表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/23

第九話

 マサオはよく俺の家に来ていた。その時にはトランプやオセロ、将棋をやったこともある。当然、場所だって知っていた。俺は大船に乗った気持ちで待っていたのだ。なのに――。


「ほらっ。これ楽しかっただろ? 三人だったら出来るしな。――ボケっとしてないで机を出してくれよ。ああ……右折れてるんだったな。大変だなあ。やってやるよ。……ん? これってどうなってんの?」

「…………」

「――田中。どうした?」

 マサオは俺が声を発していないことに気づき、首をかしげた。

「……他のゲームは持ってきたよな?」

 俺はやっと声をしぼり出す。このゲームを晴くん交えてやろうと言うことに常識を疑った。このゲームは却下だ。

「ふっ、ないよ」

 マサオに常識はなかった。


 マサオが持ってきたゲームは人生ゲームだ。特に常識を疑うゲームではない。だが、この人生ゲームは他のものとは違い、マスに書かれた内容が生々しかった。年齢制限まで書かれていることから晴くんにおすすめできるゲームではない。ちなみに、このゲームをわざわざ一万円はたいて買った俺もどうかしている。


 俺は気が進まなかったのだが、晴くんが「やってみたい!」と言ったため、ゲームが始まった。


 台座に取り付けられたルーレットを回す。最初に十種類の階級から自分の階級をルーレットで決める。最下位の階級はゴールすらできず、他のプレイヤーを攻撃できるアイテムを豊富にもらえる。幸いにも、誰もそのマスには止まらなかった。


 序盤はほどほどに、【結婚】のマスにマサオが止まった。

【マサオ:結婚 $10,000以上をもっていたなら相手を車にのせる。ルーレットを一回まわし、出た数によってみんなから御祝儀をもらう。――】

 マサオは車を二つ用意した。その車は半分に割れた車で、各々に夫と妻を乗せ、夫ルートと妻ルートをそれぞれが歩む。それがこのゲームの売りでもある。


 そんな説明をマサオが晴くんにしていて、晴くんが「へー」と聞いているときだった。看護婦の桐生きりゅうさんがやってきた。


 桐生さんは晴くんに「晴くん、良かったわねえ」と優しげな声をかけた。晴くんは「うん」と頷いている。

「田中さんのお見舞いのかたですか?」

 桐生さんはマサオに声を掛ける。

「はい! マサオです!」

 マサオの声は裏返ってしまい、奴は顔を赤らめ、あの笑いをしたものだから、ちょっと引く。これは桐生さんも引きゃしませんか? そう思い見ると、彼女も怪しげな笑みを浮かべていた。なんで?

 「――人生ゲームですか? 楽しそうでいいですね。でも、他の患者さんの迷惑にならないよう、小さな声でお願いしますね」

「はい、わか――「了解であります!」」

 ……マサオ。

 俺の言葉にマサオの言葉が被る。奴はテンションMAXだ。心配でならない。俺は軽くマサオを小突いた。

「大丈夫かな……?」

 ほら見ろ。桐生さんに心配されている。俺が気をつけなければならないようだ。


 ワゴンを引いて職務に戻ろうとした桐生さんが、ゲームの空き箱を見て固まった。

このゲームのこと、知っているのだろうか。


「やってみます?」

 ヘラヘラ顔のマサオが声を掛けるが、仕事中の看護婦さんに掛ける言葉ではない。

「えっ、いいんですか?」

 ――仕事中だろ!? 桐生さんの予想外の言葉に俺は驚いた。

「是非是非! 今なら俺の嫁さんプレイヤー枠が空いていますよ」

 マサオは犬のようにハッハとした息遣いで桐生さんを見ている。やめなさい、この変態。

「……すいません。私は看護師ですから。職務中は……」

 なっ。やっぱりダメなんだよ。

「――この部屋で今日の職務は終わりなんです。私服に着替えてきますから十分ほど待っていてもらえますか?」

 ――とっとと! 心の中でこける。俺は顔が引きつった。桐生さんは俺と目が合うと不思議そうにした。

 マサオの喜びようといったらない。「ヒャッホー!」と大きな声を上げたので、強めに小突いた。


 それからしばらくして桐生さんが私服で登場。黒のジャケットに青のチェックのシャツ、オレンジのズボン。三人で彼女の私服に賛辞を送った。桐生さんは「ありがとう」と言葉少なに答えて、ゲームが再開される。桐生さんはマサオの嫁役のプレイヤーを扱う。


 マサオはあるマスに止まった。

【マサオ:妻の名前と元カノの名前を間違えて謝り倒す。・1回休み ・妻にアイテムを買う】

「あーあ、一マスずれてりゃ$10,000もうけたのに……」

 マサオは悔しそうにそう言いながらアイテムカードに手を伸ばした。

「――マサオさん。まだ謝ってないわ」

「えっ」

 桐生さんの静かな声に俺も顔を上げた。マサオはキョトンとした顔をしている。

「だって、これはゲームだから……」

 マサオは苦笑いなのかニヒルっぽい笑いなのか、曖昧な表情で言う。

「マサオさん。ゲームは真剣にやるからこそ面白いのよ? いい? このコマは生きていると考えるの。そうすればゲームが面白くなるわ」

「そっそうですね! 俺が間違ってました」

 マサオはとたんに明るい顔で承諾しょうだくをした。


「――他の患者さんの迷惑にならない範囲でな」

 俺の言葉にみんな返事を返してくれたが、心配である。


 俺のコマも結婚のマスに止まった。桐生さんの「田中さんのお嫁さん役も引き受けてあげましょうか?」との言葉にヒヤリとする。だが、俺は$10,000以上の金を持っていなかったために独り身のままだ。

「残念だったな田中。まだ結婚できるマスはあるさ、そう気を落とすな」

 マサオが俺の背中をさする。なにをトチ狂ったことを言っているのか。安堵しているんじゃないか。

 晴くんは結婚のマスを飛び越して素通りする。

「なんだ、なんだ? 結婚してるの俺だけか?」

 マサオは調子良さそうにしている。俺は嫌な予感がしてならない。地雷さえ踏まなければ結婚したほうが儲かる場合もあるが、地雷を踏むと時間がかかるのが結婚ルートだ。そして、嫁さんがあの桐生さん……。


【マサオ:妻の前で、他の女に鼻を伸ばす。一回休み】

「マサオさん?」

「あっ、ごめんなさい」

「誠意が感じられないわ。本当に悪いと思っているの?」

「ごめんなさい。桐生さんほど綺麗な方などこの世にいませんでした」

「まあ、ありがとう」


【マサオ:元カノと旅行した思い出を、妻との思い出と間違えて話す。・一回休み。 ・妻と旅行に行く。$3,000はらう】

「マサオさん?」

「ご……ごめんなさい」

「私との思い出よりも、あの女との思い出の方が大事なのね?」

 ――あの女って誰ですか?

「いいえ、滅相もございません!」

 ――通じてるの?


【マサオ:隠していた元カノとの写真が妻に見つかる。一回休み】

「わかってる?」

「はい、すぐに処分させていただきます!」

 ――あるの!?


「これ、ゲームだよね……」

 晴くんのぽかんとした顔に俺は「そうだよ」と声を返した。二人の耳には届いていない。

 マサオはことごとく地雷のマスを踏み抜く。いつの間にか平謝りしてばっかりのマサオ。自分の体を抱きしめて嬉しそうにする桐生さん。桐生さんが小さく足踏みをすると、マサオはビクッと体を震わせた。もどってこーい。


「他の患者さんに迷惑だからね? ね?」

 俺が恐る恐る、二人に声を掛けると――。


「ほっほっほ、いいんじゃよ」と親指を立てるエロ爺さん。

「……ハアハア……是非、続けてください……」

 一度も顔を見たことがない、晴くんの向かいの患者さん。……おおい! 危ないよ。晴くんの向かいのひと、こえーよ!

 雷爺さんは、外に散歩中だ。俺も外の空気が吸いたくなった。


【田中:略奪婚  略奪対象よりも$10,000以上多くもっていたならその妻を車にのせる。――】

「えーーーー!」

 つい、大声が出てしまった。桐生さんの手がぬるりと俺の肩に置かれる。

「ヒィッ!」

 俺は自分の全財産とマサオの全財産を比べた。先ほどのマスで大損こいたのが助かった! 僅かに条件に合致していない。マサオはなんとも言えない顔をしていた。


【マサオ:妻に携帯を見られた。浮気がバレて二回休み】

「ヒィー!」

「ちょっと、ダメ夫さん。……今までの言葉は嘘だったの?」

「違うんだ! 違うんだよ、聞いてくれ! バイト先の後輩で、相談にのっていただけなんだ。浮気なんかじゃないよ!」

 ――お前のバイト先、男しかいねえって愚痴ってたじゃん。

「じゃあ、今度のデートって何のことよ!」

 ――デートって書いてあるんだ。

「ちっちちち違うんだ。言葉のあやだよ」


【桐生さん:パート先の店長と仲良く話しているところを夫に見られる。一回休み】

「お前だって浮気してるじゃないか! ……ないじゃないですか……」

「なに? 話していただけよ? それより、……お前だって?……だってってなに? あのときのことは浮気だったの?」

 ――そうか、このマスってこうゆう趣旨しゅしだったの。トラップじゃん!

「あっ! ごめんなちゃい!」

 ――あっ、噛んだ。マサオは頭を手で覆って謝る。見たくなかったよ……。


【田中:友人の妻から電話、夫と一緒に居酒屋で飲んでいるのかと聞かれたが、ひとり酒をしている。・口裏を合わせる。友人から$10,000をもらう。 ・知らないと言う。友人から絶交される】

「たっ田中。俺たち友達だよな……」

 妻こと、桐生さんが俺に微笑みを浮かべて俺をみる。だから怖いんだって。俺は顔が引きつった。

「マサオ……許せ……」

「た……」

 ――。


【田中:一度も結婚していない場合はゲイの道に落ちる。ゲイのルートへ入る】

「田中……お前……」マサオが俺から距離をとった。

「田中さん……」桐生さんも距離をとる。

「ゲイってなに?」晴くんが首をかしげた。


「――これはゲームだよ!!」


 マサオが自分のコマを動かす手を中途で止めた。残りも後半だ。

【マサオ:浮気の現場を妻に見られた。ボコボコに殴られて二回休み。治療費に$5,000をはらう】

「アワワワワワ!」

「ダメ夫さん、どうしたの? 手伝ってあげましょうか?」

 桐生さんはマサオの手に自分の手を重ねた。

「ヒッヒィーー!」


【マサオ:浮気の現場を目撃される。家からたたき出された。二回休み。】

「ヒィ! ちっ違うんだ!」

「なにが違うのよ! 浮気って書いてあるじゃない!」

 ――書いてあるだけだよ!

 桐生さんがマサオの首根っこをつかんだので、晴くんと俺は「ここ六階! ここ六階!」と連呼した。


 俺と晴くんは二人共、独り身のままゴールイン。


【マサオ:心を入れ替え新婚からやり直す。結婚のマスに戻る】

 最大の地雷マスを踏んだ。

「…………はぁーーーー」

 マサオは魂の抜けた顔で結婚のマスを見ていた。


「マサオさん。楽しかったわね」

「えっ……えっ……」

 マサオは目をぱちくりとさせる。

「もう他の二人ともゴールしちゃったし、これでおし――まい!」

 桐生さんが手をぽんと合わせた。先程までの鬼嫁はもうどこにもいない。

「え…………」

 マサオの残念そうな呟きの余韻よいんが残った。お前……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ