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執行人  作者: runcurse
14/20

14.真実のありか

 キッチンを捜索した後、バス、トイレと水回りを調べたが特段、怪しいところはなかった。警察はバスが遺体の切断場所と踏んで念入りに調査をしたが、何も出てこなかったらしい。俺も何か出てくると期待していたが、警察がいくら調査しても出てこなかったのに自分で調査しても何も出る訳がないとすぐに調査を諦めた。


 次に二階へ上がり、綾香の部屋を捜索した。綾香の部屋は少し狭く、女性らしい小物が多少飾ってあるが、それ以外は至って質素な部屋で、部屋の主の性格を表しているように感じた。学生の頃から使っていたと思われる机の上には、友人や流山と撮影したと思われる複数の写真立て、ノートPC、どこかの土産品と思われる複数の小物が置いてあった。そのすぐ横には小型の液晶テレビがあり、その手前には机と同じような小物が置いてある小型テーブルが配置されていた。テレビ側からテーブルを挟んで向かい側には俺の背丈より低めの背の高いベッドがあり、青い布団が乗っかっていた。ベッドの下にはタンスや小型の本棚があり、本棚の中にはファッション雑誌などが並んでいた。


 有名なリゾート地と思われる場所で流山とツーショットで写っている写真は、二人とも幸せそうに笑っており、とても殺人事件につながるような気配は感じられない。写真の流山は刑務所で会ったときのようにやつれてはおらず、髪の毛を綺麗にセットしてブランド物の服装を着こなし、女性に好かれるタイプだ。写真だけ見ればいつ結婚してもおかしくない様な理想的なカップルにしか見えず、流山がどう思っていたのかは不明だが、少なくとも黒井綾香は流山のことを好きだったに違いない。


 女性の部屋を物色するのは気が引けるが、捜索しないことには始まらない。知らない人が見たら完全に怪しい人間だなと思いつつも、俺は一通り机の中やクローゼットの中などを見た。しかし、事件に関わるようなものは何も出ない。15分ほど捜索して何も出ないことを確認すると、部屋を元に戻して俺は松戸が待つ1階のリビングまで戻った。


 「当たり前ですが何も出ないですね」


 俺がそういうと松戸は立ち上がり、背伸びをした。


 「そんなものだろう。でも、包丁の件に気がついたのだから、良しとしておけばいい。警察の捜査だって何も出ないことの方が多い。何でも積み重ねだよ」


 「そうですね。本日はお忙しいところご協力いただき、ありがとうございました」


 俺と松戸は黒井家を後にした。


 俺は家に戻る前に公園のベンチに座り、黒井家で発見したことについて考えていた。遺体の切断には恐らく包丁が使われ、ナイフとは別に隠されたこと。そして、写真で見た流山と綾香は仲のよいカップルにしか見えなかったということ。


 殺害にナイフを使い、遺体の切断に包丁を使ったことがどうしても理解できなかった。手間を掛けて何故そんなことをする。証拠が増えるだけだ。それに包丁だけ別のところに隠した理由が分からない。また、ナイフを見つけやすい家に隠したこともよく分からない。逆に考えると、包丁と両腕だけはどうしても見つからないように隠す必要があったように感じる。そして、ナイフは見つけられても問題が無いようにあえて家に隠したようにも感じられる。一貫して無実を主張した男がなぜわざわざ、なぜ自分の家に決定的な証拠を隠す。流山は何をしたかったというのだ。


 公園の中は夕日で赤く染まっていた。吹いてくる風から熱気は感じられず、秋の気配が漂い始めている。突然、ベンチの後ろの公園の入り口から人影が長く伸びる。誰か人が来たようだ。嫌な予感。


 「誰かと思えば」


 「誰かと思えばだって? わざとらしいやつだな」


 大学の帰りなのか、奴はリュックを持っていた。顔は相変わらずにこやかに笑っている。何が楽しいのだろうね。


 「佐藤君、最近大学で見かけないじゃないか。寂しくてしょうがないよ」


 「それはどうも。ちょっと理由があって休んでいる」


 奴は俺の左隣に座ると、帽子を脱いでベンチの上に置いた。奴はシャツの襟を左手で軽く広げると、右手で手うちわして、まだ暑いねえと小声でつぶやいた。俺は奴の方を見ないように反対側を向くと、そんなに暑いかよと小声でつぶやく。


 「ふうん。いつ戻ってくるの」


 「さあてね。お前がいなければ、すぐに戻ってもいいけどね」


 「さらりと酷いこというね。まあ、僕関連ではないようだから、ちょっと安心」


 「お前さあ。どこまで自意識過剰なんだよ。俺がお前のことでわざわざ大学を休むと思うか? まあいい。今日は一体何の用だ。今疲れていて、余り相手をしたくない」


 「今日だけでなくいつも相手にしないくせに。そうそう、僕のスマホが壊れちゃってね。全然認証してくれないんだよ」


 「スマホ? 認証って数字を入力するアレか?」


 「いやいや最近のスマホはね、指紋を使って指認証できるんだよ。でも、何度指を押し付けても、認証してくれないんだよね。そういうときのために実は数字を使って解除できるようにもなっているんだけどね。ああ、修理に出さないといけないなあ……」


 奴はスマートフォンを取り出すと、うーんと言いながら画面に強く指を押し付けている。原理的に指を強く押し付けたところで反応が良くなるとは思えないのだが、そうしたくなるのも分からないわけではない。スマートフォンと格闘している奴を見ながら、余計に壊れるのでは……、ちょっと待てよ。


 奴が認証しようとしているスマートフォンをどこかで見たような気がする。そう。証拠品だ。証拠品の綾香のスマートフォンと同じ機種だ。指紋認証機能……。綾香の両腕が見つからない。警察はスマートフォンの認証を解除できていない。


 まさか……、とは思う。そんなことはありうるのだろうか。スマートフォンを認証させないために、両腕を切断した? しかし、スマートフォンを認証させないだけであれば指や手だけを切り落とせば良い。それにスマートフォン自体を見つからない場所に隠してしまえばよい。


 いや。刑事はスマートフォンがベッドの裏から見つかったと言っていた。流山はもしかしてスマートフォンを見つけられなかったのではないのか? だから仕方が無く認証できないように遺体の両腕を切り落とした。でも、どうして両腕なんだ? 手首から先を落とせばいいはずだが……。


 両腕を落としたのはフェイクではないだろうか。そんな気がする。手首から先を落とせば、そこから先に何かがある、探してくださいと言っているようなものだ。だから、あえて両腕を肩から落として、手や指から意識を遠ざけた? もしそれが正しいとすれば、綾香のスマートフォンにはそこまでして隠したい重大な何かがあるということになる。


 だが、なぜ流山は綾香を殺す前にスマートフォンを手に入れなかったのだろう。恋人の流山がスマートフォンを貸してくれといえば、綾香は貸しただろう。最も簡単な方法だ。両腕を切り落とすリスクを犯してまでスマートフォンを隠すことに執着しているのだから、真っ先にやることはスマートフォンを手に入れることだ。それをしないのは何故なのだろう。


 「おーい。佐藤君?」


 目の前に奴の顔があった。大きな瞳がぱちりと瞬く。


 「うわああああ!」


 俺は慌てて、ベンチから飛びのいた。


 「何を大げさに驚いているの?」


 「お前が顔を近づけるからだ! 何を考えてやがる!」


 「人を化物のように言わないでくれないかな」


 やはり、こいつとはそりが合わない。世間ずれしているというか、自分のやっていることがどういうことなのか分かっていない。


 気がつくと日が落ちており、公園は薄暗くなっていた。公園の灯りが点灯した。


 「俺は帰る。お前も早く帰れ。家が近いからって一人歩きは物騒だぞ」


 ベンチ脇を通り過ぎたときに見た奴の顔は少し笑顔で、心配してくれるんだと囁いたように聞こえた。多分気のせいだと思う。

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