はその鳴き声に耐えかねて、扉から離れ火を止めた。
その隙に自分の家のごとく奴は勝手に上がりこみ、畳部屋に入ってくつろぎ始めた。それを横目に俺はカップ麺にお湯を注ぎ、それを手に持つと奴を追い畳部屋の敷居の前に立つ。そして、偉そうに胡坐をかいているそいつを、上から睨みつけた。
「俺は帰れと言ったんだがね。聞こえなかったのかな?」
「いい匂いだねえ。僕も食べたいなあ?」
「俺の話を聞いているのか……」
「佐藤君だって、僕の話を聞かないよね……?」
「……」
駄目だ。まるで話が通じない。もう、面倒だ。俺はカップ麺をそいつの目の前のテーブルに置くと、PCの前の椅子に座った。
「食ったら、帰れ。俺はお前の相手をしている暇などない」
「まだ、3分経ってないよ」
あー、いちいち、面倒くせえ……。
「一体、何なんだよ。なぜ家にまで押しかけてきた。というか、俺の家をどうやって知った? ストーカーなのか?」
「家を知ったのは偶然だよ。そこのコンビニで立ち読みしてたら偶然、君を見つけてね。話しかけようと追いかけたら、ここに入ったんでね」
「いやそもそも、なぜお前がそこのコンビニにいるんだよ……」
「あれ、知らなかった? 僕の家もこの近くなんだよ?」
「あー、そうですか」
いくら知り合いの家を偶然見つけたからって、普通突入するか? やはり、俺にはこいつの生態が良く分からない。宇宙人なみに遠い存在だと思う。きっと、別の銀河から来た宇宙人だろう。
「それで、一体何の用だ。俺には用はないから、早々に帰っていただきたいのだが? ニホンゴワカリマスカ?」
「あは。やっぱり、佐藤君は面白いね。別に用はないんだけどね。用がなかったら来ちゃ駄目なのかな?」
「あのさ、俺とお前は友達でも何でもないわけ。話し相手ならいくらでも別にいるだろう。なぜ、俺のところに来るんだ。俺には関わるなというオーラを散々出し続けていたつもりなのだが、それに気がつかなかったのか?」
「ごめんね。僕はまだオーラに目覚めていないからね。佐藤君に殴られれば、もしかしたら目覚めるかもしれないね」
「本当に殴ったろか……」
本当に意味が分からない。俺のどこが奴の琴線に触れたのか分からない。おまけに意味不明な言葉遣いで、一体何考えてやがる。
「大体、何だその『僕』ってのは。他の奴と話すときはそもそもそんな一人称使ってないだろう。俺をからかっているのか」
「これが僕の地なんだよ。誰にだって表向きの顔と裏向きの顔があるでしょ」
「ますます、よく分からん。なぜ、知らない相手に地を出すんだ」
「それは君のことが知りたいからだよ」
「俺は自分のことを知られたくないし、お前のことを知りたいとも思わない。これで話は終わり。そろそろ、3分経つな。とっとと食って帰ってくれ」
俺は奴から顔を背けると、PCの電源を入れる。黒いBIOS画面の背景に奴の整った顔がぼんやり映っている。妙な空間がそこに広がっていた。自分以外の人間、しかも一生関わらないと思っていた人種がそこにいる。違和感しかない。一体、何を間違えれば、こんなことになるのだろう。
「帰る」
奴は立ち上がると俺の横を通り過ぎる。シャンプーの微かな香りが鼻を刺激する。
「今日は帰る。僕はあきらめない」
小さい声だがはっきりとした意思が伝わる声が響いた後、扉が閉まる音がした。
なぜ、奴が俺にこだわっているのか、まったく分からない。大学以前に会った事もなければ、大学に入ってから特に気に入られるようなことをした覚えもない。以前から思っていたことだ。何が目的で俺に近づくのか。家まで押しかける意味は何だ。俺が同じ立場だったら、絶対に家に押しかけたりはしない。そんなリスクを背負う勇気はない。
俺はカップ麺を手に取ると、すすり始めた。




