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第四話

 日が暮れた。時刻は午後六時の少し前。昨日のこの時間はパソコンに向かっていた。これからまだ最低でも四時間。もっとかもしれない……。今頃は仕事をしていたはずだ。それが今、ベッドでボケっとしている。不思議な気分だ。いつか過労でぶっ倒れて、病院のベッドで思いっきり寝てえと思っていた。やっとその機会が来たというのに、今日は寝られるだろうか。寝られるかもしれない。でもなんか、複雑だなぁ。


 あの親子は帰った。言っちゃ悪いがホッとした。――ふっ。いつも、あの親子のことを見てホッとしていたのに難儀なんぎなものだ。

 ついに連絡先と名前を教えてもらった。なんかこう感慨深いものを感じるね。知りたいと思ったことはないが、嬉しいと思っていることは確かだ。

 母親の名前は松岡 詩織しおりさん。歳は二十代だな。セミショートの黒髪がしっとりと流れる様が美しい。娘に微笑ほほえみかける顔が……お気に入りだ。

 娘の名前は美緒みおちゃん。親しみのわく笑顔。好奇心旺盛な目はきっと、将来頭のいい子に育つことだろう。

 無論、これらの笑顔は全て朝の通勤時に見たもので、今のこの病室では望めない。ほんの少しの笑顔だけが救いだ。


 あの時の詩織さんとのやり取りを思い出して、包帯ぐるぐる巻きの腕を見た。



 ◇◆◇



「――旦那さんは、お仕事ですか?」

「いいえ……」

 詩織さんはぎこちなく返す。……怪しい。なにかまずいことを聞いたのでは? 内心冷や汗を流しながらも聞かなければいけないと思った。

 俺の治療費、入院費は誰持ちか? 答えは詩織さんとトラックの運転手だ。詩織さんの希望で、詩織さん自身の負担が大きい。彼女が払うとなったら考えることはひとつ。彼女の旦那さんの稼ぎにかかっているはずだ。

 それなのに、この反応は……プーか? はちみつのことばっかりでろくに仕事をしない……プーなのか?

「あの……旦那さんは……その、お仕事は……」

「……別れたので、旦那はいません……」


「ああ、そうなんですか……」

 どうゆうこと? 理解できない。彼女を置いて、幼い娘を置いて、いったいどこへ行く? 断固問いただしたい! 異議有り! だが、そう軽々しく踏み込んでいい問題でもないだろう。だが、だが、だが、金は大丈夫か? 俺の入院費。一度は俺も納得したが、この事故のために彼女達親子の生活が厳しいものになっては、居心地悪いぞ。

「あの……お金の方は大丈夫ですか? もし厳しい 「払います!」 よう……」

 俺の申し出はきっぱりと断られてしまった。

「お願いします。せめてこれだけは払わさせてもらえないと、申し訳が立たないのです。そう心配はなさらなくても、払う目処はありますから大丈夫です」

 詩織さんは真面目な顔で言った。

わたくしにもたくわえがありますから、どうかお気になさらず。そのお気持ちだけ頂いておきます」

 お祖母さんも口を添える。

 ここまで言われては引き下がるほかない。二人の話が本当であることをいのろう。



 ◇◆◇



 俺はできるだけ早く退院しようと決めた。医者には最低でも一ヶ月と言われている。とにかく安静第一だ。俺はギブスの腕を見ながら早く治れと念を送った。



 ――ん?



 その時だ。ギブスの様子が――ギブスの内側からなにかが染み出してきた。

「――んん? んーー?」

 血が出ているのだろうか? とりあえずナースコールを押しとこう。そう思い手を伸ばした。だが、その手がボタンを押すことはなく、宙で止まった。

 黒い染みは血などではなかったからだ。いくつものにじみだした黒い染みは――。



 ――文字だった。



種族:人間

状態:骨折

HP:101+73/220

MP:3/3

攻撃:57

防御:21

魔法攻撃:4

魔法防御:12

素早さ:35


スキル:

【鑑定Lv.1】


称号:

【社畜】【女神の微妙な祝福】



 ――……。

 ――はあ!?



 俺のギブスには中二病的、斬新な文字の羅列られつが、まるで印字をされたかのようにしっかりと刻まれていた。


 ――これは……あれだ……夢だけど……夢じゃなかった! だな……。


 異世界には逝けなかったが、スキルはしっかりもらっていたらしい。あの「境界」での出来事はすぐに思い出した。一度は「鑑定」なるものが使えるのでは? と、医者の顔を見て念じたりしたものだ。何もなかったが……。まさかな、こんな風に出てくるとは思わなかった。ハハハ。なんだかワクワクしてきた。ワクワクすっぞ!



 …………。

 ――読み取り中ナウ。



 まんま、RPGモノのゲームのようなステータス。

 種族は当たり前に人間。骨折だけじゃないんだが……骨折しか書かれていない……。アバウトなのか、代表的なものしか表示されないのか。 


 HPは、最大値が220と言うことだろう。101が黒文字で、73が赤文字になっている。今の容態ようだいが関係しているとみた。それ以上のことはさっぱりだ。


 MPがあって、魔法攻撃なんてものがある。さらには、わずかではあるが……ある! なにこれ? 俺、魔法使えるの? そういや俺、三十だっけ? 童貞で三十いくと魔法使いってあれ、マジなの!?


【鑑定Lv.1】

レベルがついている。ステータス、ほとんど出揃っている気がするんだが? なにがあると言うんだ? この先が楽しみである。……ん? そういや、どうやってレベル上げるの? 発展しないの?


 称号がおかしい……。社畜って称号か? 俺、社畜か? ……社畜だな。

 女神の……微妙ってなんだ!? そんな詳しい補足はいらん!

 【女神の微妙な祝福】だけ、グレーの文字で表示されている。もしこの称号になんらかの効果があると仮定すると、まだ効果が現れていないということだろうか?


 わからないことがとにかく多い。目に力を込めても、指でクリックしてみても、なにも変わらない。

「女神さまーー説明してくれーー」

 俺は小声で天井に向かってえた。あの女神というにはノリの軽そうな彼女なら、ひょっこり出てきてくれるかもしれないと思ったが、なにも起こらなかった。


 ……ステータスが見られるなんて、なんかちょっと面白いけど……。

 ここは現実世界だよ。命の取り合いはないよ。俺はデスク仕事だよ……。ハアアァーー。もっと系統の違うスキルが欲しかったーー! 「複製」なんてスキルがあったら、カップ麺でもなんでも増やして食費浮かしたりさあ! うがーー! 使えねーー!


 ふと気がついた。ステータスは変わらず表示されている。表示というよりギブスを覆う包帯に直接印字されているような状態だ。視線をらしても、手で一度隠しても消えない。ゴシゴシとこすってみたが顕在! 口がヒクヒクと痙攣けいれんした。


 ――出っぱなしか!


 その時、部屋の扉をノックする音が響いた。時刻は六時を回っている。夕食の時間だ。


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