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第二十話

 ◆ 女神視点 ◆


 やわらかいな。温かいな。I LOVE 布団。

 ? 頭に酔ったような違和感。はて? もうひと眠り~。

 食器の立てる音がする。

 話し声。近い?

 話しているのは、男の人、女の人、幼い女の子。う~ん。お隣さんにいたかな? そんなパーティ。


『ケーキおいしかったね』


――けーき?


――けーきって? ん~……は! ケーキ! 私も食べたい!


 ケーキという甘美な言葉ゆうわくにそそられます。

 私のいる世界にもあることにはあるのですけど……あの、ショーケースに並べられた色とりどりのケーキ! あれほどの品がいつでも揃っているなんて! 絶景でしたぁ。

 こうしちゃいられませんな!

 まずは伸びをひとつ――。


――ガシャ、ゴ、ガンッ!


「ぃぃう!?」


『わ!』

『ひぅ!』

『げ!』


――なんなんです! 大きな音が聞こえました。なんだか嫌な音でした……。


『はー、びっくりしました。押入の、中? 大丈夫でしょうか?』

『ゆうれい、かなあ?』

 女の人の心配そうな声。続いて、女の子の期待と興奮に弾んだ声が聞こえます。

――あれ? お隣さんじゃない……タナカ家にいますか?

 ? 愛花ちゃん情報に、女性がここに来たことは一度もないって……あれ? そもそも私、いま……。

『あー、あ~、……物が落ちたようです』

 男の人の声。三人ともが、私の方へ意識を向けています。

 私は……そう。ポンと手のひらを合わせます。今隠れているのです。この人たちが来たから。

『ちょっと、確かめてみます。気にしないでください』

 今、隠れているのです、よ? その押入に。今……ピンチってこと?


『あ、美緒ちゃん座ってていいよ』

『大丈夫かなって』

『大丈夫だよ。心配するようなことは何もないよ。もう心配するくらいなら、いっそ、見ないほうが安心するよ』

 押入の中が気になるのでしょう。気配そのものがワクワクと飛び跳ねるように踊っている女の子。男の人は、なにやらあせっている様子です。

――というか……この声はタナカさんじゃないですか!

 退院されたんですね。おめでとうございます! セーブデータ消しちゃいました。ごめんなさい!


――! 思い出しました。ゲームをしていたのです。 ゲーム機は? あれ? ない!


『タナカさん、今のうちのどうぞ!』

 女の子が母親(?)と思われる人に捕まったようです。

『助かります』

『離してぇ、見るだけだからぁ!』

『ダメ! 見られちゃ困るものが色々とあるものなの!』


(あ……これって、誤解されてる? え……)

 タナカさんはぼそぼそとなにやらつぶやいています。


 タナカさんが押入に触れたのでしょう。フスマがコトリと揺れました。

――まずいまずいまずいまずい! もう一刻の猶予ゆうよもありません。手元にあったはずのゲーム機もありません。やむなし!


【神法:隠れぶとんの術!】

――がらっ


「……あ……あぁ、これか……」

 なにが?

「大丈夫。変なところにゲーム機を置いていたみたいで、下に落ちてしまったみたいです」

 仕舞う物音と、戸の閉まる音。何事もなかったように会話が始まりました。


――すぅぅぅぅう、ふぅぅぅぅぅぅぅぅう!


 窮地きゅうちを脱したようです。危なかったぜ。

 どうやら私には気付かなかったご様子。

 タナカさんってば、ぷ、けっこう鈍感ですね。ゲーム機ならちゃんとクリアケースに入っていましたよ。思い込みは人間の悪い癖です。

 とはいえ、プロとして思わぬ失態。徹夜はプロの仕事の敵です。肝に銘じましょう。

 とりま一安心です。タナカさんだけならまだしも、ほかの方との接触はまずいでしょうしね。

 それに、女神の降臨が押入の中では、様にならないところでした! これこそ大問題です!


 ◆ ◆ ◆


 親子が帰るようですね――会話から大体 つかめてきました。

 私のお役目を果たす時もいよいよです。

 終わったらご褒美にケーキを食べましょう。パフェも食べたいな。あのお店のオムレツ、今度食べようと思ってたんだっけ……。……地球、離れがたいかも。

 日本だけでも引っペがして、私の神殿のそばに浮かべちゃダメでしょうか? ダメでしょうね~。


『え? 誰もいない……風はないし……』

『え』

『古いから――』


 ? 玄関から聞こえる立ち話、なにやら不穏ですね。何かあったんでしょうか?

 そういえば、愛花ちゃんはどうしているのでしょう?


 しばらくして、親子は帰ったようです。アパートの前まで見送りに出ていたのでしょう、タナカさんが戻ってきました。


『ふ』


 玄関の土間に立ったまま動かないタナカさん。満足そうな溜め息をつきました。


『はー』


 今度は疲れたような溜め息をついています。


――ん! 床に上がりましたね。ふふふ、いよいよ神の降臨の時間です。

 そうだ、別にいらないのですけど、魔法陣も付けましょう。

 さあ、タナカさん? 神の顕現に驚くがいいです!


 ◇ 田中視点 ◇


「ふ」


 すっきりと幸せな時間、と言うには茶々が入ったが、それでも幸せな時間だった。

 反対の歩道を歩いているのを見られるだけで良かったんだ。それがまさか、一緒に飯が食えるとは思わなかった。これが夢だったとしても、幸せな時間だったと言える。

 それどころか、夢はまだ終わらない。

 一度きりかと思っていた詩織さんの手料理、なんと、またくる日曜、またおがめることになった!

約束をしたんだ。俺の手じゃあ料理はできないでしょうからと、詩織さんからのはからいだ。

 今度は料理を届けてもらうだけだが、助かるし、おいしいし。うん、うん……。

 右手が使えない間は、素直に厄介やっかいになろうと思う。


「はー」


 ドアノブが目に付いた。

 このドア、ひとりでにいた。

 詩織さんと玄関で話していると、唐突にひらいたのだ。それも、人の手でひらくように安定した感じで。

外には誰もいない、風もない。こんな昭和のボロアパートでも、壊れちゃいないし、今までにこんなことはなかった。

 詩織さんを不安がらせてしまうし、美緒ちゃんはパアっと顔を輝かせてキョロキョロと見えないだろうものを探した――この子が将来、危ないところに首突っ込まないか、心配だ……。

 俺の予想では、犯人は女神だ。俺がひとりになるのを待っていて、魔法か何かで開けたんじゃないかってにらんでる。

 ドアノブがひとりでにくるりと回り、外に誰もいないと聞いたときには、さすがに俺もゾクってきたね。二人がドアノブを見てなくて良かった。


 女神は今も押入の中か?


 初め、押入の中で寝ている女神を見つけたとき。

 驚いた。

 驚いたのち、何事もなかったように戸を閉めた。

 女神が起きたら、声を上げたら、どうなる? 詩織さんへ紹介することになる。


――なんて?


(田中:こちらは女神です)間違いなく誤解されるね! 相当に痛い誤解だ。

(女神:私は女神です)そしたら詩織さんは俺に聞く。(田中:女神なんです)以下略。

(田中:親戚です)遺伝子レベルで論外。

(田中:誰かな……知らない人が)(詩織さん:警察をよびましょう)とてもややこしいことになりそう。


 触らぬ神にたたりなしだ。隠すほかない!

 とはいえ、爆弾を抱えた心境だった。

 それが――。

 大きな物音を立てる! くしゃみ!? ドアを勝手に開けるな!

 あのバカ野郎、俺の気苦労を知るがいい!


 ◇ ◆ ◇


 靴を脱ぎ、部屋に戻ろうとした時だった。

 俺の視界が金色に染まった。まぶしッ! なんだ!?


 徐々に光が落ち着き、部屋に見たその光景は――。


 神様みたいなのがいた。

 黄金色な輝きを全身にまとった女神さま。

 やわらかそうな金髪。やさしそうな微笑ははえみ。対照的に放つ荒々しい光。

 境界で会った、押入の中で寝てたろう、あの女神だ。

――魔法陣?

 しんと刺すような青白い光が、畳の上で模様を描いている。それらを内包する綺麗な円。


 非日常的、超ファンタジーな光景がそこにある!

 一言、言わなきゃ気が済まない! そう思っていたはずなのに、足がすくんでしまう。


「お久しぶりですね。タナカさん」


 ふんわりと微笑ほほえんだ女神。

 部屋を物珍しそうに見渡した。まるで初めてここに来ましたという様子だ。

 大光量を放っていた女神の纏う輝きと、魔法陣が徐々に薄れて消えた。ふう。


「女神です。覚えておいでですか? 境界から来ました」

「境界から?」

「? はい」

「さっきまで?」

「もちろんです」


――なるほど。


「私がここに来た目的をご説明しますね。ん? なんですか?」


 すたすたと女神との距離を詰めた。

 さきほど負わされた心労、泣き寝入りは御免だ。


「え? ちょ、近いです、ちか……」


 やっと言える。俺いま笑顔。


「ひぃ、ひかえおろー! アイタッ――神を叩いた!?」

「嘘つくな! 押入で寝てたろうが!」

「な!」


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