11.夢
折り返し地点となりました。今回の内容がどうつながるかはお察しということで……。
その後も刑事との会話をしながら証拠物件を物色したが、これといって目新しいものなどは見つからなかった。刑事との話で気になったのは、黒井綾香のスマートフォンが本人の部屋のベッドの裏から見つかったということと、そのスマートフォンはロックされており結局中身を見ることができない状態だったということだ。
黒井綾香のスマートフォンはいわゆる人気機種の最新型で、新型が出るたびに行列ができることが報道されるようなやつだ。最新型ということもあってセキュリティが強化されており、警察の最新の技術をもってしてもそれを突破するのは無理だったらしい。技術の進歩というのは厄介だと刑事が漏らしていた。
また、友人への聞き込みから、黒井綾香はかなりのスマートフォン好きだったらしい。自分の持っている機種の最新版が出ると発売日に買い換えるのはもちろんのこと、結構なヘビーユーザーで、日記や写真、動画撮影、結構色々とスマートフォンでやっていたようだ。
俺はもうここでは他の情報は得られないと思い、帰ることにした。結局、調べても何も出てこないという流山の発言どおりになってしまった。流山がほぼ犯人で間違いないと分かったはずなのに、違和感は深まるばかりで、自分としては納得がいっていなかった。ここまで明確に黒を突きつけられたのに、心の奥底で否定している自分がいる。この結果が執行人の自分にとっては執行の後押しになるにも関わらずだ。何をそんなに否定したいのだろう。どんなに新しい真実が出てきたとしても、執行は回避できないというのに。
俺は帰宅すると、本日の報告書を記載する気力も無く、すぐに眠ってしまった。
「まーくん。遊ぼー!」
いつものように、「ゆうちゃん」が目の前にいた。「ゆうちゃん」はよく一緒に遊ぶ近所の男の子で、おかっぱ頭に野球帽をかぶって、いつも僕の家へ遊びに来るんだ。だけど、他の子と遊ぼうとすると、いつも拗ねてどこかに行ってしまう。みんなで遊ぶのが楽しいよと言っても、僕は遊ばないって、いつの間にかいなくなっているんだ。「ゆうちゃん」はそのとき決まって僕の友達は「まーくん」だけだよと言う。でも、友達は沢山の方が良いに決まっている。「しんじ」や「まなみ」、「そうた」……、もっと他のみんなとも遊べば、楽しいって事が分かると思うんだ。
なぜ、「ゆうちゃん」は他の子とは遊ばないのだろう。僕は「ゆうちゃん」も他の子も好きなのに。「ゆうちゃん」がいつも同じ格好だからいけないのかなあ。格好なんて関係ないのになあ。僕がいなくなってしまったら、「ゆうちゃん」はどうするのだろう。「ゆうちゃん」は一人でいつも遊ぶのかなあ。そんなの嫌だなあ。だからみんなと友達になって欲しいなあ。
おかっぱ頭にいつもの野球帽をかぶった「ゆうちゃん」が泣きじゃくっている。ひっくひっくと言って、何を言っているのか聞き取れない。「ゆうちゃん」は泣き虫だけど、ちょっと泣き過ぎだよね。僕だって悲しいけど、それよりも「ゆうちゃん」が一人になっちゃうのが心配なんだ。結局、「ゆうちゃん」は僕が引越ししてしまう今日まで、他の子とは遊ばなかった。
「ゆうちゃん。今日まで遊んでくれて、ありがとう」
「ま、まあ、く、ん。い、いっちゃ、い、嫌だよう……。ひっく……」
「そんなに泣かないでよ。遠くに行っても、ゆうちゃんと僕は友達だから。今度会うときは、僕があっちで作った友達とゆうちゃんが作った友達みんなで遊べるといいなあ」
「で、でも、僕に友達はいないよ……」
「友達なら作ればいいじゃないか。ゆうちゃんなら大丈夫。ゆうちゃんは優しいからきっとみんなと仲良くなれるよ」
「う、ぶ、うわあああ……」
「泣きすぎだよ。大丈夫だって。きっとまた会えるよ。だから、そのときにみんなで遊べるように、友達を沢山作ってよ。僕も沢山友達を作るから。約束だよ」
僕は「ゆうちゃん」の小さな手を取ると、小指と小指を絡ませて、「ゆうちゃん」の顔をじっと見て、笑った。「ゆうちゃん」の顔は涙でぐしゃくしゃだ。
「ゆうちゃん。約束だよ。友達を沢山作るんだ。ゆうちゃんなら絶対にできるって。僕が言うんだから間違いない。さあ、泣き止もう。僕は笑ってお別れがしたいな」
「ま、まーくん。約束だよ……。と、友達を沢山作ってまた……、遊ぼうね……」
「ゆうちゃん」の目からは大粒の涙が出ていたけど、やがて笑い始めた。その笑顔はどこかで見た顔だった。
それ以来、僕と「ゆうちゃん」は会うことが無く、引っ越した後で、僕は友達を作るのを諦めてしまった。いじめにあったからだ。人を信用できなくなり、一歩引いて人を見るようになってしまった。友達を沢山作るって約束したはずなのに、こんな僕の姿は見せられない。合わせる顔が無い。
「ゆうちゃん」はどうしているだろう。友達できたかな。僕みたいにいじめにあってなければいいな。きっと「ゆうちゃん」なら大丈夫だと思う。沢山友達ができたと思う。でも、ごめんね。僕は「ゆうちゃん」に会うことはできないよ。今の僕は……、とても「ゆうちゃん」に会う資格はないから。自分勝手でごめんね。
気がつくと、大量の汗をかいている自分に気がついた。天井の蛍光灯が点けっぱなしで、まぶしい。
もう戻ることは無い小学校低学年時代の頃の夢だ。よく遊んでいた「ゆうちゃん」との思い出。そして、別れ際にした「ゆうちゃん」との約束。その約束を果たせていない自分。
何で今更こんなことを思い出したのだろう。とっくの昔に忘れてしまった過去だ。今まで夢にも見たことが無かった。
この夢の続きは思い出したくも無い。転校前に沢山いた友達は、転校後にゼロとなってしまった。それどころか周りみんな敵だらけで、親も教師も信じられない状態だった。転校前の価値観が一気に崩壊し、俺は友達というものを作らなくなってしまった。そのときから、「ゆうちゃん」との約束なんて忘れてしまった。小学生時代の話だし、「ゆうちゃん」もきっと忘れているだろう。所詮は子供のときにした約束だ。「ゆうちゃん」がその後どうなったか知らない。夢の中では「ゆうちゃん」に友達ができたと信じている自分がいたが、本当のところどうなのだろうか。人間が簡単に変われるとは思えない。
夢の最後に出てきた「ゆうちゃん」の笑顔が脳裏に焼きついていた。精一杯涙をこらえ、最後まで笑顔を見せ続ける「ゆうちゃん」はいつかまた「まーくん」に会えると信じていたに違いない。だが、あの笑顔に応えられなくなった自分はもはや「ゆうちゃん」から「まーくん」と呼ばれる資格は無いのだ。俺は過去に向き合うことができない臆病な自分に落胆していた。