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執行人  作者: runcurse
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16.その結論の先には

 県警から家に帰った俺は畳の上に寝転がり目を閉じて、あの手記の内容を振り返った。


 綾香のスマートフォン内に保存されていた流山の手記から、動機面でも彼の犯行である証拠が補強された。黒井家に対する強い恨みによる復讐。これ以上の動機が他にあるだろうか? だが、まったく納得がいかないし、解決したとは思えない。流山の行動や現場の状況など不審な点が拭い去れなかった。


 一番気になっている点はナイフを包丁と一緒に隠さなかった点だ。念入りに指紋をふき取り、包丁と両腕を見つからないように隠しておきながら、一番隠さなければならないナイフを見つかったら最も不利になる自分の家に隠すなんて、自分が犯人であることを自白しているようではないか。決定的な証拠が見つかった後の裁判では一貫して無実を主張し、判決後はそれを撤回する。これでは死刑になりたがっているようにしか見えない。


 振り出しに戻ってしまった。一体何を間違ったのだろう。スマートフォンの中には新たな真実があった。あの中身が間違いだとは思えない。流山があそこまでして見られたくなかったものだ。ナイフもきっと殺害するために購入したのだろう。計画的な犯行であるのは間違いない。だがその割には殺害方法が一貫せず、予期せぬ事態が起きたかのようにずさんで、犯行後の行動の何もかもがちぐはぐで、まるで犯行と犯行後の行動が別人のように見える。……。


 どこかでそれを期待していたのかもしれない。それは考えないように心のどこか奥深くで否定していたはずだ。現実逃避にしか思えない。だがそう考えないと辻褄が合わない。


 流山は黒井家の人間を殺害していない(、、、、、)


 流山は誰かが殺害した罪を自分で背負うために、犯行現場を偽装したのだ。その誰かとは、黒井綾香だ。黒井綾香は流山の代わりに両親を殺害し、その後首吊り自殺をした。流山は綾香が犯した殺人すべてを自分の犯行に見せるべく、家から殺害用に用意していたサバイバルナイフを持ち出し、綾香の両親の死体を滅多刺しにした。滅多刺しにした理由は綾香が使った凶器が包丁であるため、その殺害の痕跡を消すためだ。そして、流山は自殺した綾香の遺体のその首からベルトをほどき、わざと手に首を絞めた跡を残すために自分の手でベルトを使って綾香の首を強く絞めた。流山はすべての犯行を自分のものとして上書きしたのだ。


 その後スマートフォンを見つけられなかった流山は、綾香の両腕を包丁で切断し、包丁と一緒にどこかに捨てた。両腕を切断したのはついでで、実際は包丁の方を隠したかったのだ。もしかしたら、綾香の手には包丁でできた傷みたいなものがあり、それを隠蔽する目的があったかもしれないが。


 犯行の大筋はこんなところだろう。流山の罪は殺人ではなく死体損壊と証拠隠滅。そして、一番重要なのは彼がどうしてこんなことをしたのかということだ。あまり考えたくないが、流山は死刑になりたかった(、、、、、、)に違いない。


 3人を殺害して証拠隠滅し、確実な証拠が出たのにも関わらず無実を主張。判決後は一転して取り下げ。行動の辻褄が合わなかったのは、確実に死刑となるため故の行動だったのだ。スマートフォンを隠したのは復讐であったことが分かれば、情状酌量とつながり、減刑につながると考えたからだろう。


 では、なぜ死刑になりたかったのか。恐らく流山は黒井綾香のことが本当に好きになってしまったのではないか。だから、綾香が罪を犯した後で流山は殺人を隠蔽し、綾香の名誉を守った。自分の復讐計画によって綾香に罪を犯させた上、死に追い込んだことを悔やみ、自責の念に駆られてその罪を背負って死刑になろうと考えたのではないだろうか。綾香の机の上で見た、流山翔と黒井綾香の笑顔が思い浮かぶ。


 これが俺の答えだった。本当のところは流山本人に確かめないと分からない。だが、これで間違っていたとしても後悔はない。


 俺は目を開けて、上体を起こした。テーブルの上には執行人任命通知書と白い冊子が投げ出された状態になっていた。その隣に置いてある小さな鏡に写る自分の顔は、いつか見た疲れた顔ではなく、つき物が落ちたような晴れやかな顔に見えた。


 執行人任命通知書が届いてからどのくらい経過したのだろう。ほんの1ヶ月程度の時間しか経過していない。その程度の時間ではあったが、人生で一番長い時間であり、最も考え抜いた時間だったと言える。その長くて短い時間の最後に、俺は今まで先延ばしにしてきたもうひとつのことに決着をつけなければならない。執行人として流山に刑を執行する件についてだ。


 綾香が殺害を実行していなければ、流山はきっと殺害を実行していただろう。そして彼は死刑を望んでいる。とはいえ、彼は殺人を犯してはいない。殺人を犯していない以上、彼が死刑になる理由はない。彼が恋人を追い込んで殺人者にしてしまったことを悔いていたとしても、死刑になるほどのことではない。死刑というのは彼が望んだ罰であり、裁判を操作して得た作為的なものに過ぎない。望んだ罰を与えることが本当に罰になりえるだろうか。


 一方で流山が殺していないという結論は、自分が勝手に想像して納得したことに過ぎない。実際の犯行現場を見ていないし、辻褄が合わないことが多いとはいえ、本当に流山が殺害を実行した可能性はあるのだ。それに俺の勝手な推理と公式な裁判を経て得られた結論とではその重みが違いすぎる。俺に与えられた義務は裁判結果を覆すことではなく、裁判で決定された刑を流山に執行することだ。それ以外のことは求められてはいない。


 流山に会ったとき彼は何と言っていたか。松戸は俺に何と忠告したか。最初から分かっていたはずだ。それでも、何も調査せずに刑を執行していれば悩むことはなかっただろうが、絶対に後悔しただろう。調査してからどんなことが起きようとも後悔しないと決めたはずだ。


 そう、ここで迷うのは筋違いだ。俺は自己満足のために調査を行い、流山が触れてほしくない事実を暴きたて、裁判で出た結論を勝手に捻じ曲げた。俺の結論がどんなものであろうと、執行人として正義を貫き、刑を執行するのが正しいのではないか。執行人としての正義はひとつしかないのだ。例え死刑に相当しない罪であったとしても、裁判で出た結論は死刑であり、それが確定しているのだから。


 今週中に流山と最後の面会を行おう。そこで俺の考えをすべて話し、流山の話を聞こう。俺にできることはそこまでだ。それらをすべて報告書として纏め上げ、最後の義務を果たし、俺の執行人としての責務を終わらせよう。






 俺は弱いだけなのかもしれない。自分で出した結論を信用することができず、執行人の正義を理由にしなければ刑を執行することもできないのだから。どうしてここまで事件を知りたいと考えたのだろう。刑の執行を遅らせるため? 誰よりも事件のことが知りたいというのは結局、自分の都合に過ぎないのではないか。俺は何がしたかったのだろう。

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