第二三話
テイク2へ移行する前に確認しなければならないことがある。
女神は女神なのか?
考えてみれば自称女神でしかないのだ。本当の女神かどうかを確認していない。
そこで! 今だ俺の手中にある【鑑定】スキルの出番だ。
が、残念。ステータスは見られなかった。
神様だからと女神は言う。
神様。
本当に真っ当な神様なのだろうか? 疑わしく、怪しく、訝しむこと甚だしい。
せめてステータスでも見られれば安心したかもしれない。
いや、より安心できない事態になったこともありうるか?
見ることすら恐れ多いとは、なんて神様だろう。
あの白紙の返還請求書なるものについて、女神は予想外だったと認めた。
認めはしたが、大した問題ではないと胸を張った。あれは他の神様からひとつの簡単な方法として持たされたもので、もともと女神自身に解決できる魔法はあったという。
そしていま、女神はその魔法の準備だと言い魔法陣を描いている。
俺は隅によけられた座布団に座り女神の作業を見つめていた。
魔法陣は床に直書きではもちろんない。
元々女神が購入していたというロール紙を敷いていた。
大きなロール紙六枚を貼り合わせたもので、部屋を大きく占領している。
コタツ机は横倒しにして壁にくっつけた。
魔法陣かあ。
心配も大きいが期待も大きい。
「一度体験してみたかったんだ」と言って体験できるものではない。何度、本の世界に飛び込みたいと思ったことか。
現実は、9番線と10番線の間にある壁にカートを押して突撃すれば、科学的な作用反作用と言う障壁にぶち当たるのだ。
それが当然で当たり前だと思っていた。
だが、この魔法を体験できれば何か世界が違って見えそうな気もする。
けっこうワクワクだ。
女神の様子はと伺えば、彼女は真剣な顔をしていた。
「この魔法は危険と隣り合わせですから、準備をしている間は静かに願います」
と真面目な顔で言われていたのだ。
先ほどから黙々と描いている。
女神はふう、と顔を上げると、魔法陣を凝視したまま、床にすっすっと指を四角に走らせ、トントンと叩く。すると一冊の随分と古色を帯びた本が浮き上がる。
――なにそれかっこいい! 本の召喚? それともアイテムボックスでもあるのか? 天井がさごそやる必要ねえじゃんか!
女神はその本をめくり、ひとつの魔法陣が描き込まれた頁を開く。いま描いているものらしい。
見本と思われる本と、ロール紙に描いた魔法陣を注意深く見比べていく。
「魔法陣の完成です」
女神は愛想のひとつもない真面目な声でそう言った。
さっきまでの女神なら明るく「完成しましたー」とでも言いそうなノリであったが……それほど危険なのだろうか? なんだかさっきまでのノリが恋しいような……。
そうか、病院で痛々しい傷口を見せられたときに先生が「病院の食事ってさあ、ぶっちゃけどう思う? おいしいと思う?」とか、今聞くことー!? ってつっこみそうになったが、あれは安心させるためだったのか。
そのあとのお昼、酢豚のてかりがやけに生々しく見えてまずかったが……。
「タナカさん、タナカさんに求めることはひとつです。私が「いい」と言うまでは、絶対にこの円から出ないこと」
女神はそう言って、魔法陣の中のさらにまた魔法陣と思われる円をなぞった。それは六〇センチ程度の魔法陣だ。
俺の喉がごくりと鳴った。
「――もしも出たら?」
「はぜたり、とんだり、喰われたり?」
「何が!?」
「大丈夫かもですよ。心配しすぎかもです。安心してくださいかも」
「お前、何キャラだ!」
かもかもって、なにひとつ確固としたものがねえ!
「さきほど誓約書を発行したじゃありませんか~。安心してください。何かあっても責任をとる必要はありません」
「責任とれえ!」
ごめん! 真面目な女神に戻って! 恋しいとか思った俺のバカ!
「わ!? 目潰しは反則です!」
? 俺はやってないよ。女神はひとりでのけぞっている。大丈夫か本当に~!
女神は「いくら実体がないからって」とぶつぶつつぶやいている。
「あ、お手洗いは事前に済ませてくださいね。高位の魔術師でも、お手洗いに行きたいと焦って失敗、それでお亡くなりになった方がいますからね。途中退席も、魔法を急かすことも認めませんよ」
そんな魔術師がいるとは……。唐突な腹痛とかこえーな。
トイレを済ませた俺。女神はスタンバイして待っていた。
女神はいたずらっぽい笑みを浮かべて宣告した。
――では始めましょう。
◇ ◆ ◇
魔法陣に魔力(?)が染み渡ったのは一瞬のことだった。
青白い光は天井を衝き、ありあまる魔力(?)は冷気のように這い拡がる。
ホント一瞬だった。
「 」
女神の詠唱が始まった。それは知らない言語だ。
手をなでるようにかざし、詠唱が一区切りつく。
つくと同時にホログラムのように俺と女神の周りを球体が回りだした。
球体は大小様々な青白い魔力 (たぶん)で、俺と女神のそれぞれを中心に円の軌跡を描いて飛んでいる。
球体の数は俺が五、女神が三〇、四〇と言ったところか。
学校で習った原子と電子を思い出す。
一連の出来事は一瞬でとてもきれいなものだった。
呆気にとられて見蕩れた。俺は今VR越しではない。生で見ているのだ。
あっという間の感動だった。
魔法陣から赤黒い靄が立ち上った。
あっという間に感動が終わった。
「ぐ!? ううぐ?」
突如、床が抜けるような浮遊感に襲われる。
東京タワー名物『ルックダウンウィンドウ』をご存知だろうか? 展望台にあるガラスの床のことだ。真下の景色が見えるよ。面白いよ。大丈夫だよ。と言うから、景色を楽しんでいたら床が落ちたような……本能的な恐怖! 血の気が引く!
部屋全体が軋む音をたて、怨嗟とわかる声が大音声で轟く。――なあ!?
「女神さま!?」
また失敗か!? と思い女神の様子を見れば、女神は笑っていた。俺を安心させるための笑顔ではない。どちらかと言うと、魔法陣に向かって見下すような笑みを浮かべている。
「 」
女神は一言二言声にし、足をドン、と踏み鳴らすと、赤黒い靄は一点に集中した。
身の毛もよだつ気配が消えた。は、あああああ……。
遅れてこめかみを汗がつたう。
赤黒い靄だったものは、ぐちゅぐちゅと変形し一輪の輪っかをつくりだした。
それは女神を囲った。バラの茎のように棘があり、なんだか禍々しい。
「ではタナカさん。【鑑定】スキルを返していただきますね」
女神はニッコリと笑って俺を見る。俺はうなずいた。
女神は俺の球体を注意深く見定める。
「それだあ!」
女神は手を前へ突き出し「とう!」と一声、俺の周りを回る球体に輪っかをぶつけた。
球体は輪っかの棘に刺さって動きを止めるが、それまでの軌跡に戻ろうとしばらく抵抗する。しかし、最後には輪っかに絡め取るようにして女神の周りを回りだした。
「ふう!! 思ったよりしぶとかったです」
「 」
女神は再び詠唱をする。魔法陣は徐々に光を失っていった。最後には部屋がズンと真っ暗になる。もう夜になっていた。随分と時間が経ってたんだな。
「……お……おわったのか?」
「はい。無事に終わりました。もう魔法陣から出ても大丈夫ですよ」
女神は朗らかな顔で俺に答える。
……はあ。なんか途中怖かったあ。女神って言うくらいだ。もっとこう一貫して神聖な感じの魔法だって思い込んでた。
「最初から魔法をつかえば良かった」
女神は独り言をつぶやきながら朗らかな顔をしている。
俺はギブスを見た。
種族:人間
状態:骨折
HP:167+42/220
MP:3/3
攻撃:56
防御:21
魔法攻撃:4
魔法防御:12
素早さ:35
スキル:
【鑑定Lv.2】
称号:
【女神の微妙な祝福】
――うん?
――あるぞ。
――うん?
称号:
【女神の微妙な祝福】゛【○○】”←これどこ行った?
俺は女神を見た。
女神は朗らかな顔をしたまま一時停止状態になっている。
女神さん?
社畜が、消えたよ。
次回より、
タイトル:社畜は『鑑定』スキルを手に入れた
を一時的に、
タイトル:田中は『鑑定』スキルを手に入れた
に変更します。




