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執行人  作者: runcurse
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1.仮想と現実

 俺はモニターに映った凶悪な格好をしたプレイヤーに止めを刺した。派手な効果音とともに、プレイヤーは消滅し、辺り一面にそいつがドロップしたアイテムが散らばる。1時間ぐらいの長い戦闘だった。


 プレイヤーキラーと呼ばれる連中は、PK(プレイヤー殺し)に対応しているMMORPGで遊んでいれば、どこでも見かけるものだ。その名の通り連中は他のプレイヤーを襲っては殺して楽しむ外道プレイヤーである。初心者プレイヤーも見境なしに殺す、徒党を組んではめ殺すような連中もいて、ゲームでは蛇蝎のごとく嫌われている。ゲームとはいえモラルの無い奴は、現実と同様に嫌われるのはいうまでもないだろう。


 俺が遊んでいるMMORPGでは、運営がプレイヤーキラーに対して何らかの対策を講じているわけではない。PKというルールがあるということが分かっていて遊んでいるのだから、自己責任で何とかしろということだ。プレイヤーキラーに対応するのは、プレイヤーの責任となる。そうなると、ゲーム内の秩序を保つために、プレイヤーキラーを狩る者たちが現れる。いわゆるプレイヤーキラーキラーだ。


 プレイヤーキラーキラーがしている行為はプレイヤーキラーと何ら変わりはないが、その目的が異なるため、プレイヤーキラーのように嫌われたりしない(もちろん、プレイヤーキラーには嫌われているが)。同じことをやっても目的が異なると、嫌われたり、嫌われなかったり、それが何だか面白いと思うのは俺だけなのかな。


 俺はプレイヤーキラーキラーである。悪名高いプレイヤーキラーを執拗に追い掛け回して、もう何人も始末してきた。通り名は執行人エクスキューショナー。ちなみにハンドル名は「ラルファス」といって至って普通なのだが、プレイヤーキラーキラーを始めた当初はその姿格好から「銀騎士」だの、「黒の死神」などとどこかで聞いた様な通り名がついていき、最終的には「執行人」という通り名で落ち着いた。


 自分としては、正義のためにとか、秩序のためにとか、これっぽっちも思ってはおらず、単純にプレイヤーキラーが嫌いだからやっていることだ。昔プレイヤーキラーに襲われてトラウマになって、復讐のためにそうなったとかいうありがちな理由ではない。とにかく、単なるプレイスタイルであって、俺の楽しみ方だ。自分は別に正義の味方になりたいわけではなく、リアルでは普通の大学生であり、正義感が強いほうではない。


 プレイスタイルだと言い切ってしまったが、このプレイヤーキラーキラーというのは意外と大変なのである。PKは簡単なことではなく、それなりのスキルが要求され、ゲームがうまい人間でないと続かない。そんなゲームのうまい連中を狩るためには、それ以上のスキルが要求される。根気も必要だ。それをもう2年以上続けており、ゲーム内では上位を争うスキルがあると思う。


 よく2年も続けたと思う。実のところ、ゲームにはもう飽きている。続けられているのは、執行人の役割を演じるのが習慣になったからだ。それに依頼があるから続けられているということもある。なんだかんだで他人の役に立てるのが嬉しいのだ。ちなみに、俺自身がそこらへんを歩いているプレイヤーをプレイヤーキラー判定して、主体的に始末したことは一度も無い。プレイヤーキラーを狩る依頼を受けて、実際の現場を目撃して、初めて狩る。もしかしたら、間違って同業者を狩ったことがあったかもしれないが、そんなことをすれば悪いうわさが広まるので、無かったと信じたい。


 俺は今日の仕事を終え、ゲームからログアウトすると、PCの電源を落とした。目が重たい。瞼を強く閉じ、顔を下に向け、眉間を右手でつまむ。少ししてから顔を上げて窓の外を見た。日が落ちて薄暗くなっており、民家の灯りが輝いているのが見える。朝から始めたので、もう10時間近くはゲームをやっていたことになる。飯も食わずにゲームをし続けるなど完全に病気だと思うのだが、そうはいってもなかなかやめられない。学校が夏休みとはいえ、こんな生活を続けていいのだろうか。


 椅子から畳に腰を下ろし、転がっていたリモコンをおもむろに取って、テレビの電源を付けた。適当にチャンネルを変えていると、「3人を殺害した被告に死刑判決」など、テンションの下がるニュースが報じられていたが、他に興味を引きそうな番組は無かったため、そのままテレビを消す。


 3人を殺害…。ゲームなら狩りの対象だよなと、畳の上に寝転びながらつぶやく。ゲームなら確かに狩りの対象だろうが、現実にそんなことをすれば大変なことになる。ゲームではやっていいが、現実ではできない。こんなこと考えるまでもなく、当たり前のことだ。人間が人間を簡単に裁いていいはずが無い。だからこそ、慎重に裁判を行い、正式な手続きに則って刑を決めるのだ。そう考えてみると、ゲーム内でやっていることがとても浅はかなことだなと思えてきた。


 それに現実世界である罪を犯した人間の命を奪う権利が与えられたとして、それを実行することはできるのだろうか。復讐などでない限り、普通の人間ならば怖くてそんなことはできない。ではそれが権利ではなく義務だとしたら、どうなのだろう。つまり、こいつは罪を犯したので、あなた自身の手で刑を執行してください、と。義務であり、やらないと何らかの不利益を被るのだとしたら、人はその手で罪人に刑を執行することができるのだろうか。もちろん、状況によるだろう。そうしないと自分の大切なものが失われる状況下であれば、その手で自分とは関係ない罪人に刑を執行するかもしれない。罪人なのだから罰を与えても良いという理由を付けて、自ら手にかけることを正当化するのだと思う。正当化することが悪いと言っているのではない。普通の人間は理由なく人の命を奪えるほど、強くはないと思うだけだ。


 そんなことを思ったのは、昨年に国会で成立し、大騒ぎになったある制度のことを思い出したからだ。当時は至るところでその制度に関して議論が行われていた。大学に行くと、あちこちでどうしようと不安の声が聞こえてきたものだ。あらゆるメディアのどのニュースでもその制度に関して耳が痛くなるぐらいしつこいほどの解説しており、しきりに「あなたならどうする」みたいなことが報道されていた。天下の悪法、国民を殺人者にする制度、などと強い論調で与党批判が繰り広げられており、聞こえてくる声はほとんど批判のものだった。与党内からも反対が出たそうで、成立したこと自体が不思議な制度だった。


 執行人制度。その名の通り無作為に抽出された18歳以上の国民の手で、死刑判決が確定した死刑囚に対し刑を執行する制度だ。復讐にならないように関係者は除くなどのいくつか細かいルールはあったが、とにかく任命された者は義務として死刑を執行しなければならない。あまり興味がなかったので、この制度に関してはこの位しか知識はないが、「執行人」の通り名がついたキャラクターでプレイしていたため、ゲーム内では色々とからかわれた記憶が強い。


 執行人制度が制定された正確な理由は覚えていない。刑を執行する重みを国民で分かち合いましょう的な理由だったと思う。執行人を保護するため執行人の名前などの個人情報はもちろん非公表であり、制定以来どのように具体的な運用がされているのかも不明だ。死刑自体数が少ないため、マスコミも執行人に対して話を聞くことすらままならないのだろう。制度が運用開始されて半年もすると報道されなくなった。


 俺が現実の「執行人」に任命されたら、どうするのだろう。ゲームと同じように淡々と刑を執行するのだろうか。自らの手で人の命を奪うなど想像がつかない。義務だからといって、簡単に割り切れるものなのだろうか。義務から逃げる方法を一生懸命考えるかもしれない。逆に考えなくても何かしら逃げ道が用意されていると考えることはできないだろうか。あんなに批判があったのに、成立したところをみると、もしかしたら「ざる」なのかもしれない。執行人制度は国民に刑を執行する意味について考えさせる制度であって、実際に国民に負担を負わせる制度ではないのではないか。


 今になって執行人制度に関して考えることになるとは思わなかった。去年、いくらでも制度について知るチャンスはあったし、もっと深く考えることができたはずだ。いまさら深く考えたところで、答えなど出るわけがない。制度のことをもっと調べようという気もないし、現実として実感がわかない。


 そういうわけで、考えるのを放棄した。目の疲れなのか、天井の蛍光灯がかすんで見える。強烈な眠気が襲ってくる。腹が減っていたような気がしたが、何だかどうでも良くなってきた。明日もまたゲーム上で執行人を演じることになるだろうなとぼんやりと思いつつ、何だか妙な感じがしながらも、そのまま深い眠りに落ちていった。

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