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執行人  作者: runcurse
17/20

17.幼馴染

 俺は流山と面会の約束を取り付けた。面会は一週間後、そのときに自分の考えを話し、流山から真相を聞くことに決めた。直接対決というのは言い過ぎかもしれないが、自分としては一生に一度の勝負のような気分になっていた。決闘に臨む気分というのはこんな感じだったのだろうか。高揚とも武者震いとも違う、血の沸き立つような感覚。自分が搾り出した答えが正しいかどうか、すぐにでも確かめたいという欲求。人の死が間近に迫っているというのに不謹慎だが、この感覚を自分の意思で消すことはできなかった。


 そんな感覚を少しでも鎮めたかったのか、俺はよりによって偶然出会った”奴”に自分の執行人としての立場などを伏せて、小説仕立てで今回の事件のことを話した。もちろん、フィクションを交え、登場人物も変更している。


 「ふうん……。君は大学を休んで、小説家にでもなりたいのかな」


 「まあそんなところだ」


 駅前のいつもの喫茶店、入り口に一番近い席で俺と奴は向かい合っていた。今回の件のあらましを話した後、一息つくようにホットコーヒーをすする。


 「ひとつ聞きたい。主人公の男と自殺したその恋人は幼馴染だったのに、なぜ恋人は犯人のことに気がつかないのかな」


 「犯人が当時とはあまりにも変わっていたからだ。自他共に認めるできの悪かった男が、とても入れそうにない大学に入っている。それに苗字も変わっており、容姿だって激変している。子供時代から一度も会っていないし、普通は気がつかない」


 「……。そういうものなのかなあ。たとえば当時の記憶が蘇るようなことを主人公は一度もしなかったのかな」


 「するわけがない。そんなことをすれば復讐計画が崩れてしまう」


 「でもさ、手記を読んだだけで両親を殺害して、自殺までするかい? 主人公の手記が性質の悪い趣味だということも可能性としてありえるよね。普通は主人公にこの手記は何なのか聞くんじゃないの?」


 確かに言われてみればその通りだ。手記だけを信用して、綾香が犯行を犯すのは変だ。何か思い当たる節がないと、本人を直接問い詰めそうな気はする。


 「そう言われてみればそうだな。恋人は主人公の立ち振る舞いから何となく幼馴染ではないかと気がついていて、手記で幼少時代のころを思い出した。その後に過去の事実を調べて両親の非道を確信し、殺害に及んだ。これなら辻褄は合うか」


 「辻褄は合いそうだけど、納得はいかないな。僕だったら結末は恋人が主人公の復讐を止めて、ハッピーエンドに持っていくけどね」


 「俺はハッピーエンドは嫌いなんだよ」


 さすがに結末までは変えられない。いや、これは俺の創作ということになっているから、変えても良いのか。


 「それと絶対に嫌、というよりどうしても許せないのが、やっぱり恋人が主人公のことに気がつかないことかな。いくら容姿がものすごく変わっているからって気がつくと思うんだよ。私だったらすぐに気がつくね。例え何らかの理由で性別を勘違いしていたとしてもね。記憶が蘇るようなことをすればなおさらね」


 「突然何を言っているんだお前は。何で性別の話が出てくる。性別を勘違いしているというのはどういう意味だ。この話の肝は恋人が主人公のことに気がつく気がつかないの部分ではなくて、主人公が殺人を偽装してまで恋人の犯行を隠蔽したというところだ」


 奴の様子が何だかおかしい。いつも笑みを浮かべている奴らしくもなく、不機嫌な顔をして、こちらを睨みつけているように見える。何かまずいことを言ってしまっただろうか。どこが奴の機嫌を損ねたのか。


 すると不機嫌な顔から一転、今度は悲しそうな顔、というより俺を哀れむように奴はこちらを見ている。忙しい奴だ。


 「はあ……。待つというのがここまで苦行だとは思わなかったよ」


 「待つ? ああ。主人公は復讐のときまで随分苦労したはずだからな。復讐の瞬間を待っていたという意味だよな?」


 「あ、ああ……。まあ、そうだね」


 哀れむというか、あきれるというか、もはや見るに耐えないといった様子で奴は下を向いてしまった。事実は小説より奇なりというが、この物語はそうではない、面白くない話だったのだろう。


 「つまらない話を聞かせてしまったようだな。色々と参考になった」


 俺はテーブルの上に2人分のコーヒー代を置くと立ち上がった。


 「時間を取らせて悪かったな」


 「ち、ちょっと待って。ごめん。僕が悪かった。個人的にいらいらしたところがあって……。別にその小説の話が悪かったというわけではないよ」


 「いいんだ。本当はこの話を誰かにする気はなかったんだ。俺の気の迷いみたいなもんだ。誰かに話して確かめたくなった」


 「確かめる?」


 「いや、気にしなくていい」


 「ひとつだけ聞いてもいいかな? もしかして、学校を辞めるつもりじゃないよね? 突然小説家になるので辞めます、みたいな……」


 「学校を辞める? ああ、休学のことか。あと2週間ぐらいしたら復学するつもりだ。辞めるつもりはない。早く復帰しないと、大学卒業も危なくなるからな」


 「本当に? 辞めないよね?」


 「辞めないよ。今回休学したのはこの小説を完成させるためなんだ。突然何かが降りてきて、小説が書きたくなるときは誰だってあるだろう? ……あるわけないか」


 不安そうに奴はこちらを見ている。その不安そうな目はどこかで見たような気がしたが、思い出せない。


 「とにかく、二週間もすれば嫌でも学校で顔を合わせることになる。そのときはできればそっとしてもらえると助かるけどね」


 俺は今度こそ喫茶店を出ようと、席から移動しようとした。そのときだった。奴が俺の腕をつかんだ。俺は顔を奴のほうに向ける。奴はうつむいていた。


 「何度もごめんね。本当は待つつもりだったのだけど、もう待つのは止めようと思う。今度学校で会ったときに、僕が佐藤君と友達になろうとしている理由を話すよ。だから、絶対に学校へ来て欲しい。こうでもしないと、何だか佐藤君が二度と学校に来ないような気がするんだ」


 俺の腕を握っている小さい奴の手は動かせばすぐにでも振りほどけてしまうほど弱々しかった。何を不安視しているのか分からないが、俺が学校を辞めると本当に思っているらしい。別にそんな素振りをみせたつもりはなかったのだが、一体どうしたというのだろう。


 「なぜ俺が大学に来ないと思っているのか知らないが、俺は大学を辞める気はないし、きちんと卒業する気でいる。そこまで心配されるようなことはしていないつもりなんだけどなあ。小説の内容に変更があったらもうちょっと長い休養を取るかもしれないけど、必ず卒業はするつもりでいる。だから、お前が友達になりたい理由とやらを話す約束をする必要はない」


 俺はそっと手を引いて奴の手を離し、そのまま喫茶店を出た。


 奴は俺が大学へ戻ってくるよう真剣に頼んだように見えた。俺が大学を辞めたいと言っているのであればともかく、戻ると言っているのにまるでもう会えないかのように話しているのはなぜだろう。俺には分からない何かを感じ取ったのだろうか。それはお前の気のせいだと思いながら家への道のりを歩いていった。

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