表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
執行人  作者: runcurse
12/20

12.ずれ

 県警で証拠品の物色をしてから、一週間が経過しようとしていた。この一週間、調査らしい調査はせず、家にこもっていた。調査へのモチベーションが全くといっていいほど上がらないからだ。殺害方法が異なる件も、両腕が無い件も、理由を知っているのはそれを実行した流山なのだろうが、無駄なことをしたくないと言っていた当人がその理由を教えてくれるとは思えない。自力でそれらの理由を調査するにしても、どうやって調べればいいのか、どこから手をつけていいのか分からない状態だった。


 俺は朝食のコッペパンにブルーベリージャムを塗って、口に放り込んだ。ブルーベリージャムの甘酸っぱい味が口いっぱいに広がる。口に含んだパンを数回噛んだ後に、ミルク入りのホットコーヒーを口に流し込んだ。コーヒーとそれに入れた牛乳と砂糖、さらにブルーベリージャムの味が口の中でごっちゃになってどんな味かよく分からない。昔から食べ慣れた奇妙なその味は、俺にとっては朝食の定番であった。


 朝食を食べながら何度も流山の殺害時の行動を想像する。食事を食べながら考えることではないとは分かっているのだが、どうしても考えずにはいられなかった。流山は衝動的な犯行といっておきながら、なぜかナイフを持っていた。しかも、ナイフは事前に購入していたという。衝動的な犯行なのに、計画的に見えるのはなぜだろうか。衝動的な犯行というのが嘘なのか? そんな嘘を俺についたところで何になるのだろう……。

 

 駄目だ、この考え方は。流山の証言が嘘だろうが本当だろうが、そこを基点にして何かを考えるのは止めよう。裏が取れないのだから、その真偽は不明だ。


 では、県警で刑事から教えてもらった事実だけで考えてみよう。流山がナイフを事前に購入していたことは間違いない。これは計画的な殺人なのだ。流山は犯行時にナイフを隠し持って、何らかの理由をでっち上げて黒井家に上がりこむ。上がりこんだ後、恋人の両親を滅多刺しにして殺害……?


 2人をどうやって滅多刺しにするのだろう。一人を滅多刺しにした後、もう一人を滅多刺し? あれほどの滅多刺しだ。相当な時間が掛かる。あの遺体の損傷は数回刺すレベルではなかった。一人を滅多刺しにしている最中にもう一人に逃げられるに違いない。


 片方しかいないときに上がりこんで殺害し、その後に戻ってきたもう一方を殺害するのはどうだろう。これならば多少時間が掛かっても、滅多刺しにすることはできる。だが、もう片方を待つリスクが大きすぎる。一緒に誰かが来ないとも限らない。計画的に殺害するのであれば、両親が同時に揃っている状態で殺害できるように準備するのが自然だろう。可能性は低そうだ。


 では、確実に一人ずつ殺害してから、殺害した遺体に対して滅多刺しにする場合はどうか。辻褄は合うが、なぜ滅多刺しにする必要があるのだろう。殺した後で憎くなったからさらに刺した? わざわざ、遺体の間を往復して刺すなんてことをするのだろうか。殺害した勢いで興奮して滅多刺しという行為を行うならまだ分かるが、この線でいくとすれば勢い余って滅多刺しになる遺体は2人目のものだけだろう。2人目を滅多刺しにした後で、わざわざ1人目に戻って滅多刺しにするのは考えにくい。


 計画的に準備していたとしても、衝動的に2人の滅多刺しを行うなんて難しいように思える。しかも、もう一人殺さなければならない人間がいるのだ。どういう方法を使えばそんなことが可能になるのか。薬などで予め眠らせておいた? そうだとすれば、刑事はその事実を言うだろう。


 こうなると最も自然な流れは、殺した後で何らかの理由でやむなく滅多刺しにしたことだ。ここで思い出されるのが、黒井綾香の遺体の両腕が無いことも含め、殺した後に何かが起きたと考えないと不自然なことが多すぎる。


 そういえば、凶器からは両親の血液が検出されたといっていたが、何故黒井綾香の血液は検出されなかったのだろう。両腕を切断するのだとしたら、あの鋭いナイフを使うのが良さそうなのにそれを使った形跡は無い。ナイフ以外のものを使って切断したというのであれば、それは一体何なのだろう。家の中で紛失したものなどはなかったのだろうか。


 ナイフが家に隠してあった点も疑問が残る。指紋を神経質に消すような人間が、ナイフを自宅に隠したというのはどういう訳なのだろう。普通は見つからない場所に捨てるだろう。発見され言い訳できない証拠になっているし、それが裁判の決め手になっている。ナイフを見つからないように隠すことは両腕を隠すことより簡単だったはずなのに、何のためにナイフだけわざわざ自らを危険にさらす自宅に隠したのだろうか。


 自分の推理が外れているかもしれないが、不自然な点が多い。だが、これ以上考えても分からないということも事実だ。担当刑事に直接話を聞いて、もっと流山や被害者に関する情報を仕入れる必要があるだろう。少しの情報でここまでの不自然な点があるのだから、殺害現場である黒井家を確認すれば、もっと分かることがあるかもしれない。証拠品として残されていないもの、例えば黒井綾香の両腕を切断した道具などは、黒井家を探せば何か出てくるかもしれない。これで次の方針は固まった。


 犯行現場である黒井家を捜索するなんて、刑事が聞いたらどう思うのだろう。執行人になった事実を知ったとき、この事件を誰よりも知り尽くしてやろうと思った。今もその気はある。しかし、改めて考えてみると、執行人制度で調査の権利があったとしてもやり過ぎのような気がしてならない。この行動は警察や検察の捜査、裁判に対する侮辱とも取れるのだ。調査をやり過ぎれば警察が積極的に協力しないという方針をとる可能性は十分にある。今警察が協力してくれているのは、調査したところで流山が黒なのは間違いなく、新しい事実が出てきても何も揺るがないし、状況が何も変わらないからだからだろう。最初の執行人ということもあって、扱いが分からないということも自分の活動にプラスに働いているに違いない。俺は執行人の最初のケースとして幸運なだけなのだ。この先俺が調査方法を間違えれば、後続の執行人たちに対して不利益を与える可能性もある。


 俺は自分で執行人としての活動を難しくしているだけなのかもしれない。事件のこともこれからの執行人のことも考えずに、執行人の本来の義務だけを果たしていればここまで悩むこともないだろう。こだわらなければ、刑を執行してすぐに済む話なのだ。だが、こだわりを捨てて刑を執行してしまったら、自分は何かを失うような気がする。かつていじめられて友達を作ることを止めるという選択をしたときと同じだ。執行人として選択を間違えて失う何かは、かつて選択を間違ったときと同じように取り戻すのは容易ではないだろう。かつての失敗も取り戻せていないのだから、もう二度も同じ失敗はしたくはない。


 コーヒーを飲もうとしてカップに口をつけても、何も流れてこないことに気がついた。コーヒーカップの中はいつの間にか空で、皿の上からもパンが無くなっていた。ふとテーブル上の小さな鏡から見えた俺の口の周りにはブルーベリージャムが付いていて、眉間にしわを寄せた難しい表情とは対照的で、滑稽な感じがした。こんな顔を奴に見られたらどんな顔で笑われるのだろうと、こんなときになぜ思ってしまったのか自分でも分からなく、不思議な感じがしてならなかった。


 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ